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67
 指定された場所に向かえば、清志君は校舎に寄りかかりながら携帯をいじっていた。遠巻きに女子生徒が見ているのがわかる。清志君て、黙っていればイケメンだから……。暴言もみゆみゆ信者発言もなく、黙っていれば、だけど。
 今ここで清志君に近づくと、女の子からの視線が絶対に刺さる。噂されるの、嫌だけど。でも声をかけなかったら清志君に轢かれる。究極の選択に悶々としていると、ふと顔を上げた清志君とばっちりと目が合った。

「千恵、おせえ」
「ごめん、待たせて」
「シフトだったんだろ? さっさと声かけなかったこと以外別に気にしてねーよ」
「気づいてたの?」
「シフト上がったってメッセージ送ってきたのお前だろ……じゃ、適当になんか買ってくか」
「え?」

 てっきり、先にお昼を食べたかと思っていたのに。もしかして私が休憩に入るまで、待っててくれたのかな。確かに清志君は手ぶらだ。
 歩き出した清志君のあとを慌てて追いかける。身長が高いわりにすぐ追いつくのは、きっと彼が私に合わせてゆっくり歩いてくれているからだ。

「ねえ、もしかして待っててくれた?」
「買っといた方がお前がゆっくりできるんじゃねーかと思ったけど、選んで買うのが文化祭の醍醐味だろーが」
「うん、うれしい」
「……おうおう、感謝しとけ」

 わしゃわしゃと再び乱暴に頭をかき回されり。髪型が崩れるけど、でもそれ以上にうれしい。こうやって、高校生活を楽しめること。それも、清志君とはもう絶対に無理だと思っていたから。

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「たません、おむそば、からあげ。こんなもんだろ。で、どっかゆっくり食えるとこねーの?」
「……体育館裏?」
「んだよその呼び出しみてえな場所は」
「でも屋台系は校舎側だし、イベントステージからも離れてるから穴場だと思う」

 両手に食べ物をもって体育館を目指す。清志君と二人で誠凛の学内を歩いているというのは、変な気分だった。
 体育館横の石段に腰を下ろして、買ってきたものを並べる。そういえば、清志君に頼まれたもバスケ部のポテト、まだ渡してなかった。

「買ってくれてありがとう。こっちがコンソメで、こっちがソルトペッパー」
「ん、好きな方やるよ」
「え、でも清志君が買ったやつだし」
「ほかにも色々買ったしいいだろ? それともあれか? 俺の差し入れは食えねえってか?」

 いつも通りの清志君の迫力に負けておずおずとポテトを口に運べば、満足そうな「よし」という声が降ってきた。
 たこ焼きやポテトを食べながら、最近清志君が言ったというみゆみゆのライブの話を聞いて、写真を見せてもらった。みゆみゆ愛に熱の入った清志君からイヤホンを借りて新曲のMVに耳を傾ける。え、めちゃくちゃかわいい。さすがみゆみゆ。
 「今回もかわいいね」とイヤホンを返しながら伝えれば、「当たり前だろ? みゆみゆだからな」とどや顔とともに返事が返ってきた。

「ほら、」
「たません?」
「お前好きだろ」
「え、清志君も好きだよね?」
「代わりにお前がそのオムそばを俺にくれりゃあ問題ねーだろ」

 かじりかけのたませんが差し出されて、私の手元にある、半分ほど箸をつけてあるオムそばを指さされた。まあ確かに。そもそも全部清志くんのおごりだし。
 交換すればいいかと納得してオムそばを差し出したけれど、清志君は受け取ってくれない。家でも同じ箸で食べたりしてるし、それが嫌ってことは無いだろうに。

「口、開けろよ」
「えっ……いい、いい、自分で食べれるっ」
「風邪ひいたときとか、いつもあーんしてやったろ?」
「ここ外だしっ私風邪ひいてないしっ! それ小さいときの話でしょ?!」

 たませんを私に差し出したまま、清志君は動こうとしない。いや、彼が頑固なことは知っているけど、これは恥ずかしいし、そもそもここ学校だし。
 どうやって断ろうかと思っていると、ぽたりとたませんから黄身が垂れた。あ、と声を出したのは同時で、ずっとたませんに向けていた目を清志君に向ければ、そこには困ったように笑う瞳があった。もっと、意地悪な顔をしているかと思ったのに。

「お前が、つらそうだったから。こうしたら風邪ひいたときみたいに、……元気出るかと思ったんだけどな」
「……っ、きよし、くん」
「千恵は人見知りするし、秀徳から消えるように転校したし……」

 さっきまでとは違って、驚くほどやさしい手つきで頭を撫でられた。相当、心配をかけていたのかもしれない。ふっと目を伏せた清志君は、少し、さみしそうに見えた。

「ごめん、わたし、」
「……俺からの連絡を無視したしなあ?!」
「いっ、痛いって!」
「あ゛あ゛? それなのに俺からのたませんを受け取れねえわけねえよなあ? なあ?」
「食べるっ! 食べるって!」

 先ほどまでの憂いを含んだ表情はどこへやら。人の悪い笑みを浮かべた清志くんにものすごい握力で頭を鷲掴みにされて、涙目になりながらうなずく。
 人に食べさせてもらうっていうのは、基本的に食べにくいもので、それがたませんみたいな大きなものならなおのこと。だけど断る選択肢を絶たれてしまった私は、差し出されるまま、たませんをかじる他なかった。


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