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哀しみを降らすその瞳がどうか(1)

吐く息が白くたちのぼる。


「あ―、寒っ」

中禅寺宅で開催された榎木津主催の追儺式が終わった帰り道、隣を歩く益田が大袈裟に身を震わせた。

日付も変わろうかという時刻であったから人影もまばらで。終電もなく、益田の下宿の方がまだ近いから共に目指して歩いていた。

泊まっていくといい、と中禅寺は言ってくれたけれど、大晦日に泊まるというのは失礼ではないかと、散々騒いだあとでも流石に遠慮が働いて二人で帰ることにしたのだ。


「うん。寒いね」

大袈裟に身を震わせる仕草に青木が軽く応えると、益田は思い至ったと言いたげな顔で笑って覗きこんできた。

「さすが東北生まれは余裕がありますね」
「どうかな。仙台は東北のうちじゃ暖かい方だから。東北の冬を知り尽くしたような口をきいたら、豪雪地帯の東北の人が怒るよ、多分」
「真面目だなぁ、青木さんは」

真面目だ、ともう一度呟いて益田が笑う。なにがそこまで愉快だったのか知らないが、俯いてまだ笑っている。

切ったばかりだという後ろ髪からのぞく益田の白い項が見えた。床屋で何と言って今の髪型にしているのだろうと思うと可笑しくて、青木も少し笑った。

前髪を切らせずに伸ばし続ける探偵助手。なんというか、正直ちょっと胡散臭い。前髪を伸ばし続ける理由を聞いたところで、分かるような、分からないような理由なのがまた可笑しい。


「なに笑ってるんですか」
「君もなにが可笑しいんだよ、そんなに」

こちらを見る益田と二人で顔を見合わせて、些細なことで笑いあう。つい一昨日まで喧嘩していたのが嘘のようだった。今日、中禅寺の家で会った際に鳥口にもそう言って笑われたけれど、その際もこうして見合わせて笑った。



忘年会帰りの木下が声をかけてきたのは、そんな時だった。とにかく時間を楽しく過ごした1日で、とことん気が緩んでいた瞬間であったから、反動が大きかったんだろうと後になってから思った。


「文さんじゃないか。なんだ、今年の忘年会には来ないっていうから、これは絶対に女が出来たんだって噂してたんだぞ。違ったのかぁ」

木下は視線を青木の隣に立つ益田へと移して、誰だか気付いたようだった。珍しく酔っているのが見て取れた。酒にはかなり強い男であるのに、呂律が怪しい。

「あー、益田さんで合ってますか?あの探偵さんのとこの」
「えぇ。本年も、うちの探偵がたくさんのご迷惑やらをお掛けしまして、平身低頭、汗顔の至りです。もう来年の分も今謝っといていいですか?来年もきっと相も変わらず、ご迷惑かけますんで。僕も一緒に」
「あぁ、そうだ、ふざける人でしたね」


木下が笑う。

益田が世間話をするのは見慣れていた。最初はべらべらと話しながら相手の反応のいい話題から問いかけて、以降は相手に話させる。あとは得意の適当な調子のいい合いの手を入れるだけ。

今も軽薄な笑みを浮かべて、調子よく木下の話に頷いている。

他者との線引きがはっきりしているから、踏み込まず踏み込ませない世間話の類はやたらと上手い。木下の姿を認めた途端、瞬時に切り替えた益田の努力が実を結んでいくのを、青木は複雑な気持ちを抱えながら、ただ眺めていた。



「青木さんとは、ちょっとそこで会っただけなんです」

必死に、でも必死だとは悟られぬよう気を配りながら、ただの友人であると言わんとしている。馬鹿みたいに、全力で軽口を叩いて。何もたまたま一緒に歩いているのを見ただけで、こいつらそういう関係なんじゃないかとは誰も思わないのに。

木下は自分の相棒であるというのに会話は益田任せにしたままで、懸命に軽薄さを演出する横顔をじっと見ていると、益田が視線に気づいて見上げてきた。

隠そう隠そうと卑屈なまでに努力している瞳は、真剣な色を帯びていて、おおっぴらに公言は出来ない関係であることをはっきりと認識させられた。

でも、それはきっと自分も一緒だ。自分も木下を見た時、隠さなければ、という意識が出た。それが益田にも伝わってしまったのだとしたら、何か酷い言葉を投げかけるよりも、もっと酷いと思った。人目を気にする動作が彼には多かった。耳をすまして警戒したり、共通の友人にも隠しておこうと提案してきたり。だから、自分達の関係についての悩みは彼の方が深いだろう。

中禅寺宅でも、こんな風には思わなかったのに。普段の会話からして恋人なんだか友人なんだか、境界線が曖昧な軽口ばかりを叩き合っているから、無理をするという感覚すら無かった。でも、それは自分だけだったのかもしれない。知らず、苦しめていたのだとしたら。

益田が笑みをつくった。なんてことないと言いたいのだと分かったのは、単に考えることが分かっただけだ。その笑みは、あまりに寂しげなものだった。


胸に迫るものを感じて、視線を木下へと移した。


「悪いけど、ちょっと僕ら急ぎの用事があるんだ」

大晦日の真夜中に一体どんな用事があるんだと自分でも思いながら、益田の腕をぐいと引いた。何を言い出すのだと、益田が驚いた眼をしながら視線で咎めてくる。

どうしたんだよ、と驚く木下の声に何も答えずに、細い腕を掴んだまま足早に歩いた。


さっき益田にあんな顔をさせたのは、自分との関係のせいであるのは間違いのない事実で。だからといって別れてやることなんて絶対にしたくはないて。結局、自分のことばかり考えてしまう。

男同士だからなんなんだ、だとか、一緒に居たいという人間が一緒に居るだけで何が悪いんだとか。そうは思っても。彼と自分の中に確実に存在する、互いへの引け目を、これほど眼前につきつけられたのは初めてで。

適当な笑みを浮かべ続けていたら、自責の念に押し潰されそうだった。






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