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ばちり、と意識が覚醒した。
地面もないのに落ちない世界に私は一人ぽつんと漂う。
一面が清らかな白で壁も地もないように思える。
そんな中に自分はまるで浮かんでいた。
少し足を出してみたが、触れているようで何も触れていない感覚に背筋にいやな汗が流れた。


「また、夢…」


覚醒したはずなのに、いまだに夢の中だったことに不安を覚える。
いつ寝たのか思い出せない。
思い出せないが、特に変わったことをしていないはずだ。
周りを見渡してもなにもない空間。
白以外の色彩はなく、ただなにもない空間が永遠と続いているように見えた。
無の空間が永遠に続いてるだけだった。


「走って行ったら、抜けだせるかな?」


以前読んだ本にもこんなふうにわけのわからない空間に行ってしまい、
主人公がしっちゃかめっちゃか走り抜け出したというのをよんだことがある。
同じことをすれば抜け出せるか試してみようとつま先に体重をかけた瞬間、


『それただたんに疲れるだけだし、
 そんなことしてもここからは出れないよ』


いきなり誰かの声がした。
唐突に聞こえた声にハッと顔を上げると目の前には白い光が漂っていた。
白い光はふわりふわりと重力を感じさせない動きで上下に動いていた。


「また、この夢…」

『いったでしょう?迎えに来るって』


不協和音は感情をあまり感じさせない声で私に告げる。
意味の分からない言葉に私は震えた。

「迎えって、なんの話よ…」

怯えに負けないように白い光を睨むと受け流された気がした。


『君の迎えさ。
 …君には、とある場所に行ってもらいたい。
 私にもすべてを把握することができない世界。
 そこで君は新しい生活をしてくれればいい。何をするも、どんな生き方をするも自由。
 ただそれだけだよ』


「そんな無茶苦茶言わないでよ!私には私の生活が…!」


『でも、異世界に行くのは人間のあこがれなんだろう?』


「憧れは憧れであって、実際行くってなったら話は別でしょうが!」


『そういうものなのかな?
 でも、君も素敵だと思うんだったらいいじゃないか』


話が通じないことに恐怖を覚える。
逃げ出したいと思うのだが、ここが夢の中なせいか体が自由に動かせない。
言い知れない恐怖に震える私の鼻先に白い光は近づく。


『怯えないで、君。
 確かに…あの世界はちょっと…、怖いことがあるかもしれないけれど…。
 でも、君なら大丈夫』

感情こそ読み取れないが宥める様な、慰める様な声音で私に語る。
鼻先でふわふわする光は近くにいるはずなのに息遣いもそこにいる気配も何一つとして感じなかった。


「なんで、私なの…?
 他にもたくさん行きたい人はいるでしょう…?」

『君じゃないといけないんだよ』

白い光は断言する。
しかし理由は語ろうとしなかった。
私にはそれが腹立たしかった。


「だ、から!その理由を…!」

『まあまあ、そのうちわかるかもしれないし…わからないかもしれない。
 なんにでも理由をつけたがるのは人間の良いところであり、悪いところだよ』

「無責任すぎるでしょうが!大体、私だった家族がいるし…私の生活があるんだよ!?
 それをいきなり…!」

『まあ、事故にあったと思って軽い気持ちでいておくれ。
 君の選択によっては元通りに帰れるさ』

「は!?だったら最初から、」



私の文句が最後まで音になることはなかった。
唐突に足元を支えていた何かが消えた感覚がした。。
え、と思った瞬間には私の体は重力に従って垂直落下していった。
鼻先にいたはずの光がはるか遠くで手を振るように大きく左右に揺れる。


『グットラック!』


もはや点にしか見えない光から放たれたであろう声は、風切り音に負けることなく私の耳にしっかりと入ってきた。



みぃぎゃぁあああああ!!!

私は何か文句を言う余裕など毛ほどもなく、ただただ落下に対する恐怖で女っ気のない悲鳴を上げ続けた。




-4-







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