榛名/本当に怖いのは(もう2度と想い出さないでの続き)


「Hi,名無し!」

「Hi,Dick」


カナダに来てから10ヶ月。
安いアパートに一人暮らしをしながらカナダの大学に通っている。

私が通っている大学には留学生クラスがあって、近くでいえばアメリカ、遠くでいえばシンガポール、トルコというようにいろんな国からの留学生が集まっている。


「名無し、今日はなに予定ある!?」

ディックはイギリスから来た子で日本マニア。
ジャンルは幅広く、最初に会った頃日本の歴史、アニメ、家電製品、さまざまなことを聞かれた。

「んんー、今日は特になにも!あるとして課題くらいかしら」

「じゃあ今からバーベキューしに行かない?」

「ディックの家で?」

ディックは私と同じ留学生なのでアパート暮らしのはず。

「ちがうよ!クレアの大きな庭でさ」

「本当!?一度行ってみたかったの!あそこのガーデニング素敵だもの」

「はははっ!じゃあ決定だね。クレアの家族が喜ぶよ」

「まさか!……うぅ、また質問攻めにあうのね」

クレアは地元の大学生で、ディックと同じくクレアの家族は日本マニア。

「みんな日本が好きだからさ!」

「だって、英語で説明するのは難しいんだもん!」

「頑張れ、頑張れ!それで英語力が養われるなら“一石二鳥”さ」

「…ディック。一石二鳥なんて使えるのようになったのね」

「名無しのおかげだよー、感謝してる!Thank you,名無し!!」

「…どういたしまして」


彼が感謝しているのは、私が日本人だということだろう。
まぁ、この大学に慣れることができたのもディックのおかげだけれど。


「じゃあ、3時にまたここで!クレアが車で迎えに来てくれるから」

「えぇ、ありがとう」






大学から徒歩で10分。
自分が生活しているアパートに足を進める。

カナダは日本と違って街に緑があふれている。
帰路には、たくさんの木々や花が植えられていて空気がとても澄んでいる。


ちょうどよかった。
今日は一人でいたくなかったから。


本日、21回目の私の誕生日。
毎年この日だけは、元希と一緒に過ごせる日。
まだ付き合っていたとき時は自分の誕生日だというのに、この日が来るのを緊張していた。

どんな顔をして会えばいいんだろう。

元希は祝ってくれるだろうか。

そんなことばっか気にしてた。


「いい想い出ってあったのかなぁ…」


思案をめぐらしていると部屋にある時計の長い針が11の数字を指している。


「あっ、もう3時になっちゃう!」


急いで周りにある適当なものをバッグに詰め込み家を出た。







「Hi,Clare!」

「Hi,名無し.ギリギリセーフね」

「ごめん!ボーっとしてたらいつの間にか…」

「名無しはそこが可愛いところなのよね〜!」

「クレア早く行こう。お腹すいたー」


助手席の窓から顔を垂らしてるのはシャロン。
シャロンはクレアの幼馴染で、身長が高く、手足もスラッとしていて無駄な筋肉がついていない。
バスケットボール部に所属しているエースだ。


