小説 | ナノ

EPISODE.02

EPISODE 02. 記憶の海の彼方より

初顔合わせからちょうど1週間、前回と場所を同じくして、再びユニット企画の打ち合わせに入った。
苗字名前は相変わらず前回と同じ位置に着席していた。

「今日は、曲を作るとしよう。互いの声質の特性をつかみ、ハモりなどの調整ができるようにする。」
「そうですね。」

俺からの打診に対して、相変わらず、眉一つ動かさずに、淡々と返事をする。
先週閲覧した、「歌唱人形」というあだ名がいやに脳裏によぎる。
あまりにも人間味もないあだ名に、若干の嫌悪感を抱く。

「鳳さんは、歌について、どういう考えをお持ちですか。」
「歌・・・?そうだな、俺にとって、歌は魂の解放、とでもいおうか。過去も現在も、何もかもをさらけ出す。時に命すらも燃やしうる。」

突如、ユニット企画とは関連性の薄い話題を振られて一瞬耳を疑ったが、思うままに回答する。
苗字名前は、否定も肯定もせず、ただ「そうですか」とシンプルに応答した。

「歌は、時に無力だ。特に私の歌は。」

ぼそっと小さい声で、おそらく俺には聞こえまいと思っての呟きだろう。
視力は悪い分、聴力には自信のあった俺は、その一言を聞き逃さなかった。
無力という、アーティストらしからぬ歌への心象に、問い質さざるをえなかった。
彼女の実力を考えれば、なおのこと、あまりにも不整合で矛盾。

「どういうことだ」
「・・?何のことですか。・・・さっさと次の段階へと進みましょう。」

俺からの問いかけに、彼女は誤魔化し、窓へと目を向けた。窓ガラスに、苗字名前の瞳がうつっている。
その瞳の奥にいったい何を抱えているというのか。

「曲についてですが、まずは、お互いの声質を実際に確認したほうが早いかと。」
「そうだな。では、まずはお前の声から、聴かせてもらう。」
「では、この間リリースした新曲でいいですか。」
「ああ」

デビューして間もないこと、また、自分自身が彼女の活動する領域にアンテナを張っていなかったことから、彼女の歌を聴くのは、これが初めでである。
彼女は目をすっと細め、口から勢いよく空気を肺にため込み、そして、歌った。
透き通るようなだけど芯のある歌声、部屋の隅々までに歌の波動がいきわたっていく。
普段の抑揚のないしゃべり方からは実に想像ができなかった。
噂に聞いた通り、彼女の歌は、称賛に値するモノであった。

ふと、脳の奥から発するシグナルが、一つの少女の姿を目の前に映し出した。
もちろん、少女なんて、この部屋に実際にいるわけではない。俺の幻覚であることは、理解していた。
そして、少女は、苗字名前に合わせるように、歌い始めると、まるで、鏡合わせのように二人の姿が重なった。
俺は、目を疑った。歌う様子が、あまりにも酷似しすぎていたから。
この少女には、確かに、見覚えがあった。

突如、光の洪水が俺を飲み込み、視界が真っ白に染まる。
気づけばそこは、眩く光る記憶の海の中だった。
揺蕩う断片的な記憶のカケラが容赦なく俺の全身に衝突する。


***

今から、およそ、15年以上も前の話になる。

都会から少しだけ離れた山梨県の甲府盆地内にある一軒家に、俺は家族とともに暮らしていた。
俺が小学校に上がってから、弟が生まれた。名を瑛二という。新たな生命の誕生に一家は幸せに包まれていた。
だがその幸せも、ほんの一瞬で。優しく朗らかだった、母親は重病により瑛二を生んですぐに帰らぬ人となった。
それから不器用ながらも俺に幾ばくかの愛情を注いでくれていた父親は、愛を与えることも求めることをやめた。
愛する者がいるから失う絶望は大きくなる。ならばいっそ、愛など殺してしまえばいい、永眠(ねむ)らせてしまえばいい、そう父は毎晩嘆き苦しんだ。
それからの父は、いつの日かに歌った「Love is dead」、そのものだった。

それから、父は、俺をアイドルに育てはじめた。
そこに、父としての「愛」はなく。ただひたすら兵士を訓練させるかのような過酷なものだった。
小学校のクラスメートと放課後にサッカーしにいくなどしている暇もなく、授業が終われば、練習、練習、練習。
気が狂ったように歌い、踊り続けた。父親は、決して俺を褒めたり認めたりしなかった。
俺を通じて、父親は何を視ているのだろうか。

瑛二は、自宅の使用人が世話してくれていたが、一人では歩けるまでには至っていないほど幼くて、なかなか俺と交流をとることができなかった。
そのため、俺はいつも一人だった。一人きりの歌では、何も癒えるものはなかった。
兄であるものの、それでも、まだ小学校低学年と幼かった俺の心は擦り切れる寸前だった。

或る日、父親が芸能関係の仕事で急遽東京へ出張することとなった。久々の自由な時間が訪れた。とりあえず自宅を出ようと、寝台に眠る瑛二の頭を軽くなでて、自宅の外へと飛び出した。
とはいえど、この時代には個人用の携帯電話を子供に持たせる慣習はなく、突然の空き時間に友達を呼び出すなどということはできなかった。
近くを散策していれば、誰かと遭遇できるのではないか、そう思い、遊歩道を歩いていた。

自宅付近の住宅街とは異なり、雑音ひとつない、閑静な空間。
音からも遮断され、独りになればなるほど、考える時間が増えてしまう。
俺は何のために生きているのか、と。
設置された小さいベンチに項垂れていると、ふと、柔らかな音色が耳に入ってきた。

「歌・・・?」

どこからともなく聞こえる優しい歌声につられるように、雑木林の中へと、歩み進んだ。
しばらくして、歌の主の姿が視界に入る。

柔く溶けるような歌声の持ち主は、俺と同い年くらいの、少女だった。
この光景が、目と耳、いや、五感のすべてを惹きつけて離さない。

「・・・?あれ」

しばらく立ち尽くしていると、少女は、歌うのをぴたりとやめ、澄んだ瞳をこちらに向けた。
気づかれたようだ。俺は少しだけドキリとする。

「あなたは・・だれ?」
「・・・ごめん、邪魔、した・・」

小学校では、授業が終わればすぐに帰宅し、練習に明け暮れていた。
そのため、女子と触れ合うことはほとんどなく、今置かれている状況に少しだけ緊張していた。

「ううん、誰かにまじまじときかれたの久々だから、ちょっとびっくりしちゃった。」

そう照れくさそうに笑う少女の笑顔がまぶしすぎて、次の会話につなげる一言がでてこない。

「・・元気ないね。」

俺の態度で何かを察したのか、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
透き通るようなその目は、何もかもを見透かされているような気がした。

「いや、そんな、ただ、ちょっと、・・歌の稽古がうまくいかなくて・・。」
「えっ!?君も歌うの?聴きたいな。」

父親や歌の教師以外前で歌を披露することはめったになかったので、尻こそばゆかった。
純粋に俺の歌を求めてくるその表情に、「いやだ」と拒絶することなどできなくて。
結局少女の押しに負けたというべきか、俺は歌った。
彼女は、目を閉じながら真剣に聴いている。父親がするように歌の途中に野次が飛んだりすることなどなかった。

「わあ、すごい!!めちゃくちゃ上手!!なんだか、君の歌って、「全部俺に任せてくれ」とでもいうような。聴いてて頼もしいなあって思った。」

歌い終われば、目をこれでもかというくらい輝かせている彼女がいた。
直球な誉め言葉に、文字通り、開いた口がふさがらなかった。
どれだけ歌っても、父親は、一言も褒めたりはしなかった。むしろ「不完全」、「これでは勝てない」と罵るばかりで。

「ありがとう。なんだか照れるな。」
「すごいよ〜!!ビックリだよ。同じ年くらいだとは思えない。大人っぽいっていうか。」

しばらく降ってくる称賛の声に、俺はむず痒さで耐え切れず、別の話題へと転換することで、その場を切りぬけようとした。

「ねえ、いつもここに来るの?」
「うん、そうだね、ここでこっそり歌うのが日課。私、歌うのが好きなんだけど、お父さんが反対しちゃってね・・・」
「明日も、くる?」
「くるよ〜キミもくる?あっ!今度は一緒に歌ってみない?」

名前も知らない少女の歌。
俺の負の感情を全て浄化するような、真っ直ぐな透き通った歌声。
俺と歌を重ねるという、小さな小さな約束。
父親も、しばらく東京から戻ってこれないらしく、この約束を果たすことはたやすい。

「そうしよう」

いつの間にかあたりは夕日に包まれていて、俺は自宅へと戻った。使用人が用意した食事を済ませ、入浴し床の間につく。
いつもの就寝時間よりも数時間も早い。
普通の男子ならば、今日のような日々が当たり前なのだろうか。

明日も今日と同じ時間、同じ場所での再開の約束。
明日を迎えることがこんなにもうれしく思うのは、いつぶりだろうか。
高ぶる気持ちを抑えながら、来る明日を待ち望んで、眠りについた。

