18
初めて教室で食べる昼ご飯は、構えていたわりに、あっさりと終わった。伊月君に加えて同じクラスの日向君と、別クラスのカントクと呼ばれる相田さんとの4人で机をくっつけて食べた。
高校生らしい生活に少し涙がでそうになって、隠そうと躍起になっていたら相田さんには怪訝な顔をされたけれど。
「何か得意なことないの?」
文化祭の出し物についての話のときだった。学期途中に転校してきた私には、うちのクラスが文化祭で出す写真展示での明確な役割が無い。それを伝えたら、相田さんから投げ掛けられた言葉だった。
「裁縫が得意とか、写真撮るのが好きとか。あるいは何か趣味でやっているとか」
責めるような強い口調に感じてしまう。だけれど、伊月君が紹介してくれた相田さんが悪い人なわけがない。なんとか彼女の質問に答えようと、考える。
趣味、か。
清志君に布教されたことがきっかけで、アイドルグループのライブや舞台はたまに行く。みゆみゆも好きだけど、どちらかというと私は洋画の方が好きだ。休日は洋画見たり、その洋画の背景を調べたりすることの方が多い。あとは、見た洋画のポスターを自分でデザインしてみたりするぐらいだ。
押し黙る私に相田さんが言ってみなさいよ、と背中を押してくれた。
「…ポスター、作るのとかなら」
「イラストソフトとかで?」
「…うん」
「それ本当?!涼宮さん!!」
大きな声に肩が揺れる。突然話に割って入ってきたのは、確か文化祭クラス代表の津田さんだ。押しが強そうで、華やかな感じが少し怖い。
「うちのクラスのパンフレット用の挿絵とか、当日配布するチラシとか作る予定だったんだけど、全然あたし余裕なくて!でも他にイラストソフト使える人このクラスにいないし!涼宮さんがやってくれるとすっごく嬉しい!てかそうしよう!だって今フリーだよね?!」
怒涛の勢いで喋った彼女は、じゃあまた詳細連絡するね、と言って自分のグループに戻っていった。
今、何があったんだろう。
ていうか、だれだっけ。
思わず伊月君を見てしまう。彼は応援、してくれるかな。
駄目だと分かっているんだけど、困ったときにはついこの中で一番話しやすい彼の方に視線が行くのを止められない、けど。想像していたような、いつもの柔らかな表情ではなくて、冷たい目で、面白くなさそうな顔をして先ほどの女の子を見ていることに気づいてしまった。なんであんな顔をしているんだろう…。
少しだけ怖くなって、日向君に視線をずらす。日向君も先ほどの女の子のマシンガントークに私と同じく驚いたらしく、少し心臓のあたりを抑えている。
そのままつつつと視線をずらして、こっそり相田さんを見た、ら。向かいに座っていた相田さんと目が合った。どうやら私の今までの挙動を見られていたらしい。は、はずかしい…!
彼女がにやりと笑った。
「良かったじゃない。責任重大な大役よ?」
「ひっ」
「ああそういう意味じゃないの涼宮さん!」
少し難しい表情をしたまま、伊月くんが、「さっきのは津田さんだよ。文化祭のクラス代表の」と教えてくれた。
そんな人からのじきじきのお願いな上に、来客に直結するようなチラシ作りなんて、私なんかにできるのかって不安だ。
「私に…できる、かな」
「やってみればいいじゃない!ダサいって言われたら直せば良いでしょ?」
相田さんなりの…はげまし、なんだろうか。余計緊張してしまう。
「ええと、だから。バスケの試合と違って、やり直しがきくでしょ?ほら!練習試合みたいにもう一度、ができるじゃない。そういうことから始めて見れば良いんじゃないかしら」
「そっか…」
「カントクバスケ好きすぎだろ」
「うっさいわねー」
「相田さん…天才、だね」
「ふふ、まあね」
相田さんからの提案は天才的だった。フォローも優しい。
ちらり。もう一度伊月君を見る。先ほどの表情が嘘だったかのように、いつも通り優しく目を細めて私を見る伊月君から背中を押されて、文化祭のチラシ作りを担当することを、改めて津田さんに伝えた。
---食べ終わって早々、日向君と相田さんが伊月君を交えてバスケ部についての話を始めた。練習メニューを相談しているようだけれど…私、ここにいると邪魔になるのでは。
そっと席を離れようとした私に目ざとく気がついた伊月君が待ったをかけ、戸惑う私に相田さんがにっこりと、それはもうきれいに笑って、「座るわよね」と言った。怖い。般若が見えた。
再び腰を下ろしたものの、難しい単語が多くて話についていけない。私、場違いなんじゃ。
「涼宮さんもちゃんと聞く!」
「…っ?!」
「カントクー。涼宮さんビビってるぞ」
「逃げようとするのが悪い!」
同情するような視線を日向君から向けられて、結局、昼休憩が終わるまで伊月君たちと同じ机に座っていた。いまいち、バスケ部の話の中身は分からなかった。もしこれが今後も続く用なら、ちゃんとバスケのこと、勉強しておかないと。
予鈴のチャイムと共に軽やかな足取りで去っていく相田さんを見ながら、ぐっと手に力を入れる。勉強、頑張ろう。せっかく誘ってくれたお昼の時間、話についていけるようにならなくちゃ。つまらないと思ってポイされたくない。