月が見えたら

「じゃ、二人で協力してそのプリント埋めて来いよ〜終わったら俺んとこもってこい」

じゃあな〜と手を振り、3Zから去っていく銀八先生。
いやいやいや、待ってください、せめて一人ずつプリント埋めましょうよ。なんで協力して!?なんで、なんで、高杉くんと二人きり!?

もう姿も見えなくなった銀八先生を心の中で呪うも無駄なこと。
先日の期末テストを夏風邪で休んでしまった私は、そのままじゃ単位を上げられないと言われて夏休み返上で補修に来ている。まあ、補修は別に夏風邪じゃなくても毎度のことなのでいいのだが、いや良くないけどそれはいったん置いといて。

「…おい、俺は数学やるからお前は他のからやれ」
「っはいいい!」

なんで、うちの高校一番の不良、高杉晋助と一緒!?
ただでさえ人見知りなのに、こんな怖い人と時間を共にするなんて心臓が持たない。
そもそも高杉くんがテストを受けないのなんて今に始まったことじゃないのに、なんで今回だけ…なんて思うところはあるが、高杉くんに命令されたので思考をとめてプリントに取り掛かるしかないです。
ただ、その、私…あの…

「…おいてめぇ、さっきから少しもペンが動いてねーじゃねえか。」
「ひい!…あ、あの、私、馬鹿なんです…」
「…は?」

そう、私はおそろしーーく頭が悪い。
問題児の集まりと言われるZ組に所属する理由はそれだ。
そこそこの常識人だし、はたから見たら普通のJKな私だが、馬鹿なんです。それはもう、よく君高校生になれましたね、ってレベルで。というかよくここまで生きてこれたなって言われたことある。沖田君に。
とまあそんな私だから、不良少年の高杉くんに教えてあげるどころか、むしろ土下座して教えを乞うたほうがいいだろうな。うあ、高杉くんの目が痛い。

「…いや、そこ単語埋めるだけだろ。馬鹿でも思い出せるだろ」
「え?いや、んん…?これなんて読むんですか?び、びー雨?」
「…」

"brain"

高杉くんが長い溜息を一つ。怒られるか殴られるかとひやひやしたが、高杉くんは呆れたような顔をするだけで手も足も出してこない。
もしや彼は、女の子には暴力を振らない紳士的な一面もあるのだろうか。いや、不良に紳士も何もないけれども。
「この場合、雨がわかったことを喜ぶべきなのか、ローマ字読みもできないことを嘆くべきなのか…」
「なんか失礼なこと思ってません?」
「ああ?」
「いいいえいえいえすみません!ほんと、あの、今日もいいびー雨ですね!」
「これは脳って意味だ。」
「へ、へえー…あ、じゃあ高杉くんはいいびー雨をお持ちで!」
「…喧嘩売ってんなら買うが。」
「いやいやいや、大丈夫です!」

なんでだ!?今褒めたのに!
その後、英単語は辞書で調べて埋めろと言われてその通りにする。ちなみにびー雨はぶれいんと読むらしい。発音記号読めって言われたけどこれ英文字じゃないんだけど…。もちろん反論なんてできないので(コンクリ詰めにされたくないから)、発音は飛ばして意味だけ写した。

うん、私なりに頑張った。けれど私がたった8個の英単語を埋める間に、高杉くんは数学のプリントを丸々1枚終えてしまったようだ。
ちなみに私の英語プリントはまだまだ半分以上残ってます。

やばい、どうしよう、今度こそ殺されるかもしれない。
ぎろりと睨まれて私はピクリとも動けません。
しばし見つめあいが続いたが、それは高杉くんのため息で終息した。

「どこがわかんねぇんだ。」
「ひゅえ、あ、あの、全部…」
「授業中何してんだお前」
「の、ノートとってます」

呆れたような視線が突き刺さって痛い。
なんでだ!?寝てるわけでもないのに!ノートとるだけ3Zの中では偉くないか…?

「ノートとるのに必死で授業聞いてねぇんじゃ本末転倒だと分からねぇのか」
「うあ…たしかに…」
「お前…本当にバカなんだな」
「返す言葉もありませぬ…」
「はあ…もういいからお前はそれだけ終わらせとけ」

頭を抱えてしまう。
というかなんで高杉くんはそんなに勉強ができるんだろうか。
私よりよっぽど不真面目だし、家で自習なんてしてるようにも見えないし。

じとりと視線をやってもプリントは減らない。ちなみに10枚くらいあったプリントは残り3枚で、そのうちの一つは私の英語プリントで、もう一枚は高杉くんが…あ、今終わったみたいだから最後の一枚も高杉くんがやってくれるみたい。
えっ、やだ、てことは私が一枚も終わらせてない間に他全部やってくれたの…?

もはや恥ずかしいを通り越して虚無感すら覚える。私の頭が悪すぎるのか、高杉くんが頭良すぎるのか…いやいや、今はそんな場合じゃない。
せめてこれ一枚だけでもと辞書とにらめっこを再開する。

プリントの下半分は英語の会話文を日本語訳にする問題。
ファンキーな女の人が「Hello,Mike」って言ってる。うんこれはさすがにわかる。
それで男の人、えーとミケさんが「Hi,Mary. Your dress is so cute.」…うん?まりゅさん、かな。まあいいや、えーとあなたのドレスはそうかわいいね!

「ちげえ」
「ひゃあ!」
「っ、大きな声出すなバカ。名前が違う、ミケじゃなくてマイク、あとまりゅじゃねぇよ、メアリーだ。」
「めありー!へぇ〜」
「あとsoをそのままローマ字読みしてんじゃねぇよ、とても、とかすごく、とかそういう風に訳せ」
「は、はい、とても、かわいいね。でいいですか?」

力なくうなずく高杉くん。
ああなるほど、最後の地学プリントは終わったんですね。ははは。

「マイクもメアリーも頻出の名前だろ、もはやよく忘れてられたな」
「ははは、宵越しの銭は持たないみたいなやつですかね!」
「全然意味がちげぇ…。代わりにやった方が早く済みそうだが…まあいい、続けてみろ」
「うええ…」
「早くしろ、俺も早く帰りてぇんだよ」
「はぁい…。ええと…さんきゅーみけ」
「マイクっつったろうが」
「あっそうだった。ありがとうマイク。ええとええと、…まり、メアリー、あいら…あ!」
「なんだよ」
「月がきれいですね!」

………

しばしの沈黙の後、くふっ、と静かに噴出した高杉くん。
イケメンは笑う時もイケメンですかそうですか。
というか何で笑われているんだろう。これちゃんと携帯小説で書いてあった最新の訳し方なのに。

「俺にはまだ見えねぇが…そう遠くないうちに見えるのかもな」
「何の話?」
「お前はもっとちゃんと勉強しろ」
「あいた!」

こつりと軽く拳骨を食らってしまった。



月が見えたら



「そういやお前、あの訳し方どこで見たんだよ」
「あれはね、私の大好きな携帯小説家、漆黒のバタフライさんが書いてたの!」
「ぶふっ」
「おい銀八…何がおかしい」
「いや、厨二が好きならお前にも勝ち目が…ぶふっ」
後から聞いた話によると、高杉くんがいつも包帯しているのは殴り合いのけんかをしたからじゃなくて中二病だかららしい。
不良じゃないなら仲良くなれるかも!!


2021.03.29

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