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29
 月曜昼前の最後の授業は数学だ。中学の頃から数学は得意だった。だからこそ、授業中にネタが思いついてもメモをする余裕がある。
 授業の合間にロッカーから取ってきた、まっさらのノートに思いついたいくつかネタを書き込む。ああ、朝練の時のやつも書いておかないと。

 予習済みの証明問題を解説する数学教師の声を聞き流しながら、ネタ帳にペンを走らせる。八つ目のネタを記したところで、隣からはっきりとした視線を感じた。視界の端を伺うまでもない。涼宮がこちらを見ている。
 俺……というよりは、ネタ帳の方だろう。

 かかった!

 やはり思った通りだった。今朝の反応からして、ダジャレに興味があるのだろうことはわかっていた。面白いくらいの反応を返してくれた涼宮の行動はうれしいけれど、それ以上こちらに身体を向けているのは、まずい。
 生徒同士がわからないことを教えあうのは許容するが、カンニングに見えるような行為を激しく嫌う、教育に対する正義感が強い教師なんだ、この数学を担当している先生は。そして今の涼宮の行動は、まさしくそういう風に見られても文句が言えないようなものだ。
 仕掛けたのは俺だから、俺が責任をもって前を向かせるべき、だよな。
 ついでに、当初の予定通り、これを会話のきっかけにして、この授業の後の昼休み、昼ご飯に誘ってみるのもいいかもしれない。なんだかんだ面倒見の良いカントクあたりは転校生にかまってくれそうだ。

 方針を決めたところで、先生の声がやんだ。どうやら宿題用のプリントを忘れたらしい。騒ぐなよ、と念押しして職員室に向かっていった。先生がいなくなったのなら、注意をする必要は無いけれど、ならついでに、自己紹介をしておいてもいいかもしれない。
 授業前は授業の進行度の説明で時間が過ぎてしまった。

 シャーペンを置く。左側の涼宮の方を見れば、かすかに目を見開いた彼女と目が合った。そしてすぐに心配そうに眉根が八の字を描いた。
 あ、見てたことばれたかなって思って焦って困っている感じだ。これは。それにしても、涼宮て、……困った顔が、とてつもなく似合う。
 こんな顔をされたら、余計困らせたくなってしまうじゃないか。

「涼宮……どうしたの?」
「え、」
「わかんないところある?」

 白々しいにもほどがある。イーグルアイで午前から気にかけていたから知っている。授業で問題なんて感じていないことは。
 先生もいないし丁度いい。左手を机に置く。「なんてね」とつぶやいて、左手に体重をかけて涼宮に近づく。机をくっつけていながらも、俺からできるだけ遠くなる様に椅子を引いていた彼女との距離がぐっと近づいた。

 恐れが見え隠れする彼女の瞳に、俺の姿が映っている。

「見てただろ? 俺の事」

 周りの生徒に聞こえても面倒だから、意識して小さな声で話しかけた。前の席の加藤とか、気付かれたら絶対騒がれる。涼宮の返事を待って、じっと彼女を見つめる。

 涼宮はこれでもかと目を見開いた。そんなに目を見開いたら目ん玉が転げ落ちるぞと思ったのは内緒である。
 パッと顔を赤くさせた彼女は何かを言うべく口を開けたり閉めたりを繰り返した。
相変わらず返事がもらえない。けれど、赤くなって泣きそうな涼宮は、思った通りそういった表情が似合う。それにしたって初心すぎやしないか。
 ちょっといじめすぎたかもしれない。安心させるべく笑いかけて、本題に入る。これならきっと、彼女と言葉が交わせるはずだ。

「このネタ帳、俺のダジャレを書き貯めているんだ」
「へえ」

 思ったよりも反応が薄かった。今朝ネタ帳を拾ってくれているし、ネタ帳の持ち主と俺はもうイコールで結び付けられているのかもしれない。

「ああそういえば自己紹介がまだだったよな。俺は伊月俊。よろしく、涼宮」
「あ、うん」
「後、このノートだけど、オレのアイディアの塊だからさ。興味持ってくれるのはうれしいけど、中は覗かないで。ね?」

 まさか釘を刺されるとは思っていなかったのかもしれない。わかるよ。俺だって朝練前に涼宮が熱心に俺のネタ帳を読んで、笑って安堵してくれていなかったら、涼宮がダジャレ好きだなんて思わなかったし。もしかしたら今まで同士が見つからず、寂しい思いをしていたのかもしれない。
 俺は仲間と家族に恵まれているからな……。

 百面相をしている涼宮は面白いけれど、このままではちょっとかわいそうだ。昼に誘う布石もかねて、次の約束を取り付けるのはどうだろうか。
 ああ、それがいいに違いない。我ながらナイスアイデアだ。

「今度とっておきのダジャレを聞かせてやるからな」

 親の仇でも見るような目で睨まれた。こういうところ、ほんと日向に似てる。


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