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 私みたいな人間にとって、文化祭みたいなイベントが鬼門だってわかってた。わかってたけど、まさか、こんなに重荷になるなんて。

「塩いち、コンソメいち、チーズにお願いします」

 お客さんから受けた注文を読み上げて、記帳する。後ろから聞きなれた声で「了解」と返事が返ってきた。はちまきを巻いた小金井君だ。お客さんに番号札を渡しながら、テントの外にいる伊月君をできるだけ視界に入れないように目線をそらした。
 フライヤーと発電機の元手さえなんとかなれば揚げ物は元を取りやすい。知り合いから借りたというフライヤーを示しながらカントクさんが合宿費用を荒稼ぎする計画を発表していたのは記憶に新しい。
 そんなカントクさんの指示のもとに、文化祭初日、バスケ部はフライドポテトを売っている。

「追加分、ポテトと紙皿部室から持ってきたぞー」
「さんきゅ。ポテトはこっちなー」
「15番のソルトペッパーでお待ちのお客様ぁ」

 バスケ部の模擬店では朝から飛ぶようにポテトが売れている。それもこれもぜんぶ、伊月君が広告塔をやっているからで。
 ちらりと前の方を盗み見れば、うっすらと汗を首筋ににじませた伊月君が、にこやかにお客さんにポテトはいらないかと声をかけているところだった。そして、そのままお客さんをレジへご案内。受付と会計を私がやって、日向君がポテトをフライヤーで揚げて、小金井君が味付けをして袋詰め。それを再び私がお客さんに渡す。人手が足りないところに適宜カントクさんが入る。朝からずっとこんな感じで模擬店をやっている、けど。

「おにーさんのお勧めはなんですかー?」
「んー? そうだなあ、持っているたこ焼きに合うのはハニー&チーズかな。デザート感覚でいけるよ」
「じゃあそれ! 二つください!」
「こっちに並んでね」
「おにーさんからもらえないんですかぁ?」
「俺はレジ担当じゃないからさ」
「ええ〜?!」

 カントクさん命名「黙ってればイケメンな伊月君で集客して売り上げ一位!」作戦はたぶん、成功しているんだろう。地域の人に向けて開かれた文化祭で、模擬店の近くを通る人たち、おもに女性客、の半分近くにポテトを買わせている。
 それが伊月君の仕事だってわかってる。それでも伊月君に声をかけられて、言葉を交わす女性客を妬ましく思ってしまう。告白さえさせてもらえず、はっきりと、「ごめん」と断られた私にそんな感情を抱く資格なんかない。のに、それでも、妬ましく想ってしまう、割りきれない自分も嫌でいやでしょうがない。
 あの優しくまたたく鈍色を向けられるのは私だけだと思ってた。だから余計考えてしまう。最後に私がああやって伊月君と話せたのいつだったかな、なんて。私なんかを伊月君が選ばないのは、当たり前なのに。

「千恵のおすすめは?」
「え?」

 突然かけられた声に驚いて声の方を向けば清志君がいた。片腕をポケットに入れて、もう片方の手を軽く振っている。フライヤーでポテトを揚げていた小金井君が「でかっ」と呟いたのが聞こえた。

「売れてんのかよ」
「あ、うん。そこそこ」
「あそこにいる黒髪の……なんつったっけな、あー……あのお前の彼氏だっけか? あいつがナンパして売ってんの?」
「清志君っ! それーー」
「え、千恵たち付き合ってたの?!」

 それまで接客していたカントクさんがぐるりとこちらに顔を向けた。否定しないといけない。「彼氏だけど」と清志君にたいして伊月君が言ったあれは、伊月君の方便みたいなものだ。分かってるし、否定しないといけないのに、……本当に付き合っていたのならと願うあまり、自分からそれを訂正することを躊躇してしまう。
 中々言葉を紡げずにいる間に、自分が話題に上がっていることに気づいたらしい伊月君が近寄って来た。清志君越しに、しばらくぶりに目が合う。かすかに見開かれている彼の目も、なにか言いたそうに寄せられた眉も、その意味なんて私には読み取れない。伊月君みたいに相手の考えていることがわかるわけじゃないから、言ってくれなくちゃ、わからない。でも、何も聞きたくない。

「ちゃんとシフト中は接客しろよ」
「わっ! ちょ、清志君!」
「客は目の前にいんだろーが。ばーか」

 伊月君からそらせないでいた目線は、頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でていく清志君によって強制的に外された。抗議の声を上げても取り合ってくれなかったけれど、正直、その乱暴さが今は嬉しい。私の頭に手を置いたまま、清志君は反対の手でカントクさんの前のメニューボードを指差した。

「じゃ、ソルトペッパーとコンソメ。ああ、今すぐじゃなくて、こいつのシフト上がりの時に持たせてくれればいいんで」
「え? 千恵に?」
「そ。お前シフトあと15分ぐらいだろ? 終わったら連絡しろよ、千恵」

 代金をカントクさんに渡し、清志君はまたひらりと手を振って歩いて行ってしまった。人ごみに紛れる彼の背中を目で追っていると、隣から伸びてきた手に勢いよく肩をつかまれた。


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