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ひとりぼっちの客席

「そしたら青木さんがね」
「そんな言い方をしたら、全部僕が言ったみたいじゃないか。君だって言ってた癖に。益田くんの話は、話半分に聞いてくれよ、鳥口くん」

先を争うように益田と青木が話そうとするのを、鳥口は笑って聞いていた。聞いた話を総合すると、蕎麦を一緒に食ったという昼から半日一緒に居たらしいのに、酒もろくに飲まずにまだあれこれ話している。

益田が前より体調以外も元気になってはいたから見舞いもきっと悪い方向には向かわなかったんだろう。どちらもそのことについては話さないから、よくわからないけど。でも、何か関係が変わったようにも見えなかった。益田は相も変わらず青木に想いを寄せていて、青木も青木でそれに気づかぬようで。

がっかりしたような、ホッとしたような。難しいところだ。

変な立場になっちゃったなぁと思いながら、向かいに並んで座る友人二人を眺めていたら益田が眉をハの字にした。

「なんだか僕らばっかり話してますね。鳥口くんはどうですか、最近は」
「うーん、そうだなぁ。ちょっと落ち込んでる」

聞かれたままに正直に話すと二人が俄かに真剣な顔になった。どっちも根が真面目だな、と可笑しくなる。似たところも多いと思うのだ。

「なんで落ち込んでるんですか、鳥口くん」
「言えることなら言ってくれよ。聞くからさ」
「いやぁ、敦子さんのことなんすけどね」

すぐさま繰り出された問いに、あっさりと白状した。既に何度か自分の抱える想いについては話していたから、今更隠す気分でもなかった。

「花火大会に誘ってはみたんすけど、雑誌の校了日と一緒らしくて」
「仕事なら仕方ないじゃないですか。次でしょ、次」

益田が明るく軽く言う。

「うーん。本当に仕事なら、そうだけど」
「鳥口くんらしくないなぁ。敦子さんは本当に断りたかったら、仕事を言い訳になんかしないで、きちんと断る人に見えるよ、僕には。だからきっと大丈夫だよ」

青木がにこりと笑う。

彼らなりに慰めて励ましてくれるのが照れくさくもあるけど、頑張ってみようかと思える。なにせ相手は才媛の溌剌とした美人で、師匠と仰ぐ人の妹で。これまで自分が付き合ってきたタイプとはまた違う、特別な相手であったから。どうも気後れしてしまう部分があった。

「そうならいいんすけどね」

本当にそうだといい。何かを一生懸命考えるときの、頭の中で色んなことを整理しているときの敦子の顔を思い浮かべる。箱根の山で本音を少し話してくれた時の、悩んだ顔も。

今、榎木津に会ったなら、この気持ちはすぐにばれてしまうと思う。

そんなことをつらつらと考えながら麦酒を飲んでいると、益田が店員を目で探し始めた。何か頼みたいらしい。声をかけようとするたびに別の机に先に行く店員をしばらく眺めて、益田は諦めたように座り直した。

そうして品書きをまた見始めた益田を青木が微笑んで見やる。その視線は、友人に向けるには、あまりにも、あんまりな視線だった。


「青木さん、もしかして…」
「なんだい?」
「あ、なんでもないっす」

青木が不思議そうな顔をして見てくるが、何といえばいいのかも分からず、そのまま持っていた麦酒を飲んで誤魔化すと、ちょっと不満気に首を傾げられた。

「鳥口くんは、何気に隠し事が多い気がするな」
「それ、僕も思いますよ。もう今日は鳥口くんの日ということで。あとは全部鳥口くんが話してくださいね。僕ら聞いてますから」

ねぇ、と同意を求める益田に、青木が大きく頷いてみせた。



いやいや、この二人には言われたくない。

いつか今言われたことを、そのまま返してやろう。


ま、ここは皆頑張りましょうということで。


「乾杯しませんか、薔薇十字団に」

その団の名を出すと、益田が笑って、青木が苦笑する。





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タイトルは「彼女の為に泣いた」様からお借りしました。




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