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冷たい手の平が心地好い

ずらりと露店が立ち並ぶ。夕暮れに光る提燈の明かりが、すっかり冷え込んだ空気を暖かく見せる。

酉の市であるから派手な熊手が所狭しと景色を埋め尽くしていて、通常の露店だけが並ぶよりも見た目も華やかだ。まっすぐ歩くのも難しい程ごった返す人混みの中、鳥口と敦子が仲良く話す遠く後ろを、益田は青木と並んで歩いた。

「いい感じじゃないですか?あの二人」
「そうだね」

青木が嬉しそうに笑う。それを見てホッする自分に落ち込んだ。青木だって本当は敦子が好きなのではないかと疑ったことを申し訳なく思った。しかも、それを試すような真似をした。醜い真似だ。そう頭で分かっているのにやってしまったのが、なお悪い。

こういう所が駄目なのだ、と胸中で溜め息をついた時、青木が秘密めかした声で話しかけてきた。

「鳥口くんの敦子さんへの誘い文句を聞いたかい?」
「…いいえ。どんなのだったんです?」


鳥口は青木へと連絡して、青木がこちらに連絡してきたから、今日は、まだ碌に鳥口とは話していなかった。


「『酉の市に、僕、鳥口守彦と行きませんか。トリが並んで縁起がもっと良いですよ』って言ったらしい」

なんだかもう色々凄い。

「同じ苗字を持ってても、僕じゃ絶対に言えませんね…。あの明るさがあって初めて成立する台詞ですよ」
「流石は鳥口くんだよなぁ」

嫌味でもなんでもなく、素直に感動しているらしい青木が可笑しい。

「青木さんは、そういうの言えない性質ですもんね」
「うん。まず思い付かないからね。発想力からして違うよ。凄いよなぁ」

揶揄するように言ったのに、まだ感動しているから余計に可笑しくなった。

青木が電話で言ってくれたのは「酉の市があるらしいから行こうよ」という飾りのないものだった。でも、青木が言葉を飾る必要なんて全くないと思うのは惚れた欲目か。

「青木さんにはそういうのは要りませんよ。言えないからこその青木さんでしょう」
「それは褒めてるのか、貶してるのか、どっちなんだい?」
「勿論、褒めてます」

困った顔になった青木を、大きく頷いて肯定した。

青木の持つ真面目さだとか、そういうものから出る率直さも、鳥口の洒落っ気と同じくらい力がある。だが、そこまで口で言うには羞恥が勝った。無理だ。

軽口ならいくらでも出てくるのに。ふざけるのだってかなり得意だ。エチオピア人のふりが即興で出来る探偵助手なんて中々居ないと思う。惜しむらくは、通常、探偵助手にエチオピア人のふりをする必要がないということくらいか。

そこまで考えたところで、後ろからどんと押しのけられた。

まとまって歩く家族らしき、その集団が青木との間を通り過ぎていくのを待つ間、距離があいた。半端な近さで隣を歩いていたのが悪かったかとさっきよりも近寄ると、すっと青木に手を繋がれた。

「青木さん!ちょっと!」
「騒いだ方が目立つと思うよ」

クスクスと笑いながら、青木が言う。

確かにそれはその通りであったから黙った。だが言いたいことは沢山あった。



これでもかというくらい真面目な癖に。妙に大胆な時があるから困る。

関係を隠そうとする気が青木に薄いのは、正直かなり嬉しい。だけど、それとこれとは話が別だ。

男の自分と一緒に居ることで、青木が変な目で見られたら堪らない。絶対に嫌だ。これだけは譲れない。

真面目で優しくて、刑事としても優秀で、人当たりもいい。悪く言える部分なんて、自分との関係くらいだと思う。これは惚れた欲目関係なしに、きっとそうだ。

その考えがずっと頭の何処かに常にある。だけど、だからといって別れを告げる根性なんて一片もなくて。心地好い関係を手離せなくて。

別れを告げられたら、その時はすぐに頷くから。それで許して欲しい。そうやって、自分との関係をいつか後悔する時が来ると思う未来の青木に言い訳する。

とりあえず、今日まででも。来週まで。出来ることなら来月、再来月。

諦めが悪い。


せめて、あと1分だけ。

そう思って、掴まれていただけだった手を握り返すと、青木が小さく笑うのが聞こえた。





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