◎恋の種から愛が芽吹くまで
HUNTER×HUNTER/キルア夢



「キルア様、おやつはいかがなさいましょう」

「!…っ××」

「はい、キルア様」


 まだ言葉足らずにしか話せなかった本当に小さな頃、オレには姉のような存在がいた。…と言ってもそいつは使用人で、オレがそいつを見つけてヨタヨタと側まで歩いていくと決まって嬉しそうな顔じゃなく、困ったような顔をして控え目に笑っていた。あいつはいつも複雑そうな顔でオレの後ろを見ていた。
 幼心にもそいつにとってはオレの存在が迷惑なのだと気づいたのは何歳の時だったろう。気づいた時にはもう遅かったということだけはよく覚えている。
 オレがもう少し早くに気づけていたら今もあいつはこの家にいたのだろうか。

 それでも答えは否なような気がする。


「キルア様?…眠たいのですか?」

「…んーん」

「ふふっ、では、眠りましょうか?」

「…イヤだ」

「今日は天気が良いですから窓際で寝ましょう?きっと良い夢が見られますよ」

「…ヤダって…」


 あいつに抱っこされると妙な安心感からかよく睡魔に襲われていた。遊ぶためにせっかく我が儘を言って忙しかったあいつを捕まえたのに、とそのまま眠るのが癪でしっきりなしに目蓋を擦っていたっけ。
 でも、結局いつも寝てしまう。あいつはオレの背中をポンポンとリズムよく、優しく叩きながらあやした。それに体を委ねて温かい人肌に触れ、優しい匂いに顔を埋めると忽ち眠りにいざなわれてしまう。
 兄貴とは違う柔らかな腕の中で昼寝をするのが好きだった。
 うたた寝をしながら時折聞こえてくるあいつの独り言や少し下手くそな子守歌が酷く心地よかった。


「キルア様、手当てをしませんと」

「…」

「キルア様?」


 五歳から六歳になると本格的な拷問のメニューをこなさなければならなくなった。電気椅子、鞭打ち、水責め、焼きなど、毎日心身共に痛めつけられる。すごく怖かった。
 何も悪いことしてないのになんでこんな仕打ちを食らうのかと、兄が憎かった。母が恨めしかった。父が恐ろしかった。
 ここに生まれてしまった自分の運命を呪いさえした。

 最初の頃は課せられたメニューを終わらすことが出来なくて独房に入れられたまま、××に会うことができなかった。唯一無二と言える存在にすがりつくことも出来ず独房でただ涙を流しながら、恐怖に怯えながら。
 いつだっただろう。オレの神経がおかしくなったのは。
 いつだっただろう。その日の内にメニューを終わらせれたのは。

 初めて独房から出られた時、あいつはタオルと救急箱を持って側で控えていてくれた。いつもみたいに困ったように笑うあいつを見たら何も考えられなかった。
 オレはその時泣いたんだっけ?泣かなかったっけ?
 あいつの腰に抱きついて離れなかった。

 あいつが唯一の救いだった。
 バカみたいに優しくて、バカみたいに柔らかくて包んでくれて、バカみたいに愛を注いでくれたあいつが、バカみたいに好きだったんだ。
 本当に好きだった。キツい拷問を受けても友だちがいなくてもあいつの側では笑えた。
 なのに、…。

 いつだっただろう。あいつがこの家からいなくなったのは。


「――辞め、た?」

「えぇ。××さんは自ら辞表を出して辞めていったわ。さ、キル。拷問まだ終わってないでしょう?」


 その日は朝から××の姿が見えなかった。
 いつもオレを起こしてくれるのは××だったのに目が覚めて一番に目に入ったのは柔らかな××の笑顔じゃなく、貼り付けた笑みで笑う知らないメイドだった。

 朝から胸が気持ち悪かったんだ。

 お袋が今日に限って妙に機嫌いいし、爺ちゃんはオレと目を合わそうとしない。
 なんで、なんで知らないふりをして拷問なんて受けていたんだろう。

 なんで嫌な予感がしていたのにオレは…オレは!!


「―――った?」

「キル、さっさとなさい。…もう、なんでイルも」

「うるさい。××をどうした?」

「――!!」


 息を呑むのが聞こえた。それにオレは舌打ちをして上着も着ずに走り出す。
 行く場所なんて決まってない。ただ、早くしないと、早くしないと××が!

 ザワザワと、ザワザワと胸が気持ち悪い。

 背後から金切り声でオレを呼び止めるのが聞こえた。



――――


「ゴトー…、なに、これ?」

「…坊ちゃん」


 近場を走り回った後、ゴトーに聞くのが一番早いと思い直し、息を切らせながら執事室に入ると部屋の真ん中ら辺に血溜まりが出来ていた。
 誰かが倒れている。

 ドクドクと心臓が脈を打つ。
 気持ち悪い、気持ち悪い!

 オレは動悸を抑えるように胸辺りの服を握りしめながら荒い息を調えようと息を吸う。


「そ、れ…」


 聞いてはダメだ。警鐘がガンガン頭の中で響く。


「これは」

「!…ぁ…」


 苦虫を潰したような顔をするゴトーが何かを話す前に気づいてしまった。

 血に濡れたメイド服の一部の裾が弛んでいたことと、そして手首で黒光りしているブレスレットは―…


「ど、して…?」

「…」

「…っそんなに××が嫌いだったのかよ!!」

「坊ちゃん!」

「“あいつ”はいつもそうだ!!オレの欲しい物は全部、全部っ!!…っう…っ!」

「坊ちゃん!!」


 ゲホっ、ゲホ!!
 気持ち悪い気持ち悪い!

 何もかもが。どうして、どうして!

 背中をさすってくれるゴトーの手を払いのける。


「いらない!!」


 どうして欲しい物はいつも手に入らないのだろう。

 蹲りながら血溜まりの中横たわっている××を見る。涙で視界が歪んだ。


「××…!」


 いつからだっただろう。オレが××に惹かれていったのは。
 お願いだから、この恋が叶うことがなくてもいいから…生きている××の側にいさせて。





悪魔の宴
(遠くで悪魔が嬉しそうに笑っていた)




――――

↓あとがき(最早呟き)


追記

11/16 22:14



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