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すれ違わない呼吸

言われた時は、本当に呼吸が止まるかと思った。

『黙れ、カマオロカ』

榎木津はいつだって真実を言い当てる。すぐには言い返せなかったし、返した言葉もうまく言えた自信がない。ただ、依頼人の本島と早苗嬢が自分の動揺には気づかなかった様子だったのだけが救いだった。二人とも初めて見る榎木津に目が釘付けになっていたのだ。

『あのなぁ、カマオロカ』
『どうでもいいですけどそのカマオロカってのはなんです?僕はオカマじゃないです』
『怪しいものだカマ下僕』

どこまで見透かされているのだろうと考えると、初めて榎木津の力を恐いと思った。青木にこの気持ちがバレてしまうのは絶対に避けたかった。伝えるつもりすら無いのにバレるなんて最悪だ。

それに加えて悪いことに、伝えるつもりがない、というより、伝える根性がない、のが正直なところだった。どんな反応をされるのかなんて、考えるだけでもうたくさんだ。良い答えが返ってくることはありえないから、傷つかずにすむこともあり得ない。あるとしても傷の程度の差くらいのものだろう。

青木の困った顔なんて見たくなかった。

告白を聞かなかったことにして、流したりはしない人だと思う。だけどそれは、言ったこちらもそのまま流されて友人の振りを続けることも出来ないということでもある訳で。あぁ、申し訳なさそうに謝られたりしそうだな。気づかなくてごめん、だとかそんなことを言われたら――。

きっと自分は耐えられない。諦めた方が精神衛生のためにも絶対良い。そう頭では理解しているのに、焦がれる気持ちはもうどうしようもなかった。


それを再確認した日にまた青木と会う、というか三人で飲む約束をしているのは皮肉だとしか言いようにが無い。普段は会いたくてたまらないのに。今日は友人の仮面をかぶり続ける後ろめたさに押し潰されて、青木を見るのが特に辛くなりそうだっだし、体調も朝からどんどん悪くなってきていた。もう踏んだり蹴ったり、なんて言葉じゃ足りない。踏んだり蹴ったり殴ったり、もっかい蹴ったり、くらいが適切だ。


―――それでも。

待ち合わせ場所に先にいる青木の姿を認めた途端に、心が浮き立った自分は本当に愚かなんだろう。


「早いですね、青木さん」
「うん。交番勤務は前より時間にゆとりがあるし、今日も事件がなにも起こらなかったからね」「良かったですねぇ」
「そうだね。東京の治安にとっても、僕にとっても」

青木がそっと微笑む。それに応えて、へらりと笑おうとした瞬間に青木の笑みが消えてしまったので、益田は中途半端な表情のまま、射るような視線を受け止めた。

「君は?なにかあったんだろう?」
「なぁんにもないですよ。どうしてそう思うんですか?」
「いや、さっきのへらへら顔があまりにも下手だったら」
「なんつー言い草ですか。大丈夫ですって」
「そう?なら良いんだけど」

――駄目だ、本当に。

今日は、というより最近は会うたびに醜態を晒してばかりだ。妙に素の部分が出る。上手く振る舞えない。

探るような目が恐ろしく、益田は視線を逸らしたけれど、青木は話を変えてはくれなかった。

「まだあの浮気調査は続けてるの?朝からずっと?」

「えぇ、でも今日まで4日間休みでしたから。大丈夫です。別件の調査は入りましたけど、すぐに済みましたし。それに、そっちは榎木津さんが立ち上がった上に中禅寺さんまで重い腰をあげたんで、解決するのはもう決定ですよ。あ。なんで4日間休みだったのかというとね、浮気調査のあの人、何を思ったのか奥さんと二人で旅行に行ったんですよ。まだ浮気してる様子も見えないし。もしかすると本当に更正…」


顔を上げられずに軽く俯いて話していたから、伸びてきた手に反応するのが遅れた。ひんやりとした青木の手が額にあてられて、身体が固まる。

言葉も不自然なところで途切れてしまっていた。変に思われやしないか、ということで頭がいっぱいになった。そんなことを考えるなら、身体を今すぐ動かせよと頭の中の無駄に冷静な部分で思う。しかし、思うだけで、身体は動かない。もう呆然としながら、ただ青木の顔を見上げていた。


「ほら、やっぱり少し熱がある」

青木の眉がひそめられ、同時に咎めるような声が聞こえる。想いを告げたら、こんな風に眉をひそめられてしまうのだろうか。咎めるように何か言われるのだろうか。それとも、もっときつい声だろうか。こんな風に優しくしたことを後悔されてしまうのだろうか。


「夏風邪は引くと長いから注意しなよ?」

青木の手が苦笑とともに離れていく。

目の奥から熱いものが込み上げてきそうになったのを必死で堪えた。

どうも今日の自分は弱っている。

優しい態度が辛いだなんて。いっそ、優しくなんてしてくれるなと思うなんて。身勝手極まりないし、馬鹿な期待をしている証拠だ。

唇を噛んだ。きつく。



「二人とも早いっすね」

背後から明るい声がした。

丁度その時鳥口が到着して空気を変えてくれていなかったら、きっと自分は泣いていたと思う。





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タイトルは彼女の為に泣いた様からお借りしました。




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