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追いかける群青(1)

作戦その一、晩飯にでも誘って聞き出す、という鳥口の案は、探偵社の扉を開けた途端に聞こえたケホケホと乾いた苦しそうな益田の咳によって、思い付いてから僅か15分で廃案となった。

客用のソファに身体を横たえている姿が見えて、挨拶もそこそこに鳥口が近づいていくと、益田が目を緩々と開けた。

「え、益田くん、大丈夫なの?」
「えぇ。でも飲みに行くのなら、やめときます。伝染したら悪いですし」
「いやいや、そんなのは気にしなくていいんだけどさ。辛そうだね」

「そうでもないですよ」と益田は軽く言うけれど、熱がひどいのか、ぼうっとした目で見上げてくる。カチャカチャと音がして炊事場の方へと視線を向けると和寅が盆を持ってやって来ていた。

「先週末あたりから、こじらせてたんですがね。休めというのに張り込みを一日中やるもんだから」

「だって浮気調査は連続して見張っとかないと意味ないでしょうに。向こうは周囲の人間の隙を見つけては浮気する連中ですよ。探偵まで隙をつくってどうするんですか」

「隙があったから風邪をひいたんじゃないかと私は思うがな。しかも結局浮気はしていなかったんだろう。見張り損だな、もはや」

「少なくとも僕と依頼人には損じゃなかったですよ。悲願を達成したことを祝ってくれたって良いくらいです」

憎まれ口を叩きあいながら、和寅が差し出す粥を、益田が身体を起こして受け取った。

「すいません、和寅さん」
「まぁ、さっさと治すことだね」

なんだかんだ相変わらず仲がいい。むしろ仲が良いから、憎まれ口を叩くのかもしれない。

「鳥口さんもどうぞ」と言って手渡された茶を飲みながら、さて、どうしようかと考えた。

先週末に飲んだ日。待ち合わせ場所で、今にも泣きそうな顔をして鳥口を見た時の表情が気にかかっていたのだ。

すぐにその表情は消えてしまったし、益田は明るく振る舞うし、青木のいる前で聞いていいことなのかも分からないしの三重苦で、聞くに聞けないままその日はお開きになってしまった。汚職事件の裏で起こっていた結婚式での醜聞を記事にするため忙しくしていたせいで日も経ってしまったというオマケ付きで。

気になる。

しかし、体調の悪い人間に根掘り葉掘り聞くのもどうなのか。益田は自分からは言わないだろうから、何かあったかを聞こうとすれば確実にそうなる。

―――ならば。

「すいません、和寅さん。電話借りても良いっすか?」
「へぇ、どうぞ」

思い付いたら、即実行。返事を聞くやいなや、鳥口は探偵社の電話へと向かった。


―――ならば、もう一人の方に聞けば良いじゃないか。


******



「風邪?益田くんが?」
「えぇ。熱が結構あるみたいでした」

居酒屋で顔を合わせた途端に益田が今日は居ない理由を問われたので答えると、青木の顔が一気に険しくなった。

「こないだ言ったのに、聞かなかったんだね。益田くんは」
「こないだ、って前に一緒に飲んだ時っすか?」
「そうだよ。だから…先週末か。なんだか調子が悪そうだったし、もうその時微熱があったから言ったんだよ、ちゃんと」
「え?あった、って何で分かるんです?」
「触ったから。益田くんの額に」

青木が事も無げに言いながら、箸を手に取った。

いやいやいや。青木さん。何をやってるんすか、と言いたくなったのを、鳥口はお冷やと一緒に飲み込んだ。

益田が泣きそうな顔をしていた理由が、いきなり大体分かってしまった。

目の前に座る共通の友人に、益田がただならぬ好意を持っているのには気づいていた。しかし応援しようにも、一生懸命隠している様子だったし、その恋は少々特殊なものではあったし、青木は益田の想いに気付きもしないようだしで、自分がどうしてやればいいのか分からず、なんとも歯がゆい思いをしていたのだ。

そして今回も、それは同じことのようだった。

「食べないのかい、鳥口くん」

青木の不思議そうな声に、鳥口は少しやりきれないものを感じながら思考を切り替えて、箸をとった。こういう相手あってのことに、周りが出来ることには限界がある。

「食います、食います。あ、そうだ。青木さん。こないだ汚職事件があったの知ってます?」
「うん。あれがどうかしたの?」
「いやぁ、やっぱり大将はほんと凄いっすよ」
「また榎木津さんが関わっているのか。じゃあ益田くんが言ってた、別件の調査っていうのがそれだったのかな」

にこりと青木が笑う。






そんな風に、汚職事件の裏側の話だとか、慣れてきた交番での勤務だとか、互いの話をしばらくして、その日もお開きになった。

なった、と思っていた。店を出るその瞬間までは。



「それじゃ、青木さん。また」
「うん」



店を出た道の真ん中で、青木が突然言ったのだ。


「鳥口くんはさ、益田くんの下宿の場所を知ってるかい?」



それはもう即座に教えた。


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