悪夢か予知夢か

突然、チャイムの音が私の耳に飛び込んだ。
ビクリ、と体を震わせて慌てて机から顔をあげる。
あまりに唐突な目覚めに今が何の時間か思い出せなかった。

「はいテスト終了ー。答案を前に回してけー。」

教師のやる気のない声がバクバクと鼓動が響く耳に入っていく。
数学のテストの時間。
どうやら気が付かないうちに居眠りしていたようだった。
目元をこすりつつ、後ろから来た答案を受け取って前に回した。

「数学のテスト疲れたね」

すっかり教師も去って緊張感の抜けた教室。
たまった息を吐いて大きく伸びをしながら後ろの席に座っていた明子に話しかける。
1年の時からずっと同じクラスの気の置けない友人だった。

「だね。まあ全部とけたし、多分問題ないね。」

ズレたメガネを上げる明子。
まさに優等生な感じな同級生は自信ありげに笑みを浮かべた。

「え、嘘でしょ!?
 六割くらいしかとけなかったよー」

「馬鹿でしょ…。
 あんなやさしい問題解けないとか…。
 っていうか、アレ復習問題じゃん。」

「…方程式とかは解けたけど、図形は苦手なんだよぉ…」

ぶつぶつという文句を言うとうんうんとうなずきながら明子も賛成した。

「図形とか証明とか本当にめんどくさいけどね。
 というかそれをウチらに聞いてる時点でもう証明出来てんじゃんって感じ」

「私、あれに関しては一問も解けてないよ。」

「…。
 まあいいんじゃない?次、お昼だし。
 もうテストの話は終わりにしよう。」

少し間があったのは呆れてなのか、
驚いてなのかは分からないが多分前者だろう。

「さんせー。」

そんな雰囲気を感じて少しテンションは落ちたが
それでも待ちに待ったお弁当の時間を楽しむことにした。
机を向かい合わせにして鞄からお弁当を取り出す。
花柄のバンダナを開けば中から小ぶりなお弁当箱が現れる。
私は上機嫌にお弁当の蓋を開いて明子に見せた。


「じゃーん!」

「おぉ!ライムのお弁当美味しそうじゃん。」

「でしょでしょ?
 今日ちょっと頑張ったんだ〜」

可愛くて色合いが豊かなお弁当箱を見て明子が感動の声を上げる。

「ライムは家庭科の成績いいもんね。
 あと美術と音楽」

「だって音楽は元吹部だしさー。
 譜読みとかできなきゃまずいよね」

不貞腐れたように答えれば明子はけらけら笑う。


「そうだねえ〜。
 でも家庭科はなんで?」

「別に・・・。
 ノリとかでやってるだけ。」

「にしたって美味くない?
 ていうか上手くない?」

「うまいこと言い過ぎでしょ」

やけに決めた言葉だったため思わず笑ってしまった。
すると決めてやったぜという風なドヤ顔をされた。
ヤケにドヤ顔が上手いのがよりおもしろかった。
しばらくテストの話やSNSで話題になっていたネタの話をして盛り上がっていたが不意に明子が真剣な顔で私を見た。


「…なんかあった?
 なんか顔色悪いよ?」

「え?」

不意に図星をつかれた。
ドキリと心臓が飛び跳ねたと同時に、なんで言いくるめようか迷った。
しかし、じっと見る黒い眼は純粋に光っていた。
誤魔化しを望んでいないその瞳に負けて口を開いた。


「…ちょっと、変な夢見て」

「夢?」

小首をかしげた明子に私は頷いた。


「うん。
 変な夢…だった思う。
 起きたら全然覚えてないんだけど…」

うんうんと頷きながら話を聞いてくれた。

「…成程ねぇ。
 まあ、悪い夢って悪い夢見た気がするって感じはするけど詳細覚えてないこととか多いもんねー」

「そう…なんだよね」

「あんまり気にしないほうがいいよ。
 夢は夢なんだし、深く考えすぎるほうがよくないよ」

心配そうに顔を覗き込む明子に私もうなづいた。
夢は夢、その通りだと思った。

「そうだよね!
 まあ、気にしないでおくよ〜。」

ゆるく答えると安心したように箸でお弁当をつつき始めた。
しかし心のわだかまりはおさることなく
むしろ増長するように大きくなった。

―気にしても何も始まらない。
 頭でそう理解してんのに・・・。

非科学的なことを信じる性質ではないので
あまり言わないが、正直あの夢は何かのお告げではないかと感じる。
根拠のない、ただの直感。
口に運んだ玉子焼き
ふんわりと出汁と醤油の味が口に広がるはずなのに、それを感じることなく機械的に飲み込んだ。

「ごっちそーさん!」

パンっと両手を合わせさっさと片付ける。
少しハイペースで食べたせいか胃が重たい。

「ごちでした〜。
 …ねえねえ、きょうはあとホームルームだけで授業終わりだしさ、駅の通りのケーキ屋さんいかない?
この前見つけたところすっごい美味しそうだったんだぁ〜」

明子の提案を迷うことなく賛成する。
甘いものを食べて遊べば気が晴れるかと思ったからだ。

「いいよ!
 甘いもの食べて発散しよ!」

「んじゃ、決定ね!」

午後の楽しみが出来て、一時的に心のわだかまりは晴れた気がした。

「楽しみだな〜。」


ウキウキとした様子でカバンにお弁当箱を入れようとしたときずきりと頭が痛んだ。
鋭い痛みに一瞬顔をしかめた。

「…ライム?」
「え、あ、なんでもなーい!」

また痛みが来るのではないかと身構えたがとくには痛みは来なかった。
安堵しつつ次の時間の準備をする。
いつもと変わらない時間を過ごしているうちに、私はすっかりと悪い夢のことも忘れてしまった。



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