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高鳴る心臓はあなたのせいよ(2)

「ど、どうも」
「うん」

扉を開けてくれた青木の穏やかな笑みにほっとした。下宿の細君から青木は居るし、風呂を上がったばかりだから起きているだろうと聞いたのに、扉を叩いても返事のないことに拒絶された気がして沈んだ気持ちが嘘のように晴れていく。


「どうしたんだい?」
「え?」
「何か用事があるから来たんだろう?」
「あ、あのですね」

意気揚々と来たけれど、いざ想いを伝えようかと思えば尻込みせずにはいられない。なんとも小胆なことだと己をなじる。

泳ぎそうになる視線を青木の背後にやると、ちょうど布団が見えた。どうやら青木は夏は掛け布団の類いをいっさい使わないようだ。そんなどうでもいい観察力を発揮する。

いきなり閃いて、その布団に賭けてみることにした。互いに男だということを引け目に感じていたけれど、この際ちょうどいいかもしれない。何を思って口づけられたのかについて確信は持てないが、とにかく好きなようにしてくれと思った。前向きなんだか後ろ向きなんだかよく分からない、そんな方針を立ててみる。

それに則って、言葉を発した。


「泊まっても良いですか?」
「え?」

青木の口が言葉を発したまま、小さく開く。歓迎はされていないと悟ったが勢いにまかせた。


「明日、僕も早く起きなきゃ駄目なんですよ。でも飲んじゃったし、起きられる自信がなくて。それで、それで…、早起きの予定の青木さんに起こして貰えば良いんじゃないかと思ったんです」

なんとか言い訳を捻り出す。

明日は早番だと言っていた。青木がきっと何気なく言った一言だって覚えている自分に軽くうんざりしながらも、身勝手に利用する。迷惑だって考えなかった。

言い訳が苦しいか、と思いながら青木を見上げた。嘘をつく時は目を逸らしてはいけないと昔誰かに言われたのを思い出す。青木の探るような視線が辛いが、ここで逸らしてしまえば終わりだ。

「駄目ですか?」
「…今日僕が何をしたのか、忘れたのか。君は」

攻撃は最大の防御だと、いつになく好戦的なことを考えて畳み掛けると、青木が自嘲気味に口元を歪める。その重苦しい声に、あれは気の迷いではなかったのだと言われた気がした。

それをもっと確実な言葉にして欲しくて再度問いかける。


「駄目なんですか?」


我ながら卑怯だと思わないでもなかったけれど。

今。

躊躇いがちに開かれた青木の口から何を言われるのかという期待の裏側で、その倍以上の不安を抱えて逃げ出してしまいそうな自分にはこれが精一杯だ。あとは先祖にでも祈るくらいしか検討できない。


抱える気持ちを全部こめて青木をじっと見つめた。眉をぐっとひそめる、その意味を知りたい。抱きしめてくれた意味も、出来ることなら教えてほしい。今日のことも。全部。そのためになら何だって差し出せる。せめて友人であり続けられるようと願う、浅はかな想いは捨てた。


「益田くん」

青木が言葉を切った。


呼びかけられるその声に、一喜一憂するようになったのはいつからだったろう。

自分の名を呼ばれる。ただそれだけのことが特別なものに変わったのは。

一体。いつから。






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