小説 | ナノ

EPISODE.01

眩い朝日が自室に差し込み、俺は、眠りの世界から覚醒する。
枕元にある時計に目をやれば、午前6時を指していた。
アラームに頼らずとも決まった時間となれば自発的に起き上がれる機械的な身体に、思わず自傷的な笑みがこぼれる。
SSS決戦の日から早くも1週間が経ち、今日から俺に新しい挑戦が始まろうとしている。

大手歌番組にて、一夜限り結成さされる、ユニット企画。
歌手2名の組み合わせはアイドルだろうとバンドマンだろうと、演歌歌手であろうと、関係ない。老若男女問わずいたって無作為に決められる。
そのような大胆なユニット企画に、幸か不幸か、HE★VENSのリーダーである俺、鳳瑛一が抜擢されることとなった。
ユニットの相手は、苗字名前。デビューしてたった数か月で、トップに上り詰めた、伝説のアーティスト。
演歌歌手とも引けを取らない絶妙なこぶし、無限の肺活量を想起させる声量、耳の奥に残るようなビブラート・・・
圧倒的な歌唱力で瞬く間にその存在は日本中に知れわたったという。
だが、俺は、誰であろうとも、オファーを受けた以上、最高のパフォーマンスを披露しなければならない。
それがHE★VENSのためであり、なにより俺たちのファン、エンジェルたちのためであるのだから。

そして、今日は、そのユニット企画に向け、苗字名前との初めての顔合わせの日だ。
ここ数週間は、SSS決戦ライブに負われて、芸能業界をマークしていなかったため、彼女がどのような人物かはほとんど把握していなかった。
先に述べた、驚異的な能力を持つアーティストであるという情報だけは除くが。

レイジングエイターテイメント事務所の建物内にて、打合せ用に準備された部屋を訪れる。
真っ白な内装と、ホワイトボード、雪のような丸テーブル。白色特有のまぶしさに思わず眩暈を覚える。
その中に、一人の女性がそのテーブルの椅子に腰かけていた。俺の入室を認識すると、淡々と頭を下げ、挨拶をした。

「鳳瑛一さんですね。私が苗字名前です。」
「・・・・・」

俺の目が彼女をとらえた瞬間、脳がぐちゃぐちゃと、かき混ぜられるかのような衝撃が走った。
脳の奥にある、何かが俺の神経に刺激を与えている。ぼやっとした光景が、瞼の裏に浮かんでいる。
俺は、苗字名前をどこかで見たことがあるのか。
しかし、どれだけ考えても苗字名前という知り合いはいない。
仕事で共演したこともない。彼女はたった数ヶ月前にデビューしたばかりなのだから。
だが、この感覚は、単なる既視感、虚再認に過ぎないのか。
心の奥底にあるむず痒い感覚を押し殺して、ユニット計画の話を進めることとした。

「HE★VENSの鳳瑛一だ。ユニット企画の件よろしく頼む。」
「ではさっそく本題ですが。」

必要最低限、とでも言いたげな話の切り出し。
彼女の赤いはずなのにまるで生気を感じない唇が、淡々と動いていた。
俺たちは、余談を交える間もなく、曲の方向性、パフォーマンスなどの打ち合わせを行った。

***

「瑛一〜?今日ユニット企画の顔合わせだったんだよね、どうだったの?」

ユニット計画の顔合わせが終わり、事務所の寮の共用スペースのソファに腰かけていると、ナギが背後から身を乗り出してきた。
幼さが全面に出た顔立ち、パッチリとした大きな目は男の俺から見ても愛らしい。

「ふっ、そうだな、我がHE★VENSにふさわしい相手だ。」
「瑛一っていっつもすぐ人を褒めるよねェ・・いいんだけどさ。」
「・・・だが、どうも・・ひっかかるんだ。」

ぼそっと小さな声で呟けば、ナギが「どうしたの?」と聞き返してくる。
何でもない、と誤魔化せば、ナギは、仕事があるからといって、共用スペースを後にした。

テーブルの上にある自前のノートパソコンを手に取る。
仕事のメールがないか人通りチェックした後、インターネットブラウザを起動し、大手検索エンジンにアクセスする。
そして、『苗字名前』をキーワード入力し、検索を行った。
数件目にヒットした、まとめサイトの記事に目が留まる。

【まるで人形!?他人を寄せ付けないクールな孤高のアーティスト、苗字名前の魅力に迫る】
無慈悲な見出し、そして、その記事には、「苗字名前は、ファンサービスなどを一切行わない歌一本で勝負する。歌唱人形というべきか」と記載されていた。
他の記事を当たっても同様な内容ばかりであった。

「俺が求めているのは、こんな情報ではない・・」

深くため息をつき、パソコンをシャットダウンした。
来週、また打合せがある。その時になれば、きっと答えが出るだろう。

episode 01. 既視への違和感

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