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とりあえず、涼宮がお昼を食べるときの定位置を、俺たちバスケ部がいるところにする。
その方針は間違っていなかったようだ。最初の頃はがっちがちに固まっていった涼宮だったが、毎日俺を始めとしたバスケ部員と顔を合わせているうちに慣れたようだ。
最近では俺以外のバスケ部員ともある程度喋れるようになっている。
主にコガと水戸部と仲がいい。どうやら長年水戸部の表情を読み取ることで鍛えたコガの観察眼が涼宮の表情にも適応されているらしい。最近では、俺がいないときはコガが彼女の代弁をすることもあるそうだ。
外堀は確実に埋めているという手ごたえはあるが、……嬉しい反面、面白くないのも確かだ。
今日だって昼食後、日向とカントクのバスケの話に疑問を持つことなくついていっている。もちろん、知識的、経験的にたりないことは多い。ただそれ以上に、毎回の昼飯のバスケ談義でわからないことがあるとちゃんと調べてきているようで、カントクが本当に鍛えがいがあるわね、と嬉しそうにスキップしていた。
一緒に図書館に行った日からもう2週間もたっている。先週無事に古典の課題も提出したし、発表も済んだ。担任でもある古典教師から大層褒められた。これ、涼宮のおかげなんだよな……。
彼女に伝えたら、「伊月君の……発表が、上手いから」と上目遣いで言われるという、不意打ちを食らって悶絶したわけだけど。
いよいよ、今日が決戦の日だ。後々のことを考えると、文化祭、中間試験といったイベントが始まる前に、入部してもらいたい。だから今日の昼、聞こうと思っていた。
いつぞやと同じように、屋上で水戸部、コガ、日向、カントク、涼宮、俺の順で円座に組んでいる。大分風が冷たくなってきたが、日中はまだ気温がそこそこある。やがて、場所を変えなければいけなくなるだろう。
最初にここで、このメンバーで話をした時のことを涼宮は覚えているだろうか。
今の涼宮は、何の疑問を持つこともなくバスケの知識を吸収していっている。けれど、なんでバスケ部のキャプテンとカントクが話す部の内部事情を聴く位置にいるか、きっと彼女はわかっていない。
最初の時とは違って、落ち着いてお弁当を食べる涼宮を見る。これからすることを思うと、少しだけ彼女が不憫になるけど、それ以上に、涼宮と一緒にいたいから、なんとしてでも彼女を説得しないといけない。
「涼宮。いつ、バスケ部入るの?」
「へ?」
「あ、それ私も聞こうと思ってたのよ千恵」
まったく予測していなかった質問のようで、涼宮は目をぱちぱちとさせている。やっぱり、バスケ部に勧誘されていたことを忘れているようだった。
「伊月君に見せてもらったのよ。古典の課題もそうだけれど、他の課題や科目のノートも、すごいんだって?」
「え? 俺てっきり涼宮さんてもう准部員だと思ってた」
「もしかして……忘れてた?」
あ、涼宮逃げそう。立ち上がりかけた涼宮の左手を咄嗟に掴む。
「うわっ」
「っぶないなー」
思ったより涼宮は勢いをつけていたようで、こけそうになるのを慌てて両手で支える。が、勢い余って涼宮が倒れこむ。彼女を受け止めた時に俺の昼ご飯が犠牲になったがしょうがない。が。
ただ、これは、ちょっとまずい。冗談抜きで良くない状況。それも俺と涼宮だけじゃないのに。
涼宮が逃げるのもこけるのも防げた。代わりに今は、彼女が俺に乗り上げるような、平たく言えば俺が涼宮に押し倒されているような、そんな状態だ。
意外と胸があるんだな、とか、スカートの中に俺の足は入っちゃってるけど、とか。普段はバスケと向き合っている健全な高校生にはいささか刺激が強い。涼宮のお弁当をキャッチしたカントクでさえ、ポカンとしている。
「涼宮って意外と積極的だな」
悪い顔をしている自覚はある。だってこんなの、何もするなっていう方が無理だ。言ってから、周囲に部活の仲間がいることを思い出した。
「あ、涼宮!」
そして今度こそ、涼宮に逃げられてしまった。