不二/届かない想いは、そっと空へと還しましょう





すでに愛しい人は





将来を誓い合った愛しい人がいる。








届かない想いは、そっと空へと還しましょう








「不二ー!こっちだにゃー」

「クスッ、久しぶり英二」


中学生の頃、ともに全国大会を目指して戦ってきた仲間一同が、大学の夏休みを利用してタカさんの川村寿しに集合した。


「久しぶりっすねー、不二先輩!」

「桃はまだ身長伸びてるんじゃない?」

「そうなんすよ。もう180軽く超えてるっす」


桃の身長は、限度を知らずに伸びていくらしい。


「そういえば、越前は?」

「予定が合わなくて、今日帰国するんだ。今頃空港だろうね」


僕の隣に座っていた大石が、ウーロンハイを飲みながら答えた。
越前は今や日本が誇るべきテニスプレイヤーとなっていた。
こないだも全米オープンで惜しくも準優勝だったが、日本人初の快挙を成し遂げた。


「越前も中学の時はあんなに可愛かったのに、今じゃスーパースターかぁ。遠い存在になっちまったなぁ」


桃は深いため息を吐きながらも、口は動かしつまみを頬張る。





「そんな風に思ってたんすか」





勢いよくドアが開くとともに、懐かしい声が聞こえた。
トレードマークの白い帽子をかぶり、ラケットバックを背負い、おまけに小さなキャリーバックを引いていた。


「おぉ、越前!元気だったか!?」

「おちびー!」


あっという間に皆に囲まれ、越前は珍しくはにかんで笑っていた。


「予定より早かったんじゃないのか?」

「1本早い飛行機で来たんで」


越前は僕の左隣の席について飲み物を注文した。


「おうおう!そんなに会いたかったのかぁ!」

「桃先輩じゃないっすよ!っ、だから離れてください!」


越前も身長は伸びたが、桃にはさすがに勝てないので頭からグリグリと撫で回されている。


「桃、そろそろ止めてあげないと越前が失神しちゃうよ」


そう言うと、やっと越前を離した。





あの頃と何も変わらない。
このメンバーでいる時の雰囲気が大好きだ。



しかし、思い出されるのはあの子のこと。



中学の時からずっと好きだった。



高校に進学してもずっと隣にいてくれると思っていた。
僕は思い違いをしていたのか。
この気持ちは口にしなくても、君に届いていると。
高校を卒業し同じ大学に進学したが、2年を過ぎもしないうちに僕の愛しい彼女は、彼女が愛する彼を追って海外に渡っていった。


それからは会っていない。


僕の恋は、何もできず、何も言わずに終わりを告げたのだ。







ちょうど1杯目のグラスが空になってきた頃、乾の携帯に電話がきた。


「乾〜、誰からにゃ〜?」


ほろ酔い状態の菊丸が乾に尋ねた。


「名無しからだ。もうすぐ到着するらしい」

「名無し!?今日って名無しも来るのかにゃ!?」


それを聞いた皆も驚いた顔をしている。
今日、集まったのはなんのためだと思っているのだろうか。


「不二先輩も知ってたんすか?」


越前はファンタを飲みながら、帽子をいじっていた。


「うん。名無しからメールが来た?」

「俺もっす」




1ヶ月前に高校の時と変わらない、スラスラと口にできるほど見慣れたメールアドレスから久しぶりに連絡が来た。






周介、元気にしていますか?
久しぶりに日本へ帰国します。
その時、みんなに直接話したいことがあります。

周介だけには、みんなより先に知っていてもらいたいの。




実は、……







「…じ、不二?」

「…っ、なに?」

「いや、ボーっとしてたから」

「ごめん、ごめん。ちょっと考え事してて」


その時、チリンチリン、と綺麗な鈴の音が店内に響き渡った。


「あっ!!名無しにゃ〜!!」


越前が来た時と同様に、皆が座敷から立ち上がり開かれたドアに向かっていった。






振り返るのが怖い。


もう何年も会っていないから?
あの頃の彼女が、どんなに成長しているだろうか。
吹っ切れたはずの気持ちが引き戻されそうで怖い。







「周介」








ゆっくり、




ゆっくり、





振り返る。







「久しぶりだね、周介」




「…あぁ、本当に久しぶりだ」




君はどんどん綺麗になって、僕を置いていくんだね




「名無し」




あどけなさが残るその顔に大きな瞳が二つ。
それはうっすら涙を浮かべていた。
抱きしめたい衝動に駆られる。



どうして、君は僕をこんなに恋しい気持ちをくれるの?




「手塚!!お前も元気だったか!?」


遅れて入ってきた手塚。
手塚も越前に遅れてプロデビューした。
怪我が完全に完治し、万全の準備ができてから望むためにドイツへ渡ったのだ。
なんとも彼らしい。




「あぁ、ドイツはなかなかいいところだ」

「なかなかじゃないでしょ?結構、満喫してんのよ。これが」


談笑をしながら皆席に着く。
大石は席を譲り、名無しを僕の隣に座らせた。
もちろんその隣には、手塚。


「へぇー、手塚って純和風だと思ってたのに」


さっそく手塚と名無しが好きな寿司を握りながら川村が言った。


「ドイツでも日本食は作るんだけど、なかなか食材がなくてね。やっぱりこっちのほうが住みやすいわ」

「確かにな」


大皿にたくさんの寿司の詰め合わせが持ってこられた。


名無しは、席についてから落ち着きがない。


「名無し、どうしたの?」

「いや…、なんでもない!」


あぁ、なるほど。


「座布団を重ねたほうが楽だよ」


座敷のすみに重ねておいてある座布団を何枚かとって、折り畳んで名無しの腰の下に入れてやる。


「ありがとう、周介」


やはりさっきの体勢はきつかったらしく、名無しは足を崩して落ち着いた。


昔から、名無しは何かあると体をむずむず動かす癖がある。


「大丈夫か?」

「うん、平気」


手塚は優しく名無しの腰を擦る。
不器用ではあるが、手塚なりの優しさだ。


しばらくするとまるで宴会のようなドンちゃん騒ぎになってしまった。
いつの間にか、越前のお父さんや竜崎先生、氷帝や立海のレギュラーも呼び集まっていた。
全国優勝した時のような騒ぎよう。
タカさんの店を貸切にしているとはいえ、少しやりすぎではないだろうか。

しかし、手塚は丸くなった。
以前だったら、もうすでに怒りの鉄拳を食らっていただろう。
名無しの影響だ。
彼女のそばにいることによって、彼の堅物な性格の角が取れたのだ。






「あのっ!ちょっと聞いて欲しいんだけど」


手塚に支えられながら、いきなり名無しは立ち上がって言った。


「本当は青学のみんなだけに言おうと思ってたんだけど、思いのほかたくさん集まっちゃったから…」

「なにかにゃ〜?」


完全に出来上がってしまった菊丸。
なになに、と顔を真っ赤にさせ机に身を乗り出す。




「実は、妊娠してるの。今、妊娠5ヶ月目」


ほら、と名無しは着ているワンピースをまっすぐ引っ張って、お腹の膨らみを見せつけた。



「…うっ、嘘だにゃ!!」

「マジっすか!?」

「本当に!?」

「お、おめでとうございます!!」


周りから口々に驚きの声や祝辞の声が上がる。
隣にいる越前に目をやると、呆然としてただ口をあんぐりと開けているだけだった。


「……不二先輩はこれも知ってたんすか?」

「うん」


かつては、越前も名無しのことを好いていた。
僕と越前はライバルだったのだ。
しかし、名無しは越前でもなく僕でもなく手塚を選んだ。







実は、神様から大切な命を授かりました。
私と手塚との赤ちゃんです。
今月で妊娠4ヶ月目に入ります。

周介には、どうしても最初に知らせたかったのでメールで報告しました。
みんなには、帰国した時に直接知らせたいと思っています。




それでは、また。



名無し








メールを読んで嬉しい反面悔しかった。
名無しを幸せにしたのは僕ではなく、手塚だった。

悔しかったんだ。

何もできなかった自分が。





綺麗なソプラノの声。


大きな目。


豊かな表情。


癒される笑顔。


誰にも好まれる性格。


何に対しても直向きな姿。




名無しのすべてが好きだった。


もし名無しからメールがなければ、僕はここで泣いてしまっていたかもしれない。
涙はパソコンの画面の前でたくさん流して枯れた。

だから、こんなに落ち着いていられるのかも。

手塚は名無しを一生幸せにするだろう。


する、ではない。


しなければならないのだ。






「周介」


囲まれた中から名無しと手塚が抜けだし、僕に近づいてきた。


「まだ言ってなかったね。おめでとう、二人とも」

「おめでとうございます、名無し先輩」


越前も僕に続いていった。


「ありがとう。周介、越前」


名無しは手塚と僕だけを名前で呼ぶ。
それは彼女にとって、別格の大切な人だという証拠。

そして彼女名前を許されるのも、僕と手塚だけ。


僕はずっと幼なじみだったから。


手塚は名無しの一番大切な人だから。




「周介、この子の名付け親になってほしいの」


まだ女の子か男の子かわからないんだけどね、と名無しは付け加える。


「僕が?」

「国光と話し合って決めたの。私たちがこうなったのは、あなたのおかげだもの」


そうだ。
僕が名無しにドイツへ行けと言った。
中学を卒業するとともに、手塚は日本を飛び出しドイツへ旅立った。
愛する名無しを残して。
手塚は周りになんと言われようと頑として自分の意志を曲げなかったし、名無しも手塚が決めたことに賛成していた。
一生会えないわけでもはない、と。

そして、僕たちは高校生になった。

名無しは寂しさを紛らわすように、マネージャー業に人一倍力をいれていた。
手塚がいない今、手塚と名無しを結ぶ唯一の繋がりは、テニスだけだったから。


しかしある日突然、名無しは突然テニス部を去っていった。
それは高校三年生の夏。
ほとんどのメンバーが中学校からエスカレーター制で上がってきて、去年の全国大会準優勝から一つ位を上げ、今年全国制覇を果たした。


しかし、そこに名無しの笑顔はなかった。


みんなそのまま青春大学へ進学したが、僕は氷帝大学を選んだ。
名無しと共に。
もちろんテニス部に入部。
忍足と同じ学部になり、名無しは向日と同じ学部だった。
部活の初日の顔合わせで、名無しがマネージャーとして入部していないことがわかった。
向日に問いただしてみると、名無しは最近学校にも顔を出していないと言う。

心配になり何年か振りに名無しの家に訪れた。
名無しのお母さんは僕の顔を見ると、「周ちゃん、いらっしゃい」と前と変わらず出迎えてくれた。


「おばさん、名無しは?」

「それがねぇ…」


聞いてみると、名無しは最後の全国大会の少し前から次第に元気がなくなっていったらしい。
家に帰ってきてもボーっとしてることが多く、笑うこともなくなった。


「どうしたの?名無し。最近、元気ないじゃない」

「なんでもない」

「隠してもダメ!お母さんにはわかるわよ。自慢の娘ですもの」

「……国光と連絡が取れないの。もう1ヶ月になるのよ?なにかあったのかもしれない……心配なの」

「大丈夫よ!国光くんはしっかりしてるもの。知らせがない証拠は元気ってことよ」

「……、そうね!」


その場では名無しは納得し、元気を取り戻したらしい。


しかし、それは名無しにかかってきた一本の電話によって壊された。
大学へ入学してから2年たった頃、泣きながら帰ってきたと思うと部屋に閉じこもり出てこなくなった。
何度も話しかけても応答はなく、3日後出てきたかと思うとそのままフラリと外に出かけて帰ってこなかったり、また急に家に帰ってきたりと不規則な生活をしていた。


何を聞いても答えなくなった名無し。


名無しのお母さんは四苦八苦していたところに僕が来たのだ。






「名無し…」


名無しはベッドの上にうつ伏せになり、枕に顔を埋めていた。


「……僕、周助だよ」

「しゅ……す…け?」

「名無し、このままじゃいけない」

「……」

「今すぐドイツに行くんだ」

「……ド…イツへ?」

「そうだ。じゃないと君が壊れてしまう」


本当は、もっと早く気付くべきだった。

僕が幸せにしたいとそう思っていたのに。

僕ではだめだ。






次の日。


名無しはドイツへ飛び立って行った。
それからどうなったかは言うまでもない。












「産まれるまでには、考えておくよ」

「そうね。男の子か女の子かわからないし」


名無しは自分の膨らんだお腹を撫でながら言う。


「いや、絶対女の子だ」

「なんでわかるの?」

「僕にはわかるよ」


確かな確信がある。
そうじゃないと困るしね。


「ふふっ!周助が言うならそうかもね」

「あぁ」


名無しと手塚は、幸せそうに笑った。









もしこれが神様から授けられた想いだというならば、






僕はまた空に還しましょう




END 

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