愛していたかった

注意・ほぼ夢主の語り/現パロ
ハピエンではないです。
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さて、私と土方十四郎とのこれまでを振り返っていこうか。

彼と私が出会ったのは大学の時。
同じ学部で、入学式に隣り合わせて以来出る授業はほとんど被るし、挙句にはサークルまで同じという始末。
まあ、必然的に仲が良くなった。

だけどその時すでに彼の隣には彼女がいた。
そして私の隣には彼氏がいた。
お互いその気になることはないと分かっていたから、いい友達関係を築けた。
なにせ彼の顔はとびきりの美形。その顔目当てに寄ってくる女の子は数知れず。
彼女がいないときは私と一緒にいることで人除けをするんだと言われた。まあ腹が立ったが特段ほかに一緒に居たい人がいたわけでもないし、彼とは話も合うので大学の4年間とそのあとの院生活2年を彼の近くで過ごした。

就職先はさすがに違うところに落ち着いた。
彼も私も、運よく大手のIT企業に勤めることが決まり、ハイタッチして喜び合ったのもいい思い出だ。
ちなみに彼女はこのころから体調を崩しがちだったそうで、同世代だったが就職はせず、花嫁修業という名の自宅療養をしていると聞いていた。
そしてこの頃、就活で忙しかったせいか私と恋人の心の距離が離れ、お別れすることになった。
大してもう気持ちも残っていなかったからかあんまり悲しくなかったが、それでも土方十四郎は気を遣って飲みに誘ってくれた。
やさしい奴だとは思ったけど、好きになることはなかった。

そして卒業し、私たちはそれぞれの道を歩む。
お互いが忙しい身になることで、また彼には愛すべき虚弱な彼女もいたので、だんだんと疎遠になっていった。
年一回送られてくる年賀状と互いの誕生日に一言二言交わすだけのライン、私たちのつながりがその程度になったころ、私の体が悲鳴を上げていた。

まあ詳しくは書かないが、自分よりも何倍も優秀な人たちに囲まれる中、女だからと舐められないように死に物狂いで仕事をこなし続け、嫉妬やパワハラ、セクハラにも耐え続けた結果、ついに倒れてしまった。
しかもその倒れた状況が取引先の会社を出てすぐの玄関。
薄れゆく意識の中、懐かしい声が聞こえた気がした。

目が覚めると病院で、近くには誰もいなかった。
ナースコールを押すと過労とストレスで倒れたと言われた。
会社に詫びの連絡をするとひどく冷たい返事で心がきゅっとした。
もう何のために働いているのか、果てには生きているのかわからなくなって、考えたくなくて目を閉じた。

次に目が覚めたら懐かしい人が私の肩をゆすっていた。
私を心配そうにしている土方十四郎の顔には私に負けず劣らず疲労の色が見えた。
お互いやせ細って、顔色の悪い具合を見て、しばし沈黙した後ふっと笑いがこぼれた。

私はもう十分に頑張ったから、この生活から自分を解放しようと思う、と告げた。
別に深い意味はなく、ただ会社を辞めるという意思表示を、この全く無関係で深い仲でもない、でも心を許した男に宣言しただけだ。
ただ土方十四郎はそうくみ取らなかったようで、考え直せ、死ぬなと私に説いた。

勘違いしてあわてているのが面白くて、さらに冷え切った心を温めてくれるその心地よさもあって、あえて否定せずにどうしようかななんてあいまいな返事をした。
ふと時計を見上げるともう夜も遅くて、そろそろ彼女のもとへ帰ったらどうだと促した。
今年の彼の誕生日に送ったラインの返事には、近いうちに結婚するとあって、この男は公私ともにうまくいってるんだと安心したのは記憶に新しい。

しかし彼は俯いてそれには返事をしない。
不穏な空気が流れ、私は最悪な想像をしてしまった。
病弱だと聞いていた彼女のこと。ずっと療養中で花嫁修業どころか病院で過ごす時間の方が多いほどだということ。もしかして。

先月、亡くなったと、ぽつりと言った。
それ以上は何も語らない土方十四郎に、以前のような覇気はない。
大事に大事にしていた。
多くを語る男ではないから詳しいことは知らないが、そのまなざしから、その声から、彼の全てから、彼女に向けられる愛を感じていた。
一人の男からそれほどまでの愛を一身に向けられる沖田ミツバという女性をうらやましいと思ったこともある。

その、土方十四郎の愛する花が散った。
あれだけワークライフバランス重視!と豪語していた彼が今こんな状態にあるのは、きっとその彼女がいなくなったせい。
安易に死を連想させるんじゃなかったと後悔した。

その後私はすぐに会社を辞め、フリーターとなった。
親には院まで出してもらっているのに全くそれを活かしてないことをちょっと後ろめたく思ってはいるが、まあ健康の方が大事だろう。
あの後土方十四郎は一度も病院へは来なかった。
お礼のラインも既読スルー。
弱いところを見せた気まずさなのか何なのかは知らないが、私と関わりたくないという意思表示だと受け取った。

それから1年近くたち、土方十四郎の誕生日になった。
ちなみに冬に過ぎた私の誕生日はスルーされた。
だから私も忘れたことにして連絡しない方がいいかと迷ったが、彼が元気にしているのか、立ち直れたのかが気がかりで祝いのラインを送った。

返事はすぐに返ってきた。
ありがとう、でも元気だ、でもなく
ただ一言、俺も会社辞めた、と。

じゃあ今何してるのと聞くと、何もしていないという。
その後質問を重ねても要領を得ない返答ばかりで不安が増していく一方だった。
私はラインを閉じて、年賀状に記載されていた住所を訪ねることにした。

質素で素朴だが、かわいらしい一軒家だった。
表札は土方となっているから場所は間違えてないだろうが、あの男からはあまり想像できない外装で、これはきっと例の彼女と共に生きるための家だったんだとすぐにわかった。
インターホンを押すと、少ししてから土方十四郎は出てきた。
どんなひどい状態かと思ったら、案外きちんとした身なりをしていて驚いた。
ひげも手入れしていて、お風呂から出たばかりなのか、その体からは石鹸の香りもした。

元気そうで安心したよ、というと、おかえり、と返された。
あまりに脈略のない返答に顔をしかめてしまった。
すると彼は私の頬をなで、早く入れ、とほほ笑む。

どうかしていると気付いた時にはもう遅かった。
腹の子に障るから温かくしろとか、そんなにタバスコ少なくて大丈夫かと心配したとか。
私のことを「ミツバ」と呼ぶとか。
私を愛おしそうな目で見つめるのに私を見ていない。

目を覚ましてほしかった。
最愛の人を亡くした彼に、たった一年で立ち直れというのが酷なのはわかる。
だけど、それほどまでに愛した女性の幻影で生きていこうとするのは許せなかった。
「私なんか」を彼女に重ねないでほしかった。

私は、伏せてあった写真立てを手に取り、私の顔と並べた。
そこには、幸せそうに笑う彼と彼女の姿があった。
あなたが愛した女性は私ではなくて、この人だと。

彼の涙を見て安心した。
わかってくれた、思い出してくれたんだと。
彼はぽつりぽつりと語りだした。
ずっと昔の出会いのこと、初めて手をつないだ日のこと、告白を受け入れてくれた日のこと、結婚式場の下見に行ったこと、何気ない毎日のこと、すごくすごく、幸せだったこと。

忘れたくない、けれど思い出とともに生きていくにはあまりに長く幸せな時を過ごしすぎたと。
だけど死ねないんだと。精いっぱい生きた彼女と共に生きてきた俺が、自ら死を選ぶのは彼女への冒涜だ、と。

