瞳の奥に恋が、揺らめく



雀荘で逢った二人。口数少なく、どこか儚げで美しい。影のある女…

運を味方につけてアカギと互角に渡り合う彼女。殺伐としたこの場に不釣り合いな雰囲気の女に興味が湧いた。

「アンタ、気に入った」
「…私、を」

半荘終わった所で強引に彼女の腕を取り、店を後にした。ぐい、と力強く引かれて彼女の顔が少し歪む。

「悪い…痛かった?」
「…うん。少し、手が」

直ぐに離すと握られていた腕をじっと見つめる。普通なら怒って手を振りほどくか恐怖で叫んで助けを求めたりする所なのに、そういった表情は微塵も見せずにただ黙ってアカギの言葉を待っているようだった。

「名前、教えてよ」
「なまえ…わからない、から」
「は?記憶喪失なんて冗談」
「私、何も…覚えてないの」

ほんの少しだけ見せた不安な顔を隠すように俯く。震える肩をさらりと流れ落ちる黒髪が月明かりに照らされて艶やかに映る。言ってる事が本当なら何故あんな雀荘なんかに居たのだろうか。

「知らないひとが連れて行った」
「そいつはどうしたの」
「居なくなっちゃった…帰るとこないから…さっきのお店に戻る」
「いいよ。俺の家に来れば?」
「いいの?あ、ありがとう」

嬉しそうに着いてくる彼女に警戒心は無い。見た目は自分とそう変わらない年齢だと予想したが、言動がまるで無垢な少女のようで思わず拍子抜けしてしまう。

駅から少し離れた住宅地の一角にある真新しいアパートの角部屋。

「上がりなよ」
「うん。あ、えーと…」
「俺はアカギ。赤木しげる」
「あ、アカギさん、ありがとう」
「とりあえずアンタの名前をつけなきゃな」
「私の名前…アカギさん、つけて」
「じゃあなまえ。なまえで」
「なまえ…かわいい名前」

柔らかな笑顔で喜ぶ彼女の頭を大きな手のひらが優しく撫でる。暫くはこの不思議な女と暮らしてみるのも面白そうだと白髪の青年は笑った。




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