青と赤 | ナノ
 1

 6月某日。梅雨の隙間に夏の雰囲気を感じるこの頃、呪術高専東京校に遅れて吹き込む激しい春の風があった。


「今日から1人増えることになった」


「「「……」」」


 ポチポチと各々の携帯を弄る3人の学生。まるで興味無しという態度に担任である夜蛾正道ははぁ、とため息をついた。


「何か言えお前達」


「あっそ」


「はい」


「よろしくー」


 五条、夏油、家入が順に答えるが、誰1人として顔を上げようとはしない。その興味関心のなさはいっそ潔いほどである。


「全くこいつらは…。入って来ていいぞ」


 夜蛾の視線が廊下を向く。だが、古い木製の扉はうんともすんとも返事をしない。


「聞いてるのか。入って来い」


 返事がない。夜蛾は途端、湧き上がる予感に「もしや…」とゆっくり扉に向かって歩き出した。


「ガッデム!!!いないぞ!!どこいった!!!」


「「「?」」」


 担任の声にやっと顔を上げる3人。そして、3人は「いなかったんだ」と無駄になった挨拶を思い、気にも留めていなかった意識を向けた。


「仕方ない。お前達、交流会だ。探して来い」


ーーーーーーー


「だりぃー」


 くあっとあくびを溢し、五条は長い両腕を自身の後頭部で組んだ。


「つーか、どんな奴だよ」


 特徴は?と当然のことのように話を聞いていなかったことを暗に伝えながら五条はさらに尋ねた。


「多分、日陰で寝ているとのことだけど」


「猫か」


 このそこそこの土地の広さがある場所で特徴のようで特徴とは言えないそれを頼りにどうしろと言うのか。簡単に見つかるわけがない。残穢でも辿れってか?そんな文句が自然と垂れる。

 面倒だ。「何分かしたら見つかりませんでしたーって言いに行かね」「見つからないものは仕方ないからね」やる気のない夏油と五条の会話に耳を傾けながら窓際を歩いていた家入がふと、外に視線を向けた。すると、ある光景が目に入った。


「……見つけちゃったかも」


「あ?」「ん?」


 「あれ」と指した家入の指の先に向け、顔を向ける五条と夏油。


「「あ」」


 青々と茂る葉っぱの傘が地面に影を落とす大木の下で、大きな傘を翳して座る誰かがそこにいた。


ーーーーーー


「こいつか?」


 覗き込む3人の前には人が使うには大きすぎる紅色の番傘が開かれ、中の人物の足先以外を隠している。雨も降っていないというのになぜ傘をさしているのか、そんな疑問が浮かぶが、3人にはさして興味がない。


「だろうね」


 夏油傑は顎に手を当て、ふむ、と頷いた。


「死んでんの?」


 ぴくりとも動かず、息をしているのかも分からないほど静かなその人物の前に家入がしゃがみ込む。それに続くように五条も腰を折り、常人では見えないほどに暗いサングラスを持ち上げた。


「いや、生きてるっぽい。なんか変だけど」


 変とは一体。呪術界の宝とも言える六眼の精度は短い期間ではあるが、2人も知るところ。だからこそ、五条のやけにふわっとした言葉に2人は首を傾げた。


「とりあえず…」


「起こす?」


 言葉を続け合った夏油と家入の視線は五条へと向いたまま。それが意味することに五条は「げ!」と声を上げた。


「俺かよ」


「ほら悟。声掛けてみなよ」


「めんどくせぇな」


 と言いつつも新入りの登場に少しばかりワクワクとしていた五条悟。なんせ、同級生なんてもの今までろくにいなかったのだ。

 五条は早々に文句をやめると目の前に足を開いてしゃがみ込み、仕方がない、と言いつつもどこか嬉々とした様子で手を伸ばした。


「んじゃ早速」


 傘の端を掴み、ゆっくりと持ち上げる。その傘は特殊な素材で出来ているのか、金属のように硬く、重かった。

 傘が徐々にその人物の輪郭を表し始める。新入生は女だった。そして、その女は死人と見まごう程に白い肌をしていた。


「女だな」


 そしてとうとう女子生徒の顔に傘が差し掛かる。


「……」


 ほんのり色付いた口元が現れ、小さな小鼻が見え始め、閉じた瞼が映る。すると、持ち上げられた傘の縁と共にゆっくりと女の瞼が持ち上がった。女の瞳は深い赤だった。その瞳と真っ青な五条の瞳がかち合う。


 一瞬、五条の動きが止まった。だが、次の瞬間、突然ぐるんと回った視界と起きた衝撃に五条は「はぁ!?」と声を上げた。


「寝込みを襲うなんて…ダメでしょ」


 どうやったのか五条の隣にいたはずの二人の姿が前に見え、耳元で声が聞こえる。そして、驚く間もなく、それに合わせるよう、首に回った腕が締まり、気道が圧迫された。


「は、なせよ」


「?」


 不思議そうに目を丸くする女子生徒と何故か暴れようとしない五条。実際には暴れられないほどの力でホールドされているだけなのだが、知るよしもない家入と夏油は雪のように白い肌の2人にコイツら白いなぁ…、とさして関係のないことを考えていた。


