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 1日の授業が終わり、部室について着替えようとしたところで、ネタ帳をどこかに置いてきたことに気が付いた。書き終わる前に次のノートに入るのは、俺のダジャレの成長記録をつけるという意味でも望ましくない。前のものは未だ涼宮が持ったままだし、未完なノートが続けて2冊というのは、さすがに。

 最後にネタ帳を使ったのは、確か科学室だ。
 部活の開始時間が迫っているが、1階にある科学室なら、体育館裏をダッシュで走れば往復できるだろう。問題は鍵だが……閉まっていたらしょうがない、後で守衛さんにでもお願いしてみよう。

「悪い、ちょっと忘れ物! 先行っててくれ」
「は? おい、あと10分もねーぞ!」
「すぐ戻る!」

 引き留める声を無視して駆け足で科学室に向かう。この校舎の隣の建物の1階だから、すぐにつく。
 手前の校舎を通り過ぎるべく駆け抜けようとしたとき、植木の根元に白い携帯が落ちていることに気が付いた。これは拾って後で事務に届けた方が良いだろう。きっと持ち主が探している。
 拾ったスマホをポケットに滑り込ませ、科学室に向かった。

 ありがたいことに施錠されていなかった科学室から、無事に使いかけのネタ帳を回収した。そのまま行きと同様、急いで部室に帰る。これから戻って、着替えて、となるとギリギリだ。スマホは後で事務室に届けるか。

 誰もいない部室に滑り込み、急いでブレザーとシャツを脱ぐ。部活用のTシャツに着替え、ズボンを脱ごうしたところで、ポケットから白いスマホが落ちた。

「おっと、」

 俺が落として画面でも割れたらヤバい。なんとか地面ギリギリでキャッチしたスマホをとりあえずエナメルバッグのポケットに突っ込む。
 急いで着替えて、やや乱暴に部室のドアを閉め、体育館に走る。ありがたいことにカントクが少し遅れているらしく、前回の遅刻のようにメニューが追加されることは無かった。

---


 帰宅して部活で使ったタオルだのシャツだのを洗濯機に放り込む。洗濯機を回して、部屋に戻ってベッドに倒れこんだ。
 ああ、今日の練習も、カントクにしごかれた……。
 確実にインターハイ前よりも練習はハードになっている。おかげで帰宅時には疲れ切っているが、たぶん力も体力もついている。むろん、腹もすごく空いているのだが。
 重い体を引きづってシャワーを浴びて、夕食を食べる。部活に協力的な家族による、低糖質高たんぱくな夕食でお腹を満たして、自室に戻った。これから宿題をやらなければいけないと思うと気が重いが、しょうがない。

 鞄から勉強道具を引っ張り出したときに、不自然に膨らむポケットに気が付いた。そこで、そういえば部活前にスマホを拾ったことを思い出した。鞄のポケットから持ち主不明スマホを取り出して、観察してみる。

 真っ白なノート型のケースに、ファンシーなストラップがついている。分厚いアクリル板に、ぽんぽんのようの毛玉とリボン。アクリル板にはチェック柄の文字でMIYUMIYUと書かれている。
 『みゆみゆ』……? どこかで聞いたような名前だ。

 ノックと同時に部屋のドアが開いた。ノックの意味、あったか? 案の定ドアの隙間から顔を出したのはノックと同時にドアを開けることで常習犯の妹だ。

「舞、ノックして、返事待ってから部屋入ろう」
「うん、でねお兄ちゃ……て、あーーー! それ!」

 突然俺の方を指差して大声を上げる妹に、なんだなんだと姉までもが部屋の入口から顔をのぞかせた。

「それ! みゆみゆのストラップじゃん! なんでお兄ちゃん持ってるの?! いつからファンだったの?! 言ってくれたら良かったのに!!」
「というか俊いつ携帯変えたの」
「お兄ちゃんドルオタに転向したんだったら教えてよ! ね、ライブ今度一緒に行こうよ!」
「これ、俺のじゃないけど」
「ええ……なんだショック。……数学教えてほしかったけどまた今度にする……」

 部屋の入口に立つ姉とともに、まるで嵐のような存在感を放った妹を見送った。

「なーんであんたが他人のスマホ持ってるのよ」
「今日学校で拾ったんだよ」
「それ女の子のでしょ。絶対に中覗いちゃだめよ。嫌われても知らないから」
「わかってるよ」

 疑いを含んだ眼差しを送ってくる姉が部屋から出ていくのを待って、改めてスマホを見た。どこからどう見ても、女子の持ち物らしいスマホだ。
 それにしても、舞が好きなアイドルグループと同じだったから見覚えがあったのか。

 定期とか入っていたら、すぐに返せなかったことが申し訳ない。でも、持ち主がわかるきっかけになるかもしれない。
 ……。
 少しだけ迷って、ノート型カバーの蓋をあけた。

 内ポケットには写真が何枚かと何かの紙が入っていた。さすがにそこまで見る気は無いし、見たら不味いだろう。
 内ポケットからのぞく紙の色で中身の予想はつく。その中に定期券や学生証なんていう、持ち主を教えてくれるようなものは何も入っていなかった。

 その時、スマホが突然震えだした。着信らしい。画面には『宮地清志』と表示されている。
 え、これ取るべきか? もしかして持ち主がかけてきたとか? でもなあ……。逡巡としている間に着信は切れた。

 ほっとしたのもつかの間、もう一度振動したスマホの画面に、今度はメッセンジャーアプリの通知が表示されていた。プライバシー設定をしていないのか、通知画面の内容が丸見えである。
 読む気は無かったが、ついメッセージが見えてしまう。ふと少し前のことが過る。涼宮も俺のネタ帳を手にしたとき、こんな気持ちだったのだろうか。



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