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36
 その翌日も、授業中に涼宮からの視線を感じた。日をまたいで視線をよこすのだから、さすがに何か事情があるだろう。
 昨晩考えていたことがまた鎌首をもたげようとするのを、追い払う。なんでもかんでも恋愛にからめるのは良くない。

 他になにか思い当る原因はないか。最近なにかあっただろうか……。涼宮が俺の方をこういう風に気にするようになったのは、3日前の体育館に彼女が顔をのぞかせてからだ。
 それとも、その前に何かあったのだろうか。

 そういえばあの日は、ネタ帳を科学室に忘れた日だった。もしかして、彼女は俺のネタ帳を見て、俺の即興ネタを聞きたくなったのかもしれない。
 じゃあこの一連の行動は、もしかして、俺のダジャレを聞きたいアピールだったのでは……?
 日向たちには否定されたが、そもそも最初に彼女を見かけた時から、涼宮はダジャレに興味があったはずだ。俺としては、非常に嬉しい。ここ最近、バスケの方が上手くいっていなくて気分が晴れなかったが、少しだけ、マシになった気がする。

 そうと分かれば行動しないと涼宮に悪い。基本的に授業中は、思い浮かんだネタは静かにノートにメモをするだけだ。だけど今日は、涼宮の期待に応えるべく、授業の合間の休憩時間にネタを読み上げたり、即興のネタを披露したりしてみた。
 ……結果は、芳しくなかったが。

 俺の思い違いだったのか、日向たちが俺に向けるような視線を涼宮から感じた。おかしい。俺のネタが、彼女が最初に目にした俺のネタほど良くなかったのかもしれない。

 そうやって無理にでも考えを別の方向に持っていかないと、考えてはいけないことを、考えそうだ。

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 結局涼宮からの視線が意味するところはわからないまま、放課後になった。部活後の自主練中、再び姿を見せた涼宮から視線を感じる。
 3日目ともなるとさすがに俺以外にも気付く人がでてくるようで、水戸部が涼宮に気付いたようだった。彼女の視線をたどって俺を見て、不思議そうな表情を浮かべるものだから、謝罪のポーズを取っておく。
 水戸部が気付いたとなればコガが気付いて騒ぎ出すのは時間の問題だ。ギャラリー自体はOKしているカントクでも、誰かがはしゃぎだして練習が中断されたらキレるだろう。たぶん。たとえそれが自主練中と言えど。それは避けないといけない。

 彼女に練習の邪魔をするつもりがないであろうことは過去の2日で何となくわかっているけれど。ただ俺自身、その意味をずっと気になっていたのは確かだ。
 気の迷いを捨てて、ちゃんと涼宮がクラスになじめるように背中を押すべきだし、何か困っていることがあるようなら、聞いてやるべきだろう。クラスメイトとして。

 わざとボールを取り損ね、そのボールを追って体育館外に出る。これなら、涼宮と少しばかり、話ができる。
 ボールを追って体育館を出たが、一人百面相をしていた涼宮は俺が近づいたことに気づいていないらしかった。数メートル転がっていったボールを拾って立ち上がる。思いつめた表情をした涼宮は……やっぱりこの表情は、彼女が一番似合っている。彼女のこんな表情をもっと見たい。日向だったかコガだったかに言われた言葉を借りるなら、泣かせたい。
 だけど、そんなこと、思っちゃだめだろう。人を困らせたいなんて。そんなことをするなと良心が訴えている。困らせたいとか、泣かせたいとか、そんな人の不幸を願う様なこと。

 そもそも、バスケ以外にかける時間だって無い。木吉だって言っていただろ。「俺たちは学生なんだから、全てをかけたって足りないかもしれない」って。
 自分でも整理の付かない感情に支配されそうになるのをなんとか抑え込む。体育館に向かって歩きながら、まるで今初めて気づきましたとばかりに涼宮に声をかけた。

「……あれ、涼宮さん」

 我ながら白々しい。しかし、そんな俺の心の内をしらない彼女は、これでもかと目を見開いて、だれでもわかるぐらい、動揺していた。まさか、ばれていないと思っていたのだろうか。……思っていそうだ、涼宮の普段の行動を見るに。

 いつも通りと言えばいつも通り、涼宮は俺に返事を返さなかった。それが、なんて答えればいいか迷っているからだっていうのは気付いている。そんなもの、彼女の表情を見れば一目瞭然だ。
 今だって、何かに耐えるようにぎゅっと目をつぶっている。あ、やっぱりこういう表情、似合う。妹の反抗期とかはかわいいと思えなかったけど、涼宮だと違う。先ほどまでの決心はどこへやら。すぐに冷静を欠きそうになって、我ながら重症すぎる。

 それ以涼宮を上直視できなくて、あえて彼女の隣に立った。
 体育館からあふれ出る光が、俺たち二人の足元に影を作っている。手元のボールを見つめて、涼宮の言葉を待った。ただ、言葉を待つのが正解かどうかなんて、わからなかった。
 俺の思った通り、涼宮は何か言いたいことがあるようだった。意図して視線をボールに落として、できるだけ涼宮が視界に入らないように注意する。それでも足元の影でどうしても彼女を意識してしまう。どうして、俺の視界はこんなに広いんだよ……!
 目をつぶれば、涼宮が俺の様子を伺うように見るのが容易に想像できた。脳裏に映る彼女は不安と怯えが入り混じった表情をしている。俺が思い出す涼宮の表情は、いつもそんなんばっかりだ。

 自分の考えに呆れて、横目で素早く涼宮の様子を伺う。やはり、不安と怯えが入り混じった表情をしていて、それがどうしようもなく、かわいい。

 ……そっか。俺、そうか。

 すとんと理解できた、それまで不明だった感情の名前に自分でも笑いそうになる。だけれどこの感情というヤツは大変厄介なもので、自覚した途端、余計に暴れるように自己主張を始めた。きっと、涼宮の声を今聞いたら、抑えがきかなくなる。涼宮が口にするのが、例えそれがどんな願いでも、謝罪でも、感謝でも、罵倒でも。あまつさえ、俺の名前であったりなんかしたら。無理だ。きっと、もう戻れなくなる。

 涼宮に名前を呼ばれた気がした。目を閉じて、彼女を見ないようにして、やっとの思いで言葉を紡いだであろう彼女の言葉を遮った。
 涼宮がどんな表情をしているかなんて、見なくてもわかっている。



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