■ ■ ■





「おい名前、こんなとこで何やってんだ」
「あ!エレン、いいところに」

宿舎の裏庭の隅でかなづちと釘を手に一息ついていると、練習が終わったのかエレンが声をかけてきた。ずっと屈んで作業していたせいで、腰が曲がりそうだ。よっこらせ、と立ち上がる。小さな犬小屋の完成だ。

「なんか作ってんのか?...ってお前これ、犬か?」
「可愛いでしょ」

ギョッとしているエレンの足下をチョロチョロしている黒い小さい塊を拾い上げた。エレンの手なら、片手で余裕で持てそうな大きさ。まだ子犬なのだろうと思う。

「さっき買い出し帰りに拾ったの。とっても寂しそうな顔をしてた。なんか私と境遇が似てるなって思って...だから私決めたの、この子と共に生きていくって」
「だからって兵団に勝手に持って帰って来ちゃやべぇだろ!」
「分かってるよ、リヴァイ兵長に見つかったら、確実にこの子夕飯にされちゃう」
「どうすんだよ」
「...人類最強だかなんだか知らないけど、兵長は殺すしかないね」
「いや犬の方だよ」

クゥン、と小さく鳴く子犬を抱きかかえて頬擦りした。何としてでも兵長からこの小さな命を守らなければいけない。

「要は、バレなきゃいいのよ。エレン、協力してくれるよね」
「嫌だよ、この前もお前には酷い目に合わされたんだ」
「え?そんなことあった?」
「花瓶の件だよ忘れんなよ。一生根に持ってるからな」
「え?そんなことあった?」

花瓶の件って、兵長の部屋にあった花瓶を割ってしまってエレンと一緒に兵長から怒られた件のことかな。あんな昔のこといつまでも引きずってるなんて。あの後エレンのパシリを1ヶ月も務めたからチャラだろ。

腕から子犬を下ろし、先ほど完成させた小さな犬小屋に入れると気に入ったようでパタパタと尻尾を振った。

「ほら、ここが今日からお前の家だよ、ゴン太」
「ゴン太?ネーミングセンスどうした」
「逞しく育って欲しいという願いを込めて名付けたの」
「家ってお前、歪んでんじゃねぇか。風吹いたら屋根が飛ぶぞ」
「そう思うなら手伝ってよ」

口だけ出してくるエレンを睨みつけた時だった、後ろの方から一番見つかりたくなかった人の声が聞こえたのは。


「オイ、そこで何してやがる」


リヴァイ兵長の声だ。この流れ、完全に花瓶の時と同じじゃん。デジャブってレベルじゃない、完全な再放送だよ。

「やばいやばいやばい、兵長来た!まずい、とりあえずゴン太はこの中に隠れてて!」

まじでなんでこういう時に限って現れるかなあ。事件の匂いを感じ取れる能力でもあんのか?江戸川くんか?
ゴン太を犬小屋に閉じ込め、リヴァイ兵長の目に触れないようにエレンと体で隠して振り向いた。

「うわー兵長、お疲れ様でーす!こんなところで散歩ですか?気持ち良い天気ですよねー!私もエレンと一緒に散歩してたんですよねーエレンー?ねー?オイ、ねー?エレン?聞いてる?エレン?」
「兵長、こいつ、犬を」
「ギャーーーーーー!エレン?ねーエレン?お散歩楽しいね?エレン?」
「分かったから右手に持ってるかなづちを離してくれる?」

簡単に裏切ろうとしてくるエレンに、無意識に犬小屋作ってた時のかなづちを振り上げていたことに気付かされた。やばいやばい、殴るところだったよ。人殺しちゃうとこだった、危ない危ない。

「ったく、今度は何を隠してやがる、その後ろのはなんだ」

終わった...
こんな早く見つかるとは思わなかった...。
グイ、と私の体を押し退け、ゴン太の小屋を無言で見下ろしている兵長。クゥンとゴン太が鳴いた。私もクゥンと鳴いてみたが無視されている。

「ここで飼うのは...ダメですよね...分かってます...」

小屋からゴン太を取り上げ、抱きかかえて門の方へトボトボと歩みを進めた。

「はぁ...ここにいたら、夕飯にされちゃう...ここに居てはダメ...」
「兵舎の中に入れなければ、飼ってもいい」
「ごめんねゴン太...元いた場所に帰ろう。きっと親切な人が見つけてくれる...」
「オイ、飼ってもいいって言ってんだろうが」
「恨むなら私じゃなくて、調査兵団と兵長を恨むんだよ...って、エ?」

門まで辿り着いていたが、猛スピードで兵長とエレンの元まで戻った。

「今なんと?」
「うちにはすでに豚が一匹いるんだ。犬が一匹増えるくらい問題はない」
「......?」
「......」

豚ってもしかして?と目で聞くと、お前のことだが、とそのまま目で返ってきた。だと思った。あえて口にはしない。

「動物には優しいんですね」
「馬鹿言え、俺は人間にも動物にも優しい...」

胸に抱いていたゴン太を、兵長がペタペタと撫でている。小さな動物を慈しむ心があるなんて、この人も人間だったのだなと改めて驚いた。とりあえずこれで良かった、兵長さえ抑えておけばエルヴィン団長はどうにかなるはず。

するとゴン太を撫でていた兵長の手が止まり、あ?と首を傾げた。

「...オイお前ら、よく見てみろ。こいつ首輪をしてやがる」
「え?ほんとだ。毛が長いから埋もれて見えなかった」
「住所と名前が書いてある、飼い犬だな。元いた場所に返してこい」
「えぇええええ!ゴン太ァアアア!こんな早く別れが訪れるとは思わなかったよ!」
「ゴン太?なんて名前つけてんだお前」

ゴン太お前、飼い犬だったのか!どうして飼い犬なのにあんな道端にいたんだろう。迷子だったのかな。

仕方なく首輪に記載された人宛に手紙をしたためた。お宅の犬を保護してるので、取りに来てくださいという簡単な一言のみ。兵団の住所と私の名前を最後に記して、新兵に託した。今日中に王都の飼い主の家まで届けてくれるらしい。郵便システムがないとはいえ、大したもんだと思う。

「はあ...それにしても、ゴン太、お前の家は王都だったのか」

元の飼い主が引き取りにくるまではとりあえず、この私特製の犬小屋で過ごしてもらうことになり、日が暮れるまで近くにいてやった。というか、ずっとゴン太とキャッチボールして遊んでた。
エサに何をあげるか迷ったが、とりあえず芋出したら は? という顔をされた。犬のくせに芋に文句を言ってくる。王都ご出身のお犬様は、普段肉でも食べてるんだろうか。私なんてこっちの世界来てから肉食べたの2回だけだぞ。

夜中は仕方なくゴン太を小屋に置いて部屋に戻ったが、気になってしまって何度も様子を見に庭まで行った。真っ暗な中、ランプで犬小屋を照らすとゴン太はヘソ出して寝ていた。人が心配してやってんのに爆睡か。

寝不足な目を擦りながら、今度は人間の朝食の準備に取り掛かっていると、早速飼い主がゴン太を迎えに来たらしい。調理場まで呼びに来た兵士に鍋を任せて門へ向かうと、何やら人だかりが出来ていた。人混みの中から、団長がこちらへ手を招くので近づき顔を覗かせると、そこにはザ・王子様と言わんばかりの風貌の青年が。

「こんにちは、君が名前だね?僕はウィリアム。手紙をありがとう、早速だけど、子犬はどこに?」

手をブンブンと握られ一方的に挨拶を交わしてくるウィリアムは、正によくアニメとかで見る王子様だ。サラサラの金髪を靡かせ、質の良さそうなスーツを着ている。お連れの人も何人も侍らせてて、門のあっち側には大きな馬車が3台くらい停まってる。もしかしてこの人、正真正銘の王子様なの?

「ゴン太ならこっちです」
「ゴン太?」

ウィリアムを裏庭に案内しながら話を聞いたところ、ウィリアムはなんだか偉い貴族のおぼっちゃまで、新しく飼い始めた子犬を外に慣れさせようと、シーナから出て散歩させてる最中に、持っていたリードが外れてしまい迷子になってしまったそうだ。日が暮れるまで屋敷の人全員で探していたみたい。そこを、買い物帰りだった私が拾って帰ってきてしまったらしい。

「エリザベス!良かった、無事で...」
「エリザベスっていうのこの子?まじか」
「メスだからゴン太はねぇだろ」
「うそ兵長、メスだって知ってたんですか」

ゴン太を抱きかかえて再会を喜ぶウィリアムの後ろ姿を、兵長が腕組みをして見つめていた。

「なんだい、このゴミ箱は?」
「あ、この小屋はですね、私が...」
「そうか、調査兵団、話には聞いていたがこんなに貧しかったとは...こんな小汚いボロ箱しか用意が無かったんだね...」
「...そうなんです、お金なくてすみません」

それはお前が作った渾身の犬小屋だろう、とリヴァイ兵長が目で訴えてきたが、そんなこともう恥ずかしくて口にはできない。ゴミ箱、小汚いボロ箱って言われた...。屋根赤く塗ったりしたんだけど...。

ウィリアムはゴン太ごと私を抱きしめて、ブンブンと振り回した。

「名前、君はエリザベスの、いや僕の、僕たち一家の命の恩人だ。どうだい、今度僕の屋敷でパーティーがあるんだ。ぜひお礼をさせて欲しい」

わーい、この前のデイジーの時といい、こういうラッキーなお誘い続いてるなあ。お肉チャンス到来?
また太いパイプゲット、と少し離れたところでエルヴィン団長はほくそ笑んでいた。

数ヶ月後、ウィリアムのお屋敷で開催された夜会に参加することになり、そこでとんでもない事件に巻き込まれることになるとはまた別のお話。

(2021.06.02)

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -