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43
 午前中の授業の終了を知らせるチャイムが鳴った。教室がわっとにぎやかになり、皆お昼の支度を始める。

 色々考えた末、結局日向たちには今日の昼に涼宮を連れていくことを事前に伝えるのはやめ、バスケ部で使えそうな、情報収集能力の高い転校生がいることを改めて伝えておくに留めた。下手な策を弄するより、直球の方が彼女にはきっと響く。

 授業後、とりあえず一緒に屋上に向かう日向にだけは涼宮を屋上に連れていきたいこと、ゆくゆくはバスケ部に入部させたいことを手短に伝えると、意味が分からないという顔をされた。

「お前、散々フラれてたじゃねーか」
「だから違うって言ってるだろ」
「毎回拒否されてんだから違うも何もねーだろ」
「じゃあなんで俺がそこまでされてもまだ涼宮にかまうと思うんだよ」
「好きだからとか、お前が色々見えるからじゃねーの」
「昨日LIMEしただろ。絶対彼女はバスケ部の支えになるって」
「お前それマジで言ってたのか?」

 疑いのまなざしを向けてくる日向をかわしながら、涼宮の様子を伺う。先ほどまで教材を不自然なほどゆっくりしまっていた彼女は、きっと今日のお昼のことで、俺が話しかけるのを待っているのだろう。

 俺としては、涼宮の方から声をかけて欲しい。けど、きっと無理だろうな……

 少し残念な気もするが、既に思いつめて何やら色々想像しているらしい彼女をこのまま放置しておくのも酷だ。だけど今の状態で話しかけたら、逃げられそうな気もする。安全策を取るべきか。

「涼宮」
「やっ!」

 自分の席をそっと立った彼女の腕を取ろうとしたら、けっこうな音量の悲鳴と共に、手を振り払われてしまった。
 案の定というか、なんというか。もはやうちのクラスで俺が涼宮に拒否されるのは恒例行事のようなもので、クラスメイトから「またか」というような視線を受けた。

 むしろ、俺が「涼宮はダジャレ好き」と言ってからは、「俺にかまわれるかわいそうな涼宮」という図式が一部の生徒の間で出来上がっている気がする。あながち間違っていないのだから、笑えない。

 ただ、そう思っていないヤツも多少はいるだろうし、今後涼宮に何かあるのは嫌だ。それに、俺以外のヤツが、手を出すのも。彼女の頭をそっと撫でる。

「相変わらず恥ずかしがり屋だなー、涼宮は」

 涼宮に話しかけているように見せて、けん制もかねて少し声のボリュームをあげた。
 ところが当の涼宮本人には顔を引きつらせて後ずさりされてしまった。行けると思ったんだけど、いきなりはまずかったらしい。女心って難しい。

 さらにもう1歩下がった涼宮は、あろうことか自分の椅子に引っかかってバランスを崩した。後ろに倒れそうになった涼宮の二の腕を咄嗟に掴んで手前に引く。まったく、肝が冷える。

「大丈夫?」

 答えようとしない涼宮の目線が、俺の後ろの日向に向いている。この表情、日向のことヤンキーかなんかだと思っていそうだ。

「お前の目つきが悪いからだぞ日向。涼宮が怖がってるだろ」
「んだとコラ!」
「ひぃっ」
「だいたい伊月、お前がいきなり涼宮さんの手を掴もうとするからだろ」
「しょうがないだろ。涼宮、逃走癖があるんだよ」
「は?」

 日向に言うよりは、少し大きな声で。ぎゅっと眉間にしわを寄せた涼宮は、今にも逃げ出しそうだ。彼女のつま先が教室のドアへ向いていた瞬間、今度こそ離さないように彼女の手首を掴む。

「ハイ、ストップ。涼宮そこまで」

 自体を認識して、俺を見上げた涼宮は絶望したような顔をしていた。確かに、彼女の色んな表情は見たいと思ったけれど、他のヤツには見せたくない。
 そんな、俺がいじめているような顔をされると――

「泣きそうな顔しないでよ、涼宮」

――泣かせたくなってしまうから。

「そんな顔されたら俺も傷つくんだけど」

 少し茶化して、他の人にも聞こえるように、彼女に声をかける。たぶん、俺ほど涼宮を見ていたヤツはこのクラスにいないだろう。だからほとんどのクラスメイトは、なぜ涼宮が逃げるのかを知らない筈だ。少しの嘘を織り交ぜながら、話す。ちゃんと、彼女がクラスになじめるように。

「話しかけられると、嬉しいけど恥ずかしい! って感じでまた逃げるかなって。だから安全策。まあ、それはそれでかわいいから良いけど」
「やっ恥ずかし……!」
「まあ、伊月。気分はわかるが、とりあえず屋上行こうぜ。カントクが待ってる」
「ああ、そうだな。じゃあ、涼宮行こうか」

 涼宮の鞄を持って歩き出す。俺の弁当は日向に渡してある。反対の手に、涼宮の手首をつかんだまま。本当は、このまま校舎内を歩くつもりなんて無かったんだけど。
 外堀から埋めるのも、悪くないだろ。



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