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 振り返らなくてもわかる。肩を掴む手が伊月君のものではないことなんて、確認するまでもなく明らかだった。それでも、その腕の先に伊月君がいないことに落胆する気持ちを抑えられなかった。

「ちょっと千恵?! 伊月君と付き合ってるってどゆこと?」
「いや、あの、」
「さっきの身長高い彼は?!」
「え、その、」
「だれ?!」
「お、おさな、なじみ、」
「幼馴染み、ねえ? で、伊月君は?」

 カントクさんの勢いに負けそうになりながらもなんとか答えても、彼女の問答は留まることを知らなかった。
 当の本人が目と鼻の先にいるのに、なんてことを聞くんだろう。でもそれは他の部員も気になっているのか、小金井君ほどではないものの日向君もこちらを伺っているのがわかる。
 なんて答える? 振られましたって? 私が好きなだけって?
 口にして真実と認めるのが嫌で、咄嗟に口ごもる。その疑問に、先に答えたのは私じゃなかった。

「……付き合ってないよ。悪い、騒がせて」
「え?」
「おい、伊月、」
「俺と涼宮は、……そういう関係じゃない」

 カントクさんたちに向かってはっきりと否定する伊月君の言葉がこだまする。

ーー付き合ってない。

ーーそういうそう関係じゃない

 わかってる、私が勝手に思い上がっていただけ。
 伊月君は人との距離の取り方がうまくて、面倒見がいいだけ。それは私に限った話じゃなくて。初対面の人ともコミュニケーションがとれて、加えてかっこいいから。
 だから、例えば、模擬店の集客に抜擢された。そして、いかんなくその力を発揮している。こんなに、彼がすごいだけってことは明快なのに。
 伊月君にはそんなつもりがないのに、私ばっかり特別になりたがって、伊月君だって困ったことだろう。夜の公園であれだけはっきりと断られたのに、まだ引きずって、部活の雰囲気悪くして。ちゃんと、はっきり否定しないといけない。

「……伊月君が言う通り、付き合ってもないし、……その予定も、無い、から」
「え、でも、千恵ーー」
「微妙な雰囲気にして、ごめんなさい。私が頼ってばっかりだから、そう、見えちゃう、よね……」

 なんとか絞り出した返事に納得のいかない顔をしていたカントクさんも、机越しに「すみません、ポテトほしいんですけど」という女の子の声に前を向く他無かったようで、捕まれていた肩も自由になった。
 視界にいれないようにと思うのに、接客をするたびに伊月君と目が合うような気がする。何でも言うことを聞きたくなる、瞳をゆるりと細めたあの表情が、私以外に向けられるところなんて見たくないのに。本当、重症。

 結局その後も伊月君とも、他の部員の誰とも清志君のことを話すことはないまま、土田君が来たことによって私のシフト時間は終わりを迎えた。

「涼宮、これ揚げたてのやつ」
「ポテトを私に……?」
「さっきの金髪ヤンキーが買ってくれたろ」
「日向がヤンキーとか……! ぶっ」
「おまっコガ笑うなよ! カントクも!」
「……ありがとう」

 肩を震わせているカントクさんたちに声を上げる日向君からポテトを受けとる。ポテトはじんわりと暖かい。
 上がっていいかのを確認にカントクさんを伺えば、未だに笑いが抜けないのか、涙をぬぐいながら「引き継ぎしたらちゃんと届けてきてね」と背中を押された。
 
 揚げ物担当から受付担当になった日向君が土田君に揚げ方の引き継ぎをするのを待って、私の方に来た日向君に受付作業を簡単に引き継ぐ。これで、私の部活での模擬店担当は明日だけだ。午後のクラスの方のシフトまでの間が一時間ばかりの休憩時間がある。
 先日渡されたシフト表では、伊月君も今日の夕方クラスの出し物のシフトがあるけど、担当はやっぱりルックスを生かした教室外での呼び込みをする宣伝係り。だからたぶん、この場をしのげれば、今日言葉を交わすことはないはずだし、殆ど姿を見ることも無いはず。
 文化祭2日目は互いにバスケ部のシフトしかないから、また今日みたいに彼が呼び込みをしてるところを見ることになるけれど。きっとまた、妬んでしまうけど。
 それでも今日はもう、自己嫌悪に浸ることも、伊月君を見ないように努めることも、しなくていいはずだ。

 敏い伊月君のことだから、きっと私の本心になんて気付いてる。
 付き合ってないという彼の言葉を肯定したことについて、伊月君にやっとわかってくれたかなんて顔をされたらきっと立ち直れない。それが、彼の本心であっても。

 エプロンを脱いで油の染みたポテトの袋を少し強めにつかむ。伊月君の方を見れないまま屋台から出て、彼がいない方に逃げるように足をすすめた。
 どこまでも都合が良い私の耳は、伊月君に名前を呼ばれるなんて幻聴を私に聞かせてみせた。もう、思い上がりたくないのに。私の誠凛での生活には、いつも伊月君がいたからかな。そうやってすぐ現実逃避するのは、悪い癖だってわかってる。
 甘い幻聴を振り切って、清志君にシフトを上がったとメッセージを送るべくメッセージアプリを開いた。


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