文章 | ナノ

どこまでも飛んでいこうか(2) 

「その割には、途中からいつもの調子を取り戻せてたじゃないか。いきなり調子良く話し出したから、びっくりしたよ」


青木が言っているのは、自分が榎木津と二人で話した直後のことだと益田はすぐに気づいたけれど、内面的な話をするのは正直好きではなかったから黙りこくった。この薄暗さを人は嫌う筈だし、なにより自分自身が嫌悪している。

ことあるごとに聞こうとするのはやめて欲しかった。正直に答えれば嫌われてしまうかもしれないことを言いたい訳がない。だが同時に、もしかしたら何もかも受け止めて貰えるんじゃないか、だとか、甘ったれたことを思う気持ちもあって。


「…榎木津さんがね、言ってくれたんです。分相応のことをしろって」

少しだけ話すことにした。

益田、と呼ばれた時のことを思い返す。おろおろと自分を見失っていたけれど、あの説教でしゃんと立てた。

「だから僕ァこそこそ卑屈に適当なことをすることにしたんです。それだけですよ」

まとめると本当にそれだけの話だった。探偵見習いのつまらない悩みなんて、本物の探偵にかかれば一瞬らしい。やはり自分はまだまだだ。見習いとして何を学んでいるんだろう。そう思いながら、言葉を繰り返した。


言いたくなかった筈なのに口に出してしまうと、なんだかすっきりした。うっかり気を抜けば、どこまでも依存してしまいそうだ。そんなことを考えながら、青木に凭れるのを強くする。

だから、青木から溜め息と共に返ってきた言葉は完全に予想外だった。


「…敵わないなぁ、榎木津さんには」
「えぇ?嫉妬ですか、青木さん」
「…まぁ、少しはね」

どう反応していいか分からず茶化したのに、否定されずに返ってきてしまって、益田は返す言葉を失った。もしかして、ふざけているのだろうかと身体を起こして青木をじろじろと見ていると苦笑混じりの声が続いた。

「そんなに驚くことかな」

少しだけ悔しそうに言う青木に、心が浮き立つ部分があった。思わず笑ってしまう。

「驚きますよ、そりゃ」


どこかで、自分ばかりが夢中であるかのように思っていた。絶対に自分の方が、想いの総重量は重いと思っていた。いや、まだ自分の方が重いという自信がある。これだけは負けない。


「ねぇ、青木さん。…聞かれてもないのに白状すると、僕は木下さんが羨ましいですよ」
「え?木下?」


青木の不思議そうな声と表情に一気に気恥ずかしくなる。馬鹿みたいだ。相手が一体何処に嫉妬しているのか想像もつかないような人にまで嫉妬するなんて。だけど、それはどうも今回はお互い様だ。より救いようがないとも言えるけど。青木もそのことに気づいたのか、笑いはじめた。

「一体どこに妬くんだよ?」

正直なところ青木との出会いが自分より早いというだけで既に羨ましい。だが、この理由はちょっと重量級だ。数ある理由の中から、願わくは軽く聞こえそうなものを探す。

「本庁に戻れば、きっとまた一緒に組んで捜査が出来るでしょ。一番僕が会えないときに、毎日会える訳ですよ。しかも青木さんのことを、文さんだなんて…」

これも大概重量級だと気づいて、それに気をとられているうちに下の名に関わる呼び名を呼んでしまうというヘマをやらかした。即座に青木へと視線をやれば、意地の悪い笑みが浮かんでいる。こんな表情が出来る人だったかと視線を釘付けにされてしまう。

「その呼び方で呼びたきゃ呼べばいいよ」
「……遠慮しときます」
「まぁ、そう言わずにさ」
「言えませんよ。恥ずかしい」

恥ずかしいという自分にさらに恥ずかしくなってきて、言葉を重ねた。

「青木さんだって僕の下の名前なんて恥ずかしくて言えないでしょうに」



うまくやり返した。

そう思ったのに、青木が意地の悪い笑みをさらに深める。

そのまま少し低くした声で、下の名を囁かれた時。

最初に考えたのは、もう軽口の応酬で青木に勝つのは無理だなという、それはそれはどうでもいいことだった。


遅れて、頬がカッと熱くなる。


意地の悪い笑みを浮かべた口元とは対照的に、青木の双眸に溢れんばかりに浮かぶものが自分をおかしくする。







[ 20/62 ]

[*prev] [next#]
[戻る]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -