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息が、つまる、感覚(1)

青木の自室のドアが開いた途端に、砕けた西瓜を大量に入れた皿を益田が差し出すと、青木の目が丸くなった。

「なんだい、これ」
「探偵社からのお裾分けです」
「いや、なんでこんな形なのかと思ってさ」

歪な形の西瓜へと視線を奪われたままだった青木が顔を上げて、揶揄するような瞳で見てくる。

「君と榎木津さんのどっちが西瓜をこんな目に?」
「僕を候補に入れないでくださいよ。榎木津さん一択でしょうに。探偵社の中で西瓜割りをしたんです。まぁ、僕もちょっとは参加しましたけど」
「やっぱり君も関わってるんじゃないか」

笑みを浮かべながら青木がドアをさらに引いて、部屋の中へと促してくれた。それにのっかって、そこから勝手に卓袱台のところまで行って、勝手に皿を置いて座った。青木も続いて正面に座りながら、すまなさそうな表情を見せた。

「いいのかい、こんなに」
「大丈夫です。むしろ、貰ってください。事務所に三人しかいないのに、三つ割りましたからね、西瓜。とてもじゃないですが食いきれませんよ。それに一人暮らしをしていると、西瓜ってあまり食べないじゃないですか。だから喜んでもらえるかなと思ったんです。一昨日飲んだ時に今日は非番だって言ってましたし、青木さんの下宿は探偵社から近いですから、急に持って行ったせいで青木さんが居なくても、しょうがないかと諦められる距離ですし」

来るまでの道で考えていた、理由になりそうな理由を全部言った。数を言えば言うほど、ただ会いたくて来たことを隠せるような気がした。


「ありがとう。嬉しいよ」

青木が早速手を伸ばしながら笑う。半袖の白い開襟シャツからすらりと伸びた腕が西瓜を掴んで口元へと運んでいく。食べていく様を眺めていると、青木が感嘆の声をあげた。

「美味しい西瓜だね、これ」
「そりゃあ良かったです。和寅さんの力ですね。買う時にひとつひとつ中身がちゃんと詰まってるか、叩いて調べてから買ってましたから」

軽く返して、部屋をさりげなく見まわす。小奇麗に片付いた部屋は、そもそも物が少なかった。去年警察の独身寮を出たばかりだと言っていたから、それも影響しているのかもしれない。寮の部屋は相部屋であるから、益田も寮生活の間に荷物を多くは持たない癖がついていた。

開け放った窓から聞こえる、蝉の鳴き声が絶え間なく続く。

亀の千姫を探していくうちに関わった事件について話そうと、ふと思い至った。木場の話が出来る。木場の話をすると青木はより興味深そうに聞いてくれるから。それに本当に尊敬しているのが伝わってくる、その素直さを感じるのと、木場の話をすると後輩の顔になる青木の表情を見るのが好きだった。


「この間、また榎木津さんが変な事件に巻き込まれましてね、そこで木場さんにも助けてもらったんですよ」

そう話し始めて言葉を切った時、青木と目が合った。無表情にこちらをじっと見ている。意図が読めずに益田もそのまま見つめていると、その目がすぅと細められた。

真剣な眼差しに、窒息しそうになる。

とてもでないが話し続けることができず、かといってぼうっと座っているのもおかしいだろうと、西瓜を黙々と口に運んだ。砕けきった本当に小さな欠片ばかりを食べた。青木と一緒になって食べているけれど一応土産であるから遠慮もあるし、小さな欠片は種をとる手間が殆ど省けて楽だった。


青木と無言で過ごすというのは、どうも緊張した。二人とも黙っているということが少ないからだと気が付いて、いつもどれだけ、くだらないことばかり話しているのだろうと呆れたくなる。

話すこと。そのことが重要だから、話す内容なんてどうでもいい、という思いもあるけれど。


窓の方を向いた。聞こえるのは蝉の鳴き声だけで、人の声や車の音、生活音すらも何も聞こえない。まさか今、同じ瞬間を過ごしている人たちは皆同様に、緊張の一瞬を過ごしているのだろうかと馬鹿なことを考えた。

ちらりと窺えば、青木は頬杖をついて、まだこちらを見たまま黙りこくっている。


――――何か話してくださいよ。青木さん。


あと3つ西瓜の欠片を食べたら言ってみよう。そう先延ばしにしてから、もう4つも食べてしまった。







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タイトルは「彼女の為に泣いた」様からお借りしました。


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