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高鳴る心臓はあなたのせいよ(3)

「駄目なんですか?」

益田の言葉に、青木は自分の耳を疑った。駄目じゃない理由を知りたいくらいだ。益田が時折見せる臆病さ故のことなかれ主義もここまでいけば才能だろう。だが、それにしたって泊まるというのはどうなのか。なんのつもりなのか、希望的観測ばかりが思い浮かんだ。判断力がどうも鈍る。

「益田くん」

真意が知りたくて名を呼ぶ。だが続ける言葉が思いつかない。じっと自分を見つめ続ける瞳が、話すことを急かしてくる。二人きりになるのが躊躇われて部屋に入れたくはなかったが、階下に話が聞こえるのを避けるために、益田の腕を掴んで部屋の中へと引き入れて扉を閉めた。

「…青木さん」
「あぁ、ごめん」

益田の瞳が揺れていて、掴んでいたままだった手を離す。

「そうじゃなくて、ですね…」

もどかしげな声が青木に言葉を促すが、もどかしいのはこちらだって同じだ。

「無理だよ。泊められない」

これだけは譲れなかった。近くに気配を感じながらだなんて、おちおち眠れやしない。安眠妨害もいいとこだ。なにより情けないことに、今日みたいなことを仕出かさない自信がまったくない。


「泊めてくれなくて良いですから。だから、それが何でなのか教えてくださいよ」
「だから、さっきも言っ…」

語気が荒くなりかけて青木は口を閉じた。益田が俯いて唇を噛む。これ以上嫌われる前に帰ってもらおうと再度青木が腕をぐいと掴むと薄い肩が僅かに跳ねた。思いの外、手に力が入ってしまっていたことに、それで気づいた。

「…ごめん」

もうずっと謝るようなことばかりしている。息を深く吸い込んで、出来る限り静かな声を出す。ひとつだけ、気になったことがあった。


「…君こそ何で、そんなことを知りたいんだい?」

益田はしばらく逡巡する様は見せたものの、何も言わない。


だが、その沈黙はそれだけで意味を持つ。



互いに相手から引き出したい言葉があるのだと漸く悟った。


躊躇いつつも益田の腕を引いて、引き寄せる。いつでも逃げられるような力で抱き締めると、益田の額が青木の肩にこつりと乗せられた。深く息を吸い込んで細く吐き出す、緊張した呼吸が繰り返されるのが伝わってくる。

「なぁ、君は…」
「…青木さんから言って下さいよ。そしたら僕も言いますから」


少し体を離して問いかけると、益田が緩々と瞼をあけた。躊躇いがちで、それでも必死に絞り出すような声は、数週間前何か必死で言おうとしていた時のことを思い起こさせた。あの時自分は何を見ていたんだと叱咤したくなる。きっとこのことだ。


―――これは。もう絶対に。


確かめるように、下唇を食む。抵抗がないのをいいことに少しずつ深く口づける。舌を差し入れて性急に舌を絡めとると益田も絡めてきた。その恐る恐るといった雰囲気に。口腔の熱さに。時折漏れ聞こえる吐息混じりの声に。益田の後ろ髪をぐしゃりと掴んだ左の手指に力がこもる。


頭の芯から熱くなってきたのを感じて唇を離した。このままでは、駄目だ。先に言いたいことがある。熱をはらんだ瞳と視線を交わす。益田の長い前髪をそっと掻き分けた両手を頬へと滑らせて、しっかりと見据える。益田がおずおずと伸ばしてきた腕が彷徨い、結局少し戻って青木の服を掴む。ぎゅうと固く握られたその手に背を押されるように、言った。


「…好きだ、好きなんだよ」

聞こえた自分の声は、随分普段と違った。余裕なんてまったくない。そのまま明け透けなまでに欲を孕んだ口づけをした。からみついてくる舌を吸い上げる。益田の腕が今度は迷わずに背中へとまわってきた。それを肯定するように強く抱き締め返す。

「好きだ」

しばらくしてから唇を離して、耳元で囁くようにもう一度告げると益田の体が強張った。はっきりとした答えが知りたい。


「…言ってくれ、お願いだから」

心臓が痛い程に波打つ。しかし密着した体から伝わる鼓動は、それはお互い様だと知らせてくれる。さらりとした髪に鼻先を埋め、より強く抱き締めた。自分と同じ気持ちであってくれるよう心から願う。


「僕は…、僕もっ…」


腕の中から、震える声が聞こえる。







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タイトルは「彼女の為に泣いた」様からお借りしました。






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