「もう!シャロン、さっきサンドイッチ食べたばっかでしょ!?」

「名無しもお腹すいたよなぁー」

「…まぁまぁ、かな」

シャロンの問いかけにどう答えたらいいかわからず、曖昧に返事を返す。

「とりあえず乗りなさいよ!」

名無しは後部座席に乗り込み、4人を乗せた車は発進した。






「クレア腹減って死にそー」

「あんた、さっきからそればっかね!ディック、なにか食べるもの持ってない?」

「僕ないよ?あっても食べちゃってるもん」

「名無しは?」

「ちょっと待って……んっ、と…あった!」

バッグの奥底を探ると、日本から送ってもらったクッキーがあった。

「はい、シャロン」

「Thanks,名無し」

シャロンは名無しの頭に手をのせて髪をぐしゃぐしゃにした。

「名無しはシャロンに甘いんだからー」

「別にそういうわけじゃ…」

「名無しは可愛いからなー」

「っ、離してよー!」

まだ撫で続けるシャロンのせいで、名無しの綺麗に巻かれた髪は無残なことに。


「いい加減、離してやりなさいよ!ほら着いたから」


クレアに促され車から降りると中世のような庭園が広がっていた。

まるでベルサイユ宮殿のミニチュア版。
もちろん、真ん中には噴水。
そして片隅には、その風景には似合わない物が置いてある。


「…バスケットゴール?」

「あぁ、あれね。シャロンが勝手に置いたの」

「勝手に?」

「そう…朝起きた昨日なかったものがあったのよ!?私の庭に!」

「お、落ち着いてクレア!あなたがデザインした庭、とても素敵だわ!」

「でしょ?わかってくれるのは名無しだけだわ〜」

「俺もいいと思うぜ、この庭」

「あんたがいいと思ってるのは、バスケットゴールがあることだけでしょ!?私と幼なじみのことを感謝しなさい!」

「わかってるよー」

「ったく。男ってどうしてこうなのかしら!」

「…そうね」




ほら、また。


思い出すのはあなたの面影。


もう二度と想い出さないって決めたのに。






「名無し、バスケしようぜ」

「え?でも私バスケできな…」

「いいから、いいから」

「ク、クレア!」

「いいから行ってらっしゃい!バーベキューの用意はしといてあげるから」


結局クレアにも背中を押され、シャロンと共に片隅のバスケットゴールに向かった。






「本当に私できないよ?高校の時、体育の授業でやったことあるくらいで」

「大丈夫。名無しは運動神経いいから」

「あはっ!褒めたってなにもでないわよ」

「そりゃ、残念。俺が教えてやるよ」


やっぱりシャロンは上手い。
素人の私が見てもわかる。

ジャンプシュートの時、全身のバネが伸びて筋肉がしなるのがちょっとセクシーとか思ったり。

インドア派の彼の肌は、まったく焼けていない。
もしかしたら私より白いかも。




「うまいじゃん、名無し」

「シャロンの教え方がうまいのよ」


名無しはスリーポイントラインから両手でボールを放つ。
それは綺麗に円を描いてリングに吸い込まれていった。


ネットから落ちて転がったボールを、シャロンは軽々と足で拾った。
人差し指でクルクルとボールを回し、その腕を上に上げたり下に下げたり優雅にボールを扱う。


「名無しって俺のこと嫌い?」

「…急に、どうして?」

「今は俺が質問してるんだ。ちゃんと答えて」

「っ、シャロン!顔が近い!」

名無しが逃げることができないように背中に両手を回す。
先程回していたボールは、今リングに入った。


「ナイシュー!お見事!」

「こら、はぐらかすな」

「いたっ」

シャロンは名無しの眉間を弾いた。

「で、俺のこと嫌いなの?」

「嫌い、というか……苦手なのかな」

「その様子じゃ、よくわからないって感じだな」

「…ごめんね」

「謝るなよ。すぐ謝るのは日本人の悪い癖だ」

「…、っと」

「また謝ろうとした」

「ばれた?」

「はぁー……名無し可愛すぎる」


だんだんシャロンの綺麗に整った顔が近づいてくる。




「あっ、うわ!シャロンと名無し!?なにしてるの!?」

「……ディック。お前、空気読めないのかよ」

「んー…えー…あぁ、そういうことか!邪魔したっ!!」

今の私とシャロンの体勢を見て納得したようで、ディックは来た道を戻って行こうとする。

それを見たシャロンの手は、背中から腰に回って怪しい手つきをし始めた。




「ディーック!!ここは助ける場面よ!回れ右して戻って来ーい!!」





「遅ーい!3人で何やってたのよ」

「いやぁ〜迎えに行ったら、名無しとシャロンがさぁ〜」

「バスケしてただけっ!」

「もうお肉焼けちゃってるわよ〜、待てなくて食べちゃった」


同じ長さに刈り揃えられた芝生の上に、一般の物より大きなバーベキューセットが置かれており、その周りを学生たちが囲んで楽しそうに食べていた。


「はい!名無しの分」

「ありがとう」

「俺の分はー」

「自分で取りなさい。名無しに手を出した罰よ」

「わ、私なにもされてないってば!」


そこへたくさんの食材を抱えた綺麗な女性が現れた。


「まぁ!あなたが名無しね!初めまして、クレアの母のマギーよ」

「初めまして、マギーさん。名無しです」

「ところで、今日本で人気の俳優って誰かしら?」

「はぁ?」

「ママは日本人のイケメンが好きなのよ」

あとはよろしく!

クレアは皿に盛った肉やら野菜やらを配りにみんなの輪の中に入っていった。


名無しはマギーに引きずられるまま、豪華な家のダイニングへ案内された。
進められるがまま椅子に腰をかけ、それから予想通りの質問攻めにあい、いい加減頭が回らなくなってきた頃。


「おばさん」

「あら、シャロン!」

「名無しが借りてもいい?みんな待ってる」

「やだ!もう一時間も経っちゃってるじゃない!ごめんなさいね、名無し。つい話に夢中になっちゃって」

「いえ。私もお話できて楽しかったです」

「ここは素直に"あなたとお話しするのはもうこりごりです"って答えていいんだぞ」

「シャロン!まぁー、言うようになったわね。こーんな小さい時にあなたの可愛いお尻を拭いてあげたのは誰だと思ってるの!?」

「おばさん!!それは言わない約束だろ!?」

「ふふっ、シャロンもそんな風に慌てるのね」

いつも飄々としてるのに。

「こんなもんよ!このガキンチョは」

そう言いながらマギーはシャロンのこめかみを小突く。

「シャロン!メイソンとウィリーにまた遊びに来てって言っておいてー!」

「オーライ」


マギーは鼻歌交じりに階段を上って二階に上がっていった。


「メイソンとウィリーって?」

「俺の両親」

「あぁ、なるほど」

「名無し、早く戻ろう」

「えぇ」



再び庭に戻ると辺りは真っ暗になっていて、バーベキューの炭の火は消されていた。

しかし噴水はライトアップされ、煌びやかに光っている。

クレアは噴水の縁に座ってトレーを片隅に置いていた。
トレーの上にはお洒落な二つのグラスに入ったシャンパンと、バーベキューの残りやお菓子が乗っている。


「どうだった?私のママは」

「最高だわ!話すことすべておもしろかった」

「マギーと話してて疲れないか?あれはまさに弾丸トークだ。人が一言話すのに対して、マギーはその10倍は話す」

「失礼ね。私はその血を受け継いでるのよ。ほら、ディックが呼んでるわ。さっさと行きなさい!」

虫を払うようにクレアはシャロンに早く行くように促した。
シャロンはためらったが、ディックの急かす声に反応して名無しと繋いでいた手に軽く口付けしその方向に走って行った。




「これでお邪魔虫はいなくなった。さぁ、女の子の話をしましょ?」

そう言ってクレアはグラスを一つ私に差し出す。
乾杯、と言いながらグラスをカチンッと合わせた。


「名無し、ボーイフレンドはいる?」

「いないわ」

「つくる気はないの?」

「…しばらくは遠慮しとく」

「日本にいたのね」

「…まぁ、ね」


クレアは相変わらず勘が鋭い。


「どんな人だった?」

「自分勝手で俺様。それ以上に似合う言葉はなかったわ」

「…そう」

自虐的に笑って言う名無しにクレアはそれ以上問いただすことはできなかった。
気まずい雰囲気になってしまい、噴水の水が流れる音しか聞こえない。お互い静かに喉にシャンパンを通す。

「クレアは?」

グラスを空にすると、名無しはトレーの上のボトルに手を伸ばし空いたグラスをシャンパンで満たした。

「いるわよ」

「シャロン?」

「ぶっ!!まさかぁ!私は年上にしか興味ないの。あれはごめんよ!それに、あいつ。好きな子がいるの」

「へぇ」

「…気にならない?」

「いや、別に…」

「じゃあ、特別に教えてあげる」

「だから気にならないってば」



クレアはシャンパンのグラスを噴水の中へ放り込んだ。

あっ、と思った瞬間、身体に衝撃があり気づいた時には全身がびしょ濡れになっていた。



「っ!」

「あなたよ。名無し」

「…」

「あら、びっくりした?」

「…だって、てっきり」


シャロンはクレアのことが好きだと思ってたから。

小さく名無しは呟いた。


「そんなわけないでしょ!私たちは兄弟みたいなもんよ。親同士も仲がいいし」

未だ噴き出す水を浴びている名無しに手を差し延べ、中から引っ張り出す。

「名無し。いつまでも過去の想い出に浸ってちゃだめよ。いつまで経っても過去は戻ってきやしない。辛い恋は新しい恋をして忘れるのが一番よ!」

「…忘れ、る……元希を…」


ずっとそうしようとしてきた。
でも、どうしても比べてしまうのだ。
その度に想い出される記憶に胸を痛めてきた。
恋をすることなんて、とっくの昔に置いてきてしまった。






「お節介はそのぐらいで十分」






シャロンがバスケットボール片手にやって来た。


「お節介って何よ!あんたがじれったいから、こうして私が手助けしてやってるんじゃないのよぉ」

「それにしても、これはやり過ぎだろ。まぁ俺としてはラッキーだけど」


シャロンはニヤニヤしながら噴水の中に佇む名無しの体に目を上から下に動かす。
名無しはその目線に気づき、顔を赤くしてバッと両腕で自分の体を隠す。

自分の羽織っていたジャージを脱ぎ、それを片手にシャロンも身軽に噴水の中に入ってきた。
その水飛沫が名無しにかかる。


「もう、シャロン!」

「悪い。クレアのやつ、酔っ払うと度が過ぎるんだ」

そう言いながら、上着を名無しの肩に掛けた。
噴水の水は水温が調節されていて冷たくなかったし、気温も夜になっても暖かいままだったので、寒いとは感じなかった。


「いいよ、これ。濡れちゃうし」

「遠慮すんなよ。俺ももう濡れてるし」

水に浸かっている長い脚を子供のようにバシャバシャさせる。

「やっ、やめて!やめてよ!」


「御手を、プリンセス」


中世の王子様のように片手を背にし、膝を付きもう一つの手を名無しに手を載せるように促した。

「ほんとにやめってたら!は、恥ずかしい…」


「さぁ、早く」

「もう…」

いつまでも膝に水を浸しておく訳にもいかない。
名無しは手をシャロンの手に重ねた。
瞬間、力強く引き寄せられて体がふわっと宙に浮いた。


「わっ、と!」

「色気ない声出すなよー」

「…悪かったわね、色気なくて」

「くくっ、ほんっとお前かわいいな。ほら、大人しくしてろ」


噴水から出て歩き始めたシャロンに慌てて落ちないように首に腕を回すと、満足そうに笑った。




「ねぇ、どこ行くの?」


黙々と歩き続けるシャロンに尋ねると、シッと人差し指を口に当てられた。
すると、何かが焦げているような匂いがした。

「なに、この匂い…」

「あっ、だめ」

匂いが漂ってくる方向に目を向けようとすると、またまたシャロンに封じられた。
視界が真っ暗になり何事かと思うと、頭をシャロンの胸に押し付けられていた。
息が苦しくなって思い切り空気を吸い込むと、シャロンの匂いが体に入ってくる。


なんだか安心する。


「名無し、くすぐったいんだけど…」

「シャロンの匂いって落ち着く」

何度も何度も吸い込む。

「エロいからヤメテ」

「っもう!」

シャロンの足がピタッと止まり、体の揺れも止まる。


「驚くなよ?3…2…」

「え、なに?」

「…1!!」






「HAPPY BIRTHDAY,名無し!!!」




ヒュッという空気を切り裂く音の後にドンッという重低音からで
空に花火が上がる。
つられるように目を上に向けると、何色もの光が暗い夜空に浮かび上がって大きなケーキが現れた。


「うわっ!!なに!?」

「まさに“開いた口が塞がらない”ってやつだな」


辺りを見渡せば噴水の前まで戻ってきていて、さっきまで好き勝手遊んでいた学生たちは豪華な食事が載せられた白いテーブルを囲み、花束やプレゼントを持って待ち構えていた。
その中には、クレアの母のマギーや会社帰りのクレアの父もいた。


「え、どういうこと…」

「ふっふっふー!名無しには内緒でみんなで用意してたのよ?」


ざまぁみろと得意気な顔をして言うクレアとその仲間たち。


「……ってことは、さっき酔っ払ってたのって演技?」

「そう!見事に引っ掛かってくれたわね。あぁ、さっきの花火は私からのプレゼント!」

「クレア、素晴らしいわ!こんな誕生に初めてよ!私、自分の誕生日教えたかしら…」

「ふふん!私にかかれば簡単に調べられるわよ」

「そ、そう…」

「ディック!持ってきてー!」

「はいよー!」


奥から現れたディックの手には大きな皿の上に3段にもなるケーキが乗せてある。
ろうそくの代わりに小さなパチパチと火花を放つ花火が挿してあった。


「これはみんなからのプレゼント!一生懸命作ったんだ」

「こんなに大きいケーキも初めて!手作りなんてすごいわ!」

「だろ?俺、かなり頑張ったんだー」

「なに言ってんの、シャロン!あんたはただ生クリームかき混ぜてただけでしょ!?」

言い争いを始めたクレアとシャロンを押し退けてやってきたマギーは、名無しの腕を掴みケーキが置いてあるテーブルの前に立たせる。

「さぁ、さぁ!火を消して!」

肺がいっぱいになるまで空気を吸い込み、一気にろうそくの火を消す。


「お誕生日おめでとう、名無し!」

「はい、名無し!誕生日おめでとう!」

「おめでとう!名無し」


クラスメートたちが次々と名無しにプレゼントを手渡していく。
そしてあっという間に両手は埋め尽くされた。


「こんなにたくさん…」

「今日はみんな名無しのために集まったんだもの!当たり前じゃない」

「…」

「…名無し、泣いてるの?」

「…んっ……だって……びっくり、して…」

「嬉し涙は大歓迎よ!んもう〜、かわいい!!」

「…く、苦しいよ」

クレアは名無しを骨が痛いくらいに抱きしめる。
その手をパッと離すと名無しの額にキスをした。




「もういい?クレア…」

「あら、ごめんなさいね!シャロン。独り占めしちゃった!ほら、これ持ってどっか行きなさい!」


手に持っていたプレゼントたちを取り上げられ、代わりにカットされたケーキを二つ持たされた。

しっ、しっと手で払われ自分はさっさと輪の中に入っていってしまった。
すでにみんなドンちゃん騒ぎしている。


「やっぱり、クレア酔ってるんじゃない?いつもより扱いがひどい…」

うぅ、と嬉し涙が悔し涙に変わっていく。

「いいから行こ」

「うぁっ、」

落ちそうになるケーキを必死でよろけながら支えた。


「今日はマギー、クレア親子に名無しを取られてばかりだ」


シャロンは静かに溜め息をついた。


「なんでここでバースデーケーキ食べなくちゃいけないの?」

「俺が一番好きな場所だから」

「それはわかるけど…」


名無しとシャロンがいる場所は庭の隅にあるバスケットコート。
噴水からまっすぐ歩いてきた所で決して遠いわけではない。

誰もいないコートのど真ん中に胡座をかいて口にケーキを運ぶシャロン。
つられて名無しもケーキを食べる。


「ん、おいしい」

「特に生クリームがね」

「スポンジがだよ」

「えー」

「うそうそ。全部おいしい」


そして、もう一口。
隣でカシャンとフォークを置く音がした。
私が二口食べる間にシャロンはすべてを食べ終わっていた。


「名無しは、なんで俺のことが苦手なの?」

「えっ…」

「さっきは答えを聞きそびれた」

バスケットをしているときにも聞かれた。
唐突な質問に名無しは答えることができなかったのだ。

「そんなこと、ないよ?…ちょっと怖いだけ」

「俺が怖い理由は?」

「理由?」

「そう、理由」

「…わからない」

「そうしてわからないか、教えてあげようか?」


ケーキから恐る恐る顔を上げると、目の前にはいつもと違う目をしているシャロンがいた。



「答えは簡単。俺が名無しのことを好きだからだ」

「…」

「クレアから聞いただろ?」

「…あれは、演技だって」


この目は、いつか見たことがある。


「だけど、クレアは嘘をつかない」


いつだったろう。


「名無し、本当はわかってる」


想い出した。


「本当はわかってるんだ。本能的に俺を避けてる。名無しに初めて会った時から、俺は名無しが好きだった。それに気づいていたから、俺を怖れている」


そう、初めて会ったとき。
この目を私は見たことがあった。


「見てよ。俺のこと、ちゃんと見て」


私が元希に恋い焦がれていた頃の自分の目。

それに混じって私を見透かす目。

心の奥まで突き通す鋭い目。


その視線に、初めから私は気づいていたのだ。
ただ、知らない振りをしていただけ。



「一生のお願いだから、俺を見て」


「苦しいんだよ」



その苦しみは、私が一番よくわかっているはず。


ねぇ、そうでしょ?


過去の私。



END

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