俺はどうすればいいんだと、私に泣きつく彼を見て、なんとも言えない気持ちになった。
私にはそこまで想える人も、想ってくれる人もいなかった。
どうすればいいか、なんて私がわかるはずもなかった。
だけど、この深い沼から救い上げてやりたいとは思った。
一人で幻想を見ながらままごとを続けるにはあまりに長い時が待っているし、きっとそれは彼の本当の救いにはならない。

新しい女性を愛することができれば一番楽だろうが…
いや、女でなくてもいい。ただ、生きがいと思うものを見つけてほしい。

私は、生きることを楽しいと思える日までその手伝いをする、と宣言した。
幸いお互いお金だけはあって、数年フリーターで過ごしても大丈夫なくらいには貯蓄があった。

それから私たちは、二人で時を過ごした。
彼の家の近くのぼろいアパートに居を構え、毎日彼の家に通った。
朝ご飯をつくって持って彼の家を訪ね、腹が落ち着いたら外に出かける。
目についた面白そうなものに触れては彼の反応を見るが、どれも作り笑いなのは明らかで楽しそうだとは思えなかった。

ここの土地にはもう彼の心をくすぐるものはないんだと分かってからは、二人で旅に出た。
彼の車で全国を走り回った。
やはり何にも関心を持てなかった彼だが、その表情は前より生気が戻っている気がした。

旅を初めて3年ほどたち、北から南まで車で行けるめぼしい観光地は行きつくした頃。
彼のもとに1本の電話が入った。
相手の名前は沖田総悟と書いてあった。
彼はお風呂に入っていたが、私がそのことを告げると濡れた手を急いで拭い、電話に耳を押し付けた。

私はそっとお風呂場を出て、話が聞こえないように移動した。
彼はその十分後くらいにお風呂から上がった。
私にも入るよう促し、私はそれに従った。
30分後、お風呂から上がったら宿には彼の姿はなかった。

荷物も置いたままで、書き置きも何もないけれど、私のもとを去っていったと直感で分かった。
車の鍵と、銀行から下ろしたばかりの厚みのある封筒がちゃぶ台の上に置いてあった。
餞別か、それとも彼なりのやさしさなのか知らないが、虚しいだけだった。

東京から遠く離れた地で、一人置いて行かれた私。
3年間という長い時を共にして、彼の心に少しも棲みつけなかった。

私は、この時になってやっと気づいた。
彼を、土方十四郎をいつの間にか好きになっていたことに。
そうして自分が嫌になった。
彼の心を元気づけるために始めたこの旅が、いつの間にか彼と共にいるための手段になっていたことに気付いて。

そんな私に気付いたのだろうか。呆れたのだろうか。
自業自得だと思って、帰る支度を始めた。
彼のいないこんなところに用はない。

長い道のりを経て東京についた。
あらかじめ長い旅に出ると大家さんに伝えていたため、ポストから郵便物があふれるなんてことにはなっていなかった。
そのすぐ目の前にはあの土方と書かれた表札がある。
カーテンを閉め切り、家主の存在は確認できなかった。

置いて行かれた分際で再びそのインターホンを押す図太さは持ち合わせていないが、彼が気になって仕方がないのでそれからの毎日は窓からその家をじっと観察する日々だった。

けれども、いつまで待ってもあの人は帰ってこない。
あの人は今どこで何をしているんだろう。元気で笑っているのだろうか。まさか死を選んではいないだろうか。衰弱していないだろうか。一人で泣いていないだろうか。

大丈夫か、と肩をゆすられた。あの人が帰ってきたのかと思い振り返れば、知らない若い男だった。私は大丈夫よ。それよりも彼が心配なの。

「もしここに憔悴した女がいたら、伝えてくれって伝言を預かってる。
『誰かと一緒に幸せに生きろ』
だとよ。ひでぇ男だよなァ、かわいそうに。ま、俺は伝えたんで、それじゃあな」





愛していたかった



2021.06.02

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