昨日と同じ時間、昨日と同じ場所。
そこにやはり昨日の少女がいた。彼女は俺を見つけるや否や、数枚の楽譜を俺に渡してきた。

「これね、実は今私が作っている曲なの・・途中まで、なんだけどさ、これをキミと歌いたいなあって。」
「すごい、これ、君が?」
「うん、ずっとずっと作るのに時間かかっちゃって・・・これでもかなり前から作り始めたんだよ・・」

譜面上に並ぶ音符の先に、何度も何度も修正し試行錯誤したのだろう、音符の消し痕が姿をうっすらと残していた。

「あ、あんまり楽譜見つめないで!いっぱい書き直したから恥ずかしいし」

顔を少し赤らめてはにかむ彼女に少しほほえましく思う。
「もう・・早く歌おう」と彼女が促してきたので、二人で並んで、そっと歌い始めた。

柔らかく透き通った彼女の歌声と、頼もしいとほめてくれた俺の歌声。
少女が視界をクリアにして、そこに俺が彼女の手を引き思い切り羽ばたいてゆく。
独りきりの歌でなく、2人で奏でたこの歌は、小さな小さな奇跡を生んだかのよう。

譜面上にある限りだが、歌いきった後、俺も少女もしばらく何も声が出なかった。
ややあって、少女が、今までにないくらい高ぶった声で、歓喜する。

「すごい!!ねえ、すごいよ・・!!!私たちの歌声ピッタリじゃない!?」
「ああ、イイ・・最高だね・・。」

思わず漏れる感嘆の声。思ってた以上の結果に、俺は興奮を隠せない。
もっともっと、彼女と歌いたい。俺の歌では得られなかった、何かを得られる気がして。

「あ、もう夕方だね。帰らなきゃ。ねえ、また明日も来れる?なんだか、曲の続きができそうなの。それをまた歌いたいな・・」
「くるよ。俺も歌いたい。完成した曲を」

再び同じ再開の約束をし、各々帰宅する。

今度は、俺も曲をもっていこうか。今練習している曲を彼女と歌うのもいいかもしれない。
また、明日が来るのが酷く待ち遠しい。早く会いたい、歌いたい。
そういえば、名前を聞いていなかった。明日は必ずきこう。
昨日と同じように高ぶる気持ちを押し込めながら、無理やりともいうように眠りについた。

そして、翌日を迎え、昨日と同じ時間に同じ場所に向かう。
そこには誰もいなく、まだ彼女が到着していないようだった。
早く来ないものかと、逸る気持ちを抑え、気を紛らわすように俺が持参した楽譜に目を向ける。
だが、いつまでたっても、彼女は来なかった。

***

「・・・鳳さん。どうかしたのですか」

記憶の海におぼれていた俺は、苗字名前の声で、現実に引き戻される。
目の前には、苗字名前ただ一人。ここには幼いころの自分も、記憶の中の少女もいない。
あのあと、結局彼女は夕方になっても来なくて、その翌日も、翌々日も姿を現さなかった。
親父が東京から戻ってきて自由に外へは出れなくなってしまったが、学校の帰り道にこっそり寄り道して定期的に様子を見に行ったものの、一度も彼女を見つけることはできなかった。
あの彼女は、今どうしているのだろうか。

「・・・ボケっとしないで、次、鳳さんの番です。声質のサンプル。」
「・・そうだったな。」

記憶の中の少女とは正反対な態度の苗字名前、どうしてあの少女の幻像が、彼女に重なったのだろうか。
身も心も、メモリアに絆された俺は、思わず口ずさんでしまう。

あの時、記憶の中の少女と、ユニゾンした、奇跡の歌。俺と紡いだ優しい旋律を。
かなりのうろ覚えだが、耳ではしっかり覚えていたようだった。一つのフレーズを紡げば、連鎖的に次の音へと繋がっていく。

「・・・!その歌!」
彼女の目がかつてないほど見開く。まるで、この曲を知っているかのようなその反応。

「・・・知っているのか?この曲を。」
「・・なん・・で・・あなた・・」

彼女の瞳が揺らぎ、唖然とする。
歌唱人形などという心無いあだ名とは裏腹に、彼女の表情は、「驚愕」という感情をまさに表していた。
しかし、すぐにいつもの無表情に戻る。

「なんでもないわ。」

後にいくら誤魔化しても、一瞬の条件反射的な反応に、嘘は宿らない。
俺の記憶を確信に変えるには十分すぎる挙動だった。

あの時の少女は、ここにいたのか。

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