榛名/お前は、月 2
俺は「あぁ」とか「へぇ」とか「そう」しか言わなかったけど、あいつは楽しそうだった。
シニアの練習にも一緒に行くようになって、「部活は?」と聞くと「涼音先輩がこっちはいいから、そっちに行けって」言っていた。
俺が「ふーん」って答えると「涼音先輩じゃなくて悪かったわね」なんて言うから、「別に」って言った。
たぶん、こいつは俺の好きな人を涼音先輩だと思っているらしい。
お前なのにな。
俺が部活を辞めてから、あっという間に2ヶ月がたった。
名無しは俺の家で、一緒にリビングでご飯を食べるようになった。
でも、手紙を書いてこない日はなかった。
あいつも習慣になってしまったようで。
なのに、気づいてやれなかった。
あいつの悲鳴を。
あんなに助けを求めていたのに、気づいてやれなかった。
名無しは俺の家に来なくなった。
手紙はポストに入れられるようになった。
だから、元気なんだと思って。
でも、手紙をポストに入れるくらいなら、一目でも顔を見せてもいいだろう。
1週間たっても顔を見せないからおかしいと思って、手紙を届けそうな時間に部屋の窓から外を覗いていた。
人影が近づいてきて、ポストに何かを入れた。
そいつは、秋丸だった。
「おい!秋丸」
「あっ、榛名…」
おかしいだろ。
なんで、あいつの手紙を秋丸が持ってくるんだよ。
「なんでお前が…」
「…名無しから頼まれてるんだ」
「名無しから?」
「あぁ。あいつ、もう学校来てないんだ。だけど、これだけは渡したいって言って俺が届けてた」
手紙を引っ手繰るようにして奪うと、乱暴に中身を取り出した。
「―――榛名へ
なんかさ、今更だけど名字で呼び合ってると距離を感じちゃうから、今度から『元希』って呼ぶね!
私ことも『名無し』でいいから!
今度、会ったときは元希の声でよんでほしいな。
もう前みたいに投げられるようになったし、私は用済みかな?
私は役に立ってたかな?
元希にとって、ただ邪魔なだけだったかな?
支えられていたかな?
私は元希に支えられてたよ。
私だったら絶えられない痛さにも元希は我慢して、つらくても弱音を吐かなくて、ビックリしちゃった!
元希はもう何があっても大丈夫だよ!
でもね、元希。
人は一人では生きていけない。
私はそう実感したんだ。
一人じゃ、何もできなかった。
できると思ってたのに。
あなたの周りには、たくさんの人がいた。
恭平や部活のみんなも、榛名の両親も、病院の先生も、シニアの阿部くんも。
みんな、協力してくれた。
うらやましいよ、元希が。
元希に会いたいな。
会えたらいいな。
もう少したったら、会いにいってもいいかな?
その時には、ちゃんと『名無し』って呼んでね!
バイバイ。元希」
続く
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