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踊る道化は笑わない(2)

――――なるほど。君にはそんな話し方もあるのか。


ぺらぺらと話し続ける益田の話を聞きながら、青木は妙な感心をしていた。

それは益田がいつもするような溢れだす無駄話とは違って、話したいから話しているのではなく、青木に話す隙を与えないために話し続けている様に見える。

話の合間合間にこちらを見て反応を確かめてこないことにも違和感があった。

その違和感を抱いて初めて、益田がそんな風に話していたことと、いかに相手の様子を窺いながら話をしているのかに気付いたのは、自分を隠そうと今現在奮闘している彼には皮肉な結果であるけれど。

話なんて永遠に続く訳でもあるまいし。正直、無駄な抵抗と区分されるものの類に思えて仕方がない。益田自身は必死なようだし、木場も関わっていると聞けば少し興味もわいたのでしばらく聞いていたが、遮ることにした。


「事件の話はまた今度でいいよ。それよりさ、なんで僕を避けるんだよ」
「…避けてなんかいませんよ。探偵助手が、探偵の助手も出来ずに張り込んでいた、見合い相手の素行調査の最中に飲みにいくなんて出来なかっただけです」

益田が声を硬くして左足を少し引いた。威嚇しながらも、いつでも逃げ出せる準備をして背を膨らませる猫のような、そんな様子を思わせた。

これ以上踏み込めば、また同じ轍を踏むことになりそうだ。もどかしいが、仕方がない。

だから、軽く軽く言った。いつも彼がそうするように。


「でも、その素行調査は終わったんだろう?今、昼間に関口さんに会いにきたりしている訳だしさ。なら、飲みに行っても構わないじゃないか」


ようやく益田が恐る恐るという風にこちらの目を見た。なるべく気安く見えるように微笑んで見返す。もう無理に何かを聞いたりしないから。そんな思いを込めて、疑り深い視線をまっすぐに受けた。

しばらくそうしていると疑る瞳が、ふっと緩んだ。

「えぇ。行きましょう、飲みに」

益田が笑う。

その笑顔が心底ホッとしたようなものだったから。もうそれだけで今日は良しとすることにした。


青木がそのまま距離をつめていくと、手を伸ばせば触れられるという距離で益田が身動いだ。限界はこの辺りか、と見定める。

「ところで、君は何か昼飯は食べたのかい?」
「いいえ、まだですけど…」
「僕もまだなんだ。だから蕎麦でも食べようよ。事件の話の続きも聞きたいし」

不思議そうに返事をする益田に、少し遠くに見える、京極堂の隣に建つ蕎麦屋を指して見せた。益田の視線がその指の先を追っていって後ろを向く。

京極堂に来るときは余裕のない時が多いから、何度も前を通るのに入ったことがなくて気になっていた店だった。この立地条件で潰れないのは素直に凄いと思う。だから丁度良い機会だと思った。

それは益田も同じであったようで、「あぁ、あの店!」と声をあげて、楽しそうに向き直ってくる。

「そうですね。僕はもう腹が空いて空いて倒れそうですし」
「また君は、そうやって大きく言う。信用性に著しく欠けるんだよな」
「いや、これは本当ですって」

益田の声が僅かに弾む。いつもの調子が戻ってきた。連れ立って暖簾をくぐると美味そうな出汁の香りがする。



ひとまずは、仲の良い友人で居たい。すっかり警戒されてしまったようだけど、こちらもまだまだ自覚したばかりで、男相手に何を想っているんだろうという戸惑いもある。


なんとも消極的だなと自分を笑いたくなるけれど、今はとにかく益田の笑った顔が見ていたかった。






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タイトルは「彼女の為に泣いた」様からお借りしました。


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