「ああ、もしかして君たち私のドーキューセー?」


 突然、ぱっと目を開き、女子生徒が言う。まるで今思い出したかのようだった。そして、その言葉には聞き慣れない訛りがあった。


「ふふっ、よろしくネ」








「んで、何でアイツと合同任務なワケ」


 後頭部に両腕を回し、苛立ちを表すかのように大股で歩く五条。その後ろには家入、夏油が並び、3人よりもさらに前には辺りをキョロキョロと見回すあの女子生徒がいた。


「親睦を深めろって事でしょ」


「ハァーーー?なんで俺があんな奴と。頼まれてもしたくねーよ」


 ただでさえ坊ちゃん気質。その上、御三家の生まれであり、うん百年ぶりの無下限と六眼の抱き合わせ。他人に粗末な扱いなどされた事の無い五条には先のヘッドロックは相当屈辱だったのだろう。女子生徒から目を逸らし、けっと吐き捨てる五条に夏油は苦笑いを浮かべた。親睦を深めるなんて到底無理だろう。だが、たとえ、初対面が最悪でも今後、級友となる相手だ。それに3人しかいない。


 仕方ないな。


 夏油は五条に比べ、少なくとも気を遣うということができる男であった。


「ねぇ、君。今日から一緒に過ごすことが多くなるんだ。せめて互いの自己紹介でもしないかい?」


 夏油は随分と前を進む陽気な傘へと声を掛けた。くるくると回っていた傘はぴたりと動きを止め、くるりと後ろを向く。


「そうネ。それはいい考え」


 女子生徒の腰まで伸びた長い髪がさらりと揺れる。五条は何となくそれにむず痒いような気持ちになったが、これは苛立ちだと、またそっぽを向いた。


「私は夏油傑。一般の出身だから呪術にはまだ馴染めていないんだ。学校のことで何か分からないことがあったら教えるよ」


「私は家入硝子。よろしく」


「すぐる、しょーこ」


 女子生徒が順に名前を呼ぶ。だが、一つ足りない。首を傾げる女子生徒はまだ名乗っていない1人を待っている。2人は五条の足を背後からげしっと蹴った。


「…五条、悟。でもお前とはよろしくするつもり無いから。雑魚」


 ぶっきらぼうに無愛想に。そんな五条に兎は傘をくるりと一度回した。その眉は何故か申し訳なさそうに垂れている。


「ごめんネ。小さくて聞き取れなかった。ゴジョー、ザコ?可哀想だからゴジョーでいい?」


「は?」


「「ぶっ」」


 この女。なかなかに図太い神経である。しかも、タチの悪いことに本人に煽っている気が無いタイプ。家入、夏油は五条のすれた態度が原因であることは百も承知だったが、せめてもの友人への情けで肩を震わせて笑うに留めた。


「私は何だったか。ヤゲだかヤベだか…」


 女子生徒はなぜか目を瞑り、うーんと何かを考え始める。家入はなんとなく音の近い、身近な人物の名を出した。


「夜蛾?」


「そうだった。私、ヤガ。夜蛾兎。馴染みが無いから名前で呼んで」


「夜蛾センの親戚かなんか?」


 近頃は聞き慣れた担任の苗字に家入が首を傾げると兎は首を横に振った。


「戸籍?が無いと不便だろうからって名前を借りたの」


 そして兎は「好きなものはアルコール。好きな肴は昆布。好きなことは月見と晩酌」といささか偏った自己紹介を続けた。


「「「……」」」


「どうしたの?もしかして、好きな銘柄が気になる?」


 いや、そこじゃない。気になっているのはそこじゃ無い。


「えーっと、いくつか質問なんだけど。戸籍が無いってのは…」


「戸籍ってのは無いの」


「戸籍がない????」


 さらに深まる疑問。


「ヤガから聞いてない?私地球由来じゃないの」


 その瞬間、ブンッと風を切る音が4人の間を貫いた。そしてずりずりとその正体である長い触手のようなものが地面を這いずり、兎の背後へと戻っていく。兎の背後には巨大な触手と口の集合体のような呪霊が一体、咆哮していた。


「あれがジュレー?確かにエイリアンよりは禍々しいネ」


「エイリアンって…」


 にわかには信じ難い。だが、確かに彼女からはそれが冗談であるような雰囲気は感じない。


「悟。どう思う?」


「…何言ってんのかは分かんねぇけど、俺がちゃんと見えないってことは普通じゃないだろ」


「これ、私が貰ってもいい?」


 上を向いた兎が言う。「ジュレーは初めて」と言った彼女は呪術以前に呪霊がなんたるかも分かっていなさそうだった。


「どうぞ」


 家入の返事にニッと笑みを浮かべた彼女。今までで1番大きな表情の変化だった。


 次の瞬間、ドゴォッと音を立て、彼女の姿が空へと上がる。立っていた場所には巨大なクレーターが成り、それが何かしらの力であったことを表している。だが、彼女の細い体にそんな力があるとは到底思えない。夏油、家入はあれが彼女の術式か。と考えた。だが、それは六眼を持つ五条によって否定された。


「アイツは術式持ってねーよ」


 飛び上がった兎は呪霊の攻撃を軽々と避けていく。そして、彼女は拳を握り締めた。


「純粋な腕力」


 ゴッ!!!!!!


 振り抜かれた拳が呪霊を貫き、衝撃が呪霊の体を抉り取る。降り立った兎は拳についた緑色の血を払い、軽く前屈みに顔を出した。


「私は兎。よろしくネ」


 それが彼女と彼らの邂逅である。





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