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意気地無しに告ぐ

どうして自分の出会う人というのは、こう酒の強い人間が多いのか。たとえ水でもこのペースでなんて飲める気がしない。

「もっと飲みなよ、益田ちゃん」
「もう無理ですって」

司が煙草をくわえながら言うのに対して、益田は軽く手を挙げて降参の意志を示した。これ以上飲むと、気持ち悪くなる。杯を数えていたから絶対そうだ。


「潰れるまで飲んじゃえばいいのに」
「限界は刑事時代に嫌というほど思い知りましたよ。俺のついだ酒が飲めないのか、なんて言われたら最初のうちは黙って飲んでましたから」
「へぇ。益田ちゃんにも可愛い頃があったんだねぇ」

愉快そうに笑う、向かいのソファに座る司に笑って応える。司がふらりと事務所に姿を現してから、突発的に酒盛りが始まってからすでに何時間も経っていた。それは青木が西瓜の礼を言いに来ただけの筈だった時からは、もっと時間が経っているということで。

時計の針はもう十時をゆうに周っている。明日は早番だと言っていたから、もう寝ようかとしている頃かもしれない。そんな風に青木のことを考えていると、司が煙草を灰皿に押し付けながら問いかけてきた。

「で。なに考えてるのさ、ずっと」
「いきなりなんですか」

一気に思考から引き戻されて、動揺しないよう保つのが精一杯で、否定するところまではいかなかった。どうして自分の出会う人というのは、こうも人の気持ちに聡い人が多いのか。

青木だってそうだ。そんなに酒には強くないけれど。


「何か考え事してるでしょ。僕が来たときにはすでにそうだった」

悠然と微笑む司がソファの背に肘をつく。どう返したものかと悩んでいると、『探偵』の椅子から声が飛んでくる。

「マスカマのことは放っておけ。どうせ何か言ってやっても、うじうじ愚図愚図するだけだ」
「酷いなぁ。そもそも一体いつ榎木津さんが助言をくれたんですか」
「五月蠅いぞ、バカオロカ」

そちらに身体ごと向けて言い返すと榎木津が半目にした。だが、何かを見ている訳ではないのは、その瞳が集中していないことからも知れた。長い脚が優雅に組み変えられる。何をしても様になるとはこういうことか、とぼんやり思う。

「お前が昼間からずっと考えてることが、一度も僕に見えてないとでも思ってるのか」

嫌悪も好意も何の感情も感じられない、淡々と事実だけを堂々と指摘する声が響く。


―――最悪だ。

まっすぐに指摘されて血の気が引いた。この際、自分のことはもうどうだっていい。青木の名誉に関わることだ。カマコケシだとか言われる青木なんて絶対見たくない。気の毒にもほどがある。一時の気の迷いかもしれないのに。何度も思い返したことを青木に申し訳なく思った。

ぐうの音も出ずに黙っていると、また司のくつくつと笑う声が聞こえて、益田は横を向いた。

「問題を解決しに行っといで。よく分かんないけど」
「はい?」
「エヅが助言くれてるでしょ、今」
「あれは助言じゃなくて、罵倒って言うんですよ。司さん。知ってます?」
「そんな可愛くないこと言ってないでさ。ほら、早く」

ほらほらと重ねて言って急かす司に、背中を押されるようにして立ち上がる。それでも、弱さを見せたくはなかった。

「いや、僕本当に問題なんて抱えてないですから」
「嘘はいいって。こちらにおわす方をどなただと心得てるの、益田ちゃん」

司が榎木津を指差す。榎木津はさっき言ったことなど忘れたかのようにけろりとした顔で酒を飲み続けていて目も合わせてくれない。だが、わざと合わせないようにしてくれている気がする。

「そう、ですね」

漸く笑えた。うじうじ愚図愚図していても仕方がない。本当にそうだ。大体、自分の僅かな矜持のために悲観的になり過ぎた。自分を守ることばっかりに必死になって。馬鹿で愚かだった。

「今日はもう、僕帰ります」

立ったまま宣言して、扉へと向かう。いってらっしゃいと笑う司の声を背中で聞きながら、扉を開け、階段を駆け下りる。


――――このまま、青木さんの下宿へと行ってみよう。

強気なことを思う。酔っている上に励まされて気分が高揚しているだけかもしれない。だけど、それでも良い。

ビルディングの金縁の扉を押し開けて、青木の下宿へと足早に歩く。


もしかして。もしかして。そんな祈りにも似た思考を止めることが出来ない。抱きしめてくれた。口づけのようなものも今日した。いつだって笑ってくれて。悲観的にさえ捉えなければ、言葉さえなかったけれど、好意はいつだって見せてくれていた気がする。

そんな風に、自分に都合がいいことばかりを考えて歩いているうちに、青木の下宿が見えてきていた。


足早に歩いていたのを、小走りに。そしてもっと速く駆けようとしたけれど、酔った足では不安で小走りを維持する。

次会う時に出来るだけ気まずくならずにすむように、最後に声をかけておいて本当に良かったと思う。振り返っては貰えなかったけれど、気分を害したのではないことくらいなら伝わっている筈だ。今はとにかく会いたくて堪らない。


真夏の夜を駆ける。汗が滲む。

頬にあたる風は温く、この熱を冷ますことなど出来そうもなかった。




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タイトルは「彼女の為に泣いた」様からお借りしました。





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