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 屋上に向かうまでの間、俺と、俺に腕を引かれる涼宮に何人かの生徒が振り返った。
 ああ、もしかしたら噂になるかもしれない。涼宮は嫌がるだろうけど、それもまあ、いいか。
 日向の何か言いたそうな視線をスルーして、屋上のドアを開けた。そのまま先についていたカントクたちの元に向かう。

 日向、カントク、涼宮、俺の順になるように円座に加わった。ちょっと驚いた顔をするカントクと水戸部、好奇心が顔に出ているコガに、彼女を紹介すべく口を開いた。

「遅くなってごめん。この子がうちのクラスに今月期始めに転校してきた涼宮。で、マネージャーに良いと思うんだよね、俺」

 涼宮のいる方から短い悲鳴が聞こえてきた。彼女には言っていなかったから、しょうがない。
 日向に預けておいたお弁当を受け取って開ける。あ、俺の好きなおかずだ。

「え? 何、伊月君どういうこと?」
「古典の課題あるだろ、あれさ、俺涼宮と一緒の班なんだけど、情報処理能力っていうの? それがずば抜けてるっぽいんだ」
「しっかりしている様には――、見えないわね」
「うっ」
「まあいいわ、それはおいおい聞くとして。私は相田リコ。バスケ部の監督をやっているの。よろしくね、涼宮さん」

 あとでじっくり聞かせてもらうわよ、とカントクの目が語っている。軽く肩をすくませておいた。涼宮から返事がないことに眉を寄せるカントクに、涼宮のそれ、と付け足す。

「いや、恥ずかしがっているだけだから、ゆっくり待ってやって」
「へえ、そうなの」
「……っ……涼宮、千恵、です。よろしく、おねがっ! った」
「ぶっ」

 噛んで、恥ずかしさに悶える涼宮に悪いとは思うが、面白いし、可愛くてしょうがない。カントクやコガから納得したような表情を浮かべていた。
 涼宮が落ち着いたあたりを見計らって声をかけてみるが、恨みまがしい目で見られるとどうしても先ほどのことを思い出して笑いがこみあげてくる。

「……」
「わるいわるい」
「……」
「はあー、あー。よし、じゃあ紹介するよ。カントクの隣が日向。同じクラスだから知ってるだろ? こいつがバスケ部のキャプテン。で、その隣が、小金井と水戸部。小金井とか特にマネージャー入るの楽しみにしてたんだぞ」
「他にもいるんだけど、そいつらは今度紹介するわね」
「……」
「一気に覚えなくても、おいおい覚えていけばいいから」

 涼宮の反応がない。どうやら、大人数に注目されて、固まってしまったらしい。苦笑するしかない。

「そんな見てやんなって。このままだと涼宮お昼食べられそうにないから」
「なんていうか……涼宮さんて、困らせたくなる顔してるわね」
「だろー?」
「ていうかさっさと食べよーぜ」

 確かに、自己紹介の間どうしても食事の手が止まっていた。それもそうだと、日向の言葉をきっかけにそれぞれご飯を食べだす。
 やっと涼宮も緊張がマシになったのか、ゆっくりとお弁当のつつみをあけた。彼女がお弁当箱の蓋を開いたところで、コガの目が光った。

「あ! 涼宮さんお弁当じゃん! もしかして手作り?!」
「……てっ」
「やっぱ女子の弁当って憧れるよなあ! なあ水戸部! ってお前もお弁当だった!! しかも水戸部作!!」

 コガが言いたいことは分かる。これが涼宮の手作りで、彼女が入部してくれたら、もう合宿の食事を心配する必要は無くなる。ある意味、命がかかっている。
 その様子を少し不思議そうに涼宮が見ている。

「コガは水戸部が思っていることわかるんだってさ」

 あ、コガの事羨ましそうに見てる。私も他人の考えがわかったら、とか思っているんだろうな……。

「……すごいね」
「だろ? すごいよなー」

 すると、カントクと日向からもの言いたげな視線をおくられた。たぶん、俺が涼宮相手にしていることが、コガと水戸部がやっていることと同じだと言いたいのだろう。それはわかる。

「で、涼宮さん。実際どうなんだよそれ」
「……」
「言葉が足りないぞー、日向。お弁当の事だよ。それ、涼宮の手作り?」
「……あ、うん」
「自分で作ってるの?」
「……」

 涼宮は再び何か考え込んでいる。今のカントクからの質問、わかりにくくはなかったと思うけど、何か引っかかるところがあったんだろう。うわ、カントクに睨まれた。

「なんで伊月君にしか返事返さないのよーっ!!」
「怒るなってカントク」
「伊月君うざいっ!」
「伊月うざい」
「おまっ日向ひどいぞ!」

 カントクに便乗する日向は、相変わらずカントクと仲の良いことで。
 ふと涼宮の視線が下がっていくのが見えた。きっと、またなにか余分なことを考えている。箸をおいて彼女の額を指で掬って上を向かせる。彼女の柔らかい髪の毛が指にあたって少しだけくすぐったい。そのまま指を滑らせて、彼女の頭に手を乗せた。

「はい上を向こうねー」
「今のなんか木吉っぽい! な、水戸部もそう思うだろ?!」
「……」
「木吉っぽくて逆にキモいぞ」
「キモいって……ひどいな」

 日向の木吉嫌いも相変わらずだ。もう、大丈夫だろうか。涼宮をなでていた手を放す。離れる熱に、指先が寂しい。
 休み時間も残り少ない。そこから駆け込むように皆昼飯を食べた。ただ、涼宮がご飯が食べるスピードがだいぶ、ゆっくりだ。このままだと一人、残ってしまうだろう。彼女はそういったことを気にしそうなのに。
 いつもなら日向たちと同じくらい早く食べ終わるが、今日はできるだけ噛むようにして、意識的にゆっくりと食べた。

「じゃ、私たち先に戻ってるから」
「ちゃんと食べろよ、伊月」
「またねー! 涼宮さん!」

 うわ、ばれてる。恥ずかしいな。
 気をきかせてか、俺と涼宮以外は皆教室に帰っていった。他にいくつかのグループが屋上にいたはずだが、気付けば青空の下、二人きりだ。


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