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もう少しまどろみのなかで

目が覚めたのと同時に、青木は枕元へと手を伸ばして腕時計を掴んだ。


―――時間が知りたい。早番であるのに。今は何時だ。ちゃんと間に合うよう起きることが出来たのか。


駆け巡る思考に、動きが中々ついていかない。眠気を払うように顔を手で拭い、腕時計をつけながら時間を確認すれば、幸運なことに間に合う時間だった。

ほっとした途端にまた襲ってくる眠気を振り払いながら、隣で未だ眠ったままの益田に目をやる。こちらへと横向きで眠る寝顔には、当然張り付けたような表情は何もなく、素直に瞳を閉じればこうなります、というもので。随分あどけない。

そして、何も身に付けていない華奢な身体の首や鎖骨の周辺には自分がつけた痕が散っていて、昨夜のことを想起させた。

手を伸ばして寝癖のように絡まった彼の髪を鋤くと、するりと指先から抜けていく。綺麗な髪だと昨夜も最中に思ったことも思い出す。

本当に幸運だった。この事こそが。

益田の答えを聞くや否や、理性がすりきれた自分はどう映っていたのだろう。その前に夢中で口づけ合う間から既に互いに高ぶっていたのは密着した身体から分かっていただろうから予想外ではなかったと思うけれど。

酒も入っていたようだし、そこからさらに疲れさせたのは自分だと思うと気が引けたが、起こす約束になった筈だ。結果的に泊めたのだから。

「益田くん。起きないと」

呼び掛けながら肩を何度か揺すると、益田が目を閉じたまま掠れた声を出した。


「…何時ですか、今」
「5時だけど」
「……5時?」

何故そんな時間に起きなくてはならないのだと言いたげな声に苦笑する。

「でも、もうすぐ僕は出るから、今より遅くには起こせないよ?いいのかい。早起きしなきゃならないだろう」

さらに肩を強く揺すると益田は、ぐずついた声を出しながら、もっと寝たいという意思表示なのか、頭を布団へと数回擦りつけたあと、ハッとしたように目を開けた。

自身の言動に齟齬は無かったかと思考を巡らす、その思案顔で、早くに起こしてくれというのは嘘だったのだと知れた。詰めが甘い。


「嘘をついたのか、君は」

込み上げてくる笑みを含ませた声で問いかければ、へらりと困った笑みが返ってくる。

今こうして居る為だと思うと嘘をついたことを責める気にはなれない。ただ、泊まってしまえば後はどうにでもなると思われていたのだとすれば、少し悔しい。実際になってしまっているあたりが特に。

だから、さらに軽口を叩いてきた益田には一応形だけ不満顔を作っておいた。

「警視庁捜査一課に所属していた人間を騙せたなんて、改めて考えると凄いですよね」
「嘘が上手いなんて自慢になんかなりゃしないよ」
「そうですね。以後気をつけます」

繰り出す言葉とは裏腹に益田がさらに笑いながら身体を起こす。

目線が同じくらいの高さへとなりかけた時、彼の細い眉が歪み、それから小さく息をのむのが見えた。痛みを感じた様子に、すぐ声をかける。

「大丈夫かい?」

本来男を受け入れるように出来てはいない身体だ。少しでも痛みが少なくあるようにと僅かに残る理性を総動員したけれど、昨夜の様子からしても負担は大きかったろうと悔やむ。


「なにがです」

分かっている癖に笑みすら浮かべて見せる彼得意の強がりを、指摘はしない。言葉を重ねても、否定する言葉が返ってくるだけだと予想がつく。


言葉の代わりに益田の滑らかな頬へと触れた。どうか。少しでも。大切にしたいのだということが伝わると良い。

それ以上なにもせずに、ただ眺めていると、益田が不思議そうな表情をしながらも頭の重みを掌へと預けてくる。


その重みがどうにも愛おしい。


窓から射し込む光が強くなってきているのを感じながら、どちらからともなく顔を寄せあった。






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タイトルは「彼女の為に泣いた」様からお借りしました。


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