指先が触れるだけの距離



夢主は赤木の娘

***

赤木さんが逝ってから1年。未だ最期の時の事を後悔していないと言えば嘘になる。本当なら…

「君は、まさか」

いつものように報告に向かう赤木しげるの墓前にひとり、若い女の姿があった。抱えきれない程の献花を持って立ち尽くしている彼女に声を掛けると、ゆっくりと振り返ったその顔立ちは見知った面影を携えて微笑む。

「はじめまして。なまえと申します」

肩まで伸びた白髪、切れ長の瞳、その仕草に気品と気高さを感じて思わず頭を下げた。この人はきっと、

「井川…ひろゆきです。君は赤木さんの」
「はい。娘です」
「でも葬儀には参列しなかったよね」
「…私に連絡はしないように言われたと金光さんが後から教えて下さいました」
「そうだったんですね」
「あの、井川さん、良かったら…話して頂けませんか。父の最期を…知りたいんです」

なまえさんはどこか寂しそうに笑って言った。あまり詳しくは母親からも教えて貰えなかったんです、と。彼女は今25歳で幼い頃に母を亡くし、親戚の家をたらい回しにされて育ったらしい。その時に遺品から赤木しげるの写真を見つけ、自分と同じ白髪の姿に父親だと確信したんですと話してくれた。

「赤木さんに会った事は?」
「ありません」
「そうか…じゃあ会いたかったよね」
「最期くらいは会ってみたかった、かな」

遠い目は想いを馳せて、今は亡き人を偲ぶように。青い空に浮かぶ白い曇が眩しくて細めた彼女の瞳が美しいと思った。

「泣かないで」

長い睫毛を彩る涙が瞬きをする度にぽろりと零れて頬を濡らす。その涙を拭ってあげてもいいのだろうかと躊躇いがちに伸ばした指先がそっと触れてじわりと熱を上げる。

「もっと聞いてよ」

こくりと頷いたなまえの涙はまだ乾きそうにない。




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