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追いかける群青(3)

「青木さん、聞いて欲しいことがあるんです」
「うん。なんだい?」

なんだか畏まった態度の益田が上半身を起こしてこちらを見てくるので、青木も心持ち畏まってみる。立てていた片膝をおろして、胡座を組んだ。

「あのですね…」

そこまで言ったきり、益田が黙ったまま視線を逸らしていく。寝間着の襟ぐりは広く、普段は見えない白い首筋がよく見えた。何度か口を開いて空気を震わせようとしていたけれど、それはあまりにも小さくて声にはならなかった。もどかしそうに瞼を閉じて奥歯を噛みしめる仕草に、焦れた。何を言うつもりなのかは見当もつかなかったが、無性に知りたい。

「なぁ。早く言いなよ」

同じ薔薇十字団じゃないか、と続けようとしたけれど、この呼称を使うことと自分を団員であると認めることには、ずっと妙に抵抗があったから別の言葉を探した。これはこれで気恥ずかしいが、この際仕方がない。

「友達じゃないか」

青木がそう言った途端に益田が弾かれたように顔をあげた。そうして、久しぶりに目の合った益田は泣きそうな顔をして笑った。というより、笑みのようなものを浮かべようとした。

「…そうですね。そうだ」
「益田くん?」
「でも、やっぱり今日は言うのはやめときます」

泣きそうな顔をした理由が知りたいのに、そして青木がそう考えていることに気づいている筈なのに答えは返ってこず、すぐにいつもの軽い口調だけが戻ってくる。肩を少しすくめてみせる仕草がそれを追いかける。誤魔化すつもりだということだけしか分からない。肩へと伸ばそうとした左手も途中で掴まれて、阻まれた。

「何?どうしたんだよ?」
「ちょっと熱で頭がおかしくなってたんです。本当、どうかしてる」
「なんなんだよ。何が言いたかったんだ?なんですぐそう隠すんだ。へらへらして誤魔化すなよ」
「…じゃあ!それならですよ!?僕はどんな顔をしてりゃ良いんですか。弱音ばっかり吐いて、暗い顔をしてりゃあ良いんですか!」

吐き捨てるように放たれた言葉に苛立ちを覚えて真意を問い質そうとすれば、思わぬ激しい口調が返ってくる。これは、いつもと完全に違う。気づかぬうちに何か触れられたくない部分に触れてしまったらしかった。

掴まれていた益田の手を無言でほどいて、肩へと触れた。その肩を押せば、再度伏せられていた顔がのぞく。細い眉が悲しそうに歪められ、何かを守ろうとする挑むような瞳が揺れている。

「泣きたくなれば、すぐに泣いてれば、それで満足ですか。僕ァ、嫌です。そんな自分、もっと嫌いになる。絶対っ」

益田が言い終わらぬうちに咳き込む。声は少し前から涙声へと変わっていた。虚勢まで張って、一体何を守ろうとしているのだろう。軽薄さ、という上っ面なら、もうとっくに崩れ落ちてしまっていることに益田は気づいているのだろうか。いや、崩してしまったのは確実に自分であるのだから、そのことを指摘するのはもはや暴力か。

嗚咽が聞こえた。心底悔しそうに唇を噛みしめている。

そして、その唇が開いたと思えば、深く息を吸って吐き出した。苦しげな吐息は既に泣いている人間のものと変わらなかったけれど、まだ涙を押さえ込むつもりのようだった。瞼はきつくきつく閉じられていて、見るものから何から何まで全てを拒否している。それには当然、踏み込みすぎた自分のことも含まれているのだろう。

再度開いた薄い唇が震えて、顔がくしゃりと歪められた。悲しげな声が漏れる。うっすらと開かれた目と、目が合った。限界だった。彼も自分も。何もせずにいられたのは、そこまでだった。

引き寄せて、衝動のまま抱きしめた。平熱とは言えない体温がシャツ越しに伝わってきて、その苦しさを取り除いてやりたくて堪らなくなる。今、一番苦しめているのは自分だというのに。


「ごめん、益田くん」



唐突に、自覚した。


ずっと頭のどこかで気にかかっていた訳も。風邪を悪化させていたと聞いて、心配を通り越して腹すら立った訳も。わざわざ下宿まで押し掛けた訳も。

拾い集めるように益田の表情を眺めていた訳も、真意を問うてばかりいた訳も、全部。


知らぬ間にすっかり溺れていたらしい。


すべてを知りたかったのだ。軽薄に笑ってみせる姿だけではなくて。勿論それも益田の一面ではあるのだろうけど。虚勢でも張るかのように軽薄に見せるのは何故なのか。他の人間には見せない部分だって教えて欲しかった。



けれど、その好奇心が益田を打ちのめしているというのなら。



「ごめん」


勢いで抱きかかえたままの益田は腕の中で身動きひとつしない。ただ圧し殺した嗚咽だけが聞こえる。病人を泣かせにくる見舞い客なんて、なかなかに酷い。見舞い客と呼んでいいのかも怪しい。やってしまった。


「ごめん」


繰り返し謝る。益田の瞼のあたる自分のシャツの肩口が濡れていくのを感じながら、どうすれば許してくれるだろうかと考えていた。






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タイトルは「彼女の為に泣いた」様からお借りしました。





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