long | ナノ
60
 秋となれば日も短くなって、あっという間に夜の帳が訪れる。無言の伊月君に引っ張られるまま連れてこられたのは、蛍光灯の瞬く寂れた公園だった。

 伊月君といるときにはあまり感じたことのない、居心地の悪さ。ぴりぴりしているのかというと、違う。そう、どちらかといえば、体育館を覗いたときに見かけたときのような雰囲気。なにかを思い詰めているいような。
 声をかけなければと思うのに、こんな伊月君と面と向かって接するのは初めてで、どうしたらいいかわからなかった。

 促されるまま、ひんやりと冷たいベンチに腰を下ろす。伊月君も隣に座るのかと思ったのに、どうやら違うらしい。
 相変わらずしゃべらず、繋いだ手はそのままに、私の前に立っている。さっき口にした言葉の意味だとか、未だ繋いでいままの手の理由だとか、気になることはたくさんある。けれど再び視線を合わせた伊月君が、ただ眉を下げて、まるで迷子になった子供のような顔で私を見ていることに気づいてしまえば、なにを口にしようとしていたのかなんて、わからなくなった。

「ごめんね」

 そう静かにこぼすと、私の前にしゃがみこんだ。普段見上げるばかりの伊月君の目線が私よりも下にあって、前髪が目元に影を落としている。

 ひゅう、と風が吹き抜けていく。

 夜風に思わず肩を震わせると、繋がれたままの手にもう片方の伊月君の手が添えられた。指先から手の甲まで伊月君の大きな手に包み込まれて、なんとも言えない安心感のような、多幸感のような感情で一杯になる。……伊月君がこんな表情をしているのに、私一人だけ。勝手に。
 いつかの、音にならなかった言葉を気づけば口にしていた。

「……なんで伊月君が謝るの?」
「え、なんでって……それは、」

 面食らったように私を見上げる伊月君がぱちぱちと目を瞬かせた。辺りが暗くても、瞬きに合わせてまつげが上下するのが影の動きからわかった。

 繋がれたままの手が軽く引っ張られる。伊月君は背を丸めるとそのまま手に額を寄せて、祈るように瞳を閉じた。私たちの頭上で不規則に瞬く蛍光灯に照らされて、伊月君の首筋はほんのりと色がついているように見える。

「俺のこと気にしてくれるんだ?」
「え? え、それは、……ええと、」
「てっきり、……嫌がられるかと思ったから、さ。取り乱したことも反省してる……けど、涼宮さんが相手なら、やっぱり次も無理かな」
「それは、その、……さっきの、清志君に言ったこと……?」
「あー、うん、そう。そのキヨシ、クン」

 伊月君は腰を上げ、私のとなりにやや乱暴に腰を下ろす。
 それに合わせて離れていった彼の左手に寂しさを感じて、伊月君と繋がれたままの指先に少しだけ力を込れば優しく握り返された。つられて目線を落とすと、大きくて長い親指が、そっと私の手の甲を撫でるところが目に入った。途端、まるで全神経が私の左手にあるかのごとく、伊月君の親指の腹の動きを感じ取ろうとしていて、なぜだか無性に恥ずかしくてしょうがない。

「涼宮さんは嫌じゃない?」
「なにが?」
「キヨシクンに、俺が涼宮さんの彼氏だって、思われても」
「……それ、は、」

 なんでそんなこと、聞くの。
 だってずっとその意味を考えていた。伊月君がそう口にしてから、ずっと。私に答えを求められたって。

 自己主張をするように、未だ触れるか触れないかギリギリのところを撫でていく伊月君の親指が気になって気になって、見ないように目をつぶっても皮膚の感覚が鮮明になるだけだった。
 まるで割れ物を扱うかのように、そんな風に触れられたら、どうしたって良いように期待してしまう。そんな都合がいいこと、あるわけないのに。

「思ってたんだよ……本当は涼宮さんの判断を、考えを尊重すべきだったって。涼宮さんの知り合いであって、俺の知り合いな訳じゃなかったんだから」
「そう、だけど。私は清志君とは……その、最近……、」
「いや、そうだな。涼宮さんに聞く前に、俺がちゃんと言わないと、フェアじゃないね」
「フェア……?」

 再び伊月君の両手に左手が挟まれる。冷えるばかりの右手と違って、左手だけは指先まで血が沸騰しているんじゃないかってぐらい、熱い。
 なにを、言われるんだろう。理由? それとも真意? 人の心のうちを聞くのは怖い。

 自分のことだって、わからないのに。
 だって伊月君と付き合う、なんて。彼がいないとどうやって誠凛で生活していけばいいのかわからないけど、だけどこれが、好きってことなの?

「涼宮さん、聞いてくれる? 俺が大事にしていることについて。涼宮さんと会う前のことも、全部」
「……それは、聞かないと……ダメなこと?」
「ああ、違うよ。涼宮さんに、俺のこと、知って欲しいっていう……ただのわがままだ」

 どうしようもなく私が好きなその鈍色のまなざしに見つめられて言われたら、抗えるわけがないのに。


main

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -