「普通に入れてもらえた…」


 そしてイズク達は現在、古城の中にいた。


「まさか会ってくれるとはね。あんな啖呵切ったのに」


「驚いたわ」


 もちろん、今から会う人物は豚じゃない。あれから豚に右ストレートを決め、華麗に勝利を収めた少女にだ。だが、正直、ここに入れたのは奇跡である。

 なぜなら先程、こういうことがあったからだ。


『テメェ、クソ女!俺と戦え!!』


『誰?』


『ちょ、カッちゃん!あわわわ…』


 それは彼女が勝利を宣言し、催しが終わりを告げた後のことだった。豚を一頭、軽々と片手で持ち上げた彼女がイズク達の座っている側の出口へと手を振りながら近付いてくる。そして、すぐ目の前を横切った。

 その距離は話しかけられそうなぐらい近く、なるほど、だからここが隠れスポットなんだ、とイズクが思った時、カツキがとんでもない暴言を吐きながら呼び止めたのだ。


『朝来たお客人ですよ団長。アンタに会いたかったらしい』


『ふーん、私は別に。裏の森にでも案内してやったら?』


 側近のような人物が彼女に耳打ちをする。その返答を聞くに、ただ魔族に興味のある観光客だと思われているらしい。それに気付いたカツキはすぐさま身を乗り出した。「カッチャン、待って!!」「やめろって!」と言いながら慌てて引き止めるイズクとエイジロウ。なんてたって周りは団長大好きな住民達ばかり。ここで喧嘩を売るなんてアウェーが過ぎる。


『魔族だ魔人だに興味がある訳じゃねぇ!!用があんのはテメェにだ!!テメェに勝って俺が上になる、んでテメェを捕まえてクエストも完了!だから戻れや!』


『熱烈だねぇ。よく分からないけど私に興味があることは分かったヨ』


 どこか訛りのある話し方で、彼女が片手を上げた。手首にある鎖がジャラッと音を立てる。


『残りのブタは好きにしていい。みんなで分けなね』


『『『やったーー!!!』』』


 その瞬間、アリーナに調理器具とエプロンを着た調理人達が颯爽と現れ、住民達が慣れたような仕草で客席から降りてくる。そして、音楽が流れ始め、準備済みだったのかブタ以外の料理や飲み物が運ばれてきた。さながら宴会である。それに呆気に取られていると、彼女はイズク達の方を向いてふふっと笑った。


『私達もご飯にしよ。後で家にきてね』


『料理長に招待客があると伝えておきます』


『じゃ』


 それだけ言うと彼女は呆気に取られる一行を置いて、ひらひらと手を振りながら秘書らしき女性と奥へと消えていった。


『しょ、招待されちゃった…』


 と言う訳である。そんな少し前のことを思い出しながら案内に着いていくイズク達。


「まさか女性だったとは…」


「意外と優しそうな人だったね」


「それにスッゴイ美人」


 どこか冷たく、それでいて意志の強そうな目、そして艶のある髪、美しい造形、顔を思い出し、ホワァとしたオチャコは両頬に手を当てた。


「そうだろそうだろ?にしてもラッキーだなお客人達。頭領と飯なんて。要人でも知り合いでも無さそうだしよぉ。なんか言ったのか?」


「えっと…はは、」


 この案内人は闘技場に行ってなかったらしい。イズク達はから笑いで話を逸らした。なんとなく言わない方がいい気がしたからだ。


「同じ年ぐらいかしら?」


「それは俺らも知らねぇ。15.6の見た目だが、ここが古城になる前から住んでるとか俺の爺さんの代から姿が変わってないとか、10数年前までは普通に子供だったとかいろんな噂があるんでな」


 ツユの疑問に案内人がそう答えた。つまりは住民でも彼女のことはよく知らないとのことだ。


「年齢不詳…聞けば聞くほどなんか翻弄されてる気がする」


「ならこれも言っといてやる。団長の食事は日に5回。でも今日はまだ4回。お前ら、バターでも塗っといた方がいいんじゃねーか?」


「どういう意味だ?」


「団長はなんでも食うからな」


 アイザワの言葉に返すこともなく、悪戯に笑った男が大きな扉の前で足を止めた。するとゆっくりと扉が開く。



ーーーーーーーーーー


「ようこそ」


 長い机の向こう側、手配書で見たのと同じ毛皮に覆われた椅子に片足を立て、そこに肩肘をついた彼女がどっかりと座っていた。見てくれは少女だというのにイズク達を見下ろす姿はまさしく長であり、一盗賊には見えないほどに風格が漂っている。泰然たる態度からは余裕を感じさせ、整えられた長い爪が隣にいる巨大ガラスを撫でる度に、無抵抗に腹を出さなければならないような、本能に突き刺さる恐怖を感じた。

 いまだに信じられない。経験を重ねた筋骨隆々、老年の男を想像していたイズクはそれとは正反対の彼女と探していた人物がどうしても結びつかなかった。だが、その雰囲気は姿が全く違うのにも関わらず手配書と同じで、影武者だとは到底思えない。

 意を決したイズクが「あの」と声を発しようとした瞬間、彼女が軽く手を払った。話すなという意思表示。そして部屋を威圧感が包んだ。先に発言することはこの場の誰も許していない。そう言っているようだった。赤い目を細め、笑顔と共に鋭い歯が覗く。


「『よく来たな勇者達。私の名は名前。間抜けにも自分から食われに来るとはご苦労な事だ。さぁてどう料理してやろうか。チョイワール風ヨロイブタのワイン煮込み…』ええっと?『クリームソース仕立てトロウフを添えという手も…』何これ」


「いや、何それ」


「やっぱ長すぎるよね。どう?中ボスっぽい登場だった?」


「今の言うまではエリアボスだったけどな」


 ははっと笑った彼女からさっきまで感じていた威圧感が消える。キョーカが「え?は?なにこれ」と困惑したようなに辺りを見渡した。


「残念ながら私は中ボスでもラスボスでもないんだけどね。ただ魔族ってだけのイッパンジン」


「今のは高貴さを出してけって皆が言うから言ってみただけ」と続け、メモらしきものをヒラヒラと掲げて見せた。意外と茶目っ気のある人のようだった。


「誰じゃあんなメモ渡したのはァァァ!!!」


 その後ろでメイド服を着た女性が猛獣のような牙を剥いていなければホッとしたところだ。


「高貴さ出すのに高級感って…むしろアホっぽい。何もしない方が断然いいよアンタ」


 持ち直したキョーカの言葉に「そうですよ!!あのセリフ考えたやつ絶対コロス!!」と側に控えていた側近が同意する。


「あの…!「まーまー、まずはご飯食べようよ。お腹すいた」はい…」


「確かに我が強いな…」


 イズクの言葉に重ね、彼女が言い終えた途端、扉が開き、何人もの人達が中へと入ってくる。そしてあっという間に長テーブルは豪華な料理で埋め尽くされ、メインディッシュである巨大ブタの丸焼きが別のテーブルで運ばれてきた。イズク達は久しく見ない豪勢な料理達に喉を鳴らした。


「「「ゴクッ」」」


「さ、好きなだけどーぞ。おかわりもまだまだあるから」


「「「ヒャッホー!!いっただきまーす!!」」」


 それから一刻。意外と話しやすい彼女のギャップに乗せられる形で和気藹々と食事会を楽しんだイズク達は彼女のことを悪い人ではない、と思いだしていた。そうして、気付けばすっかりテーブルにあった皿は消え、食後の紅茶が運ばれてくる。


「6割名前サンが食ってた…」


「最後はデザートなんだけど…ちょっと時間かかるから。先に質問に答えていこうかなぁ」


 ぐう、と名前の腹が鳴る。それに苦笑いを浮かべながらイズクが小さく手を挙げた。


「あの…じゃあ良いですか?奴隷を闘技場で魔獣と戦わせてるって言うのは…」


「?なんのこと?」


 身に覚えのなさそうな顔。すると隣にいた秘書官が慣れたように一歩前に出て、「では僭越ながら私から」と宣言してから、大方、元奴隷の人達が何かしらの大会の練習をしていたか、名前自身が鎖をつけているから間違えてしまったんだろうと語った。


「(それはあるかも…)」


 自分達も初見ではそう思ったくらいだ。確かに、と納得し、次に移る。


「酒池肉林は…」


 テンヤが手を挙げる。


「闘技後の祭りのことかな」


「賭け事で自分を負かした人を消して負け事態を無かったことにするってのは…」


 キョウカが手を挙げる。


「賭けは負けがあるから面白いんでしょうが。それに運が良いからそうそう負けないし」


「騙したってのは?」


 オチャコが手を挙げる。


「私はなんにも嘘はついてないよ。多分ね」


「こんな子が頭領ですって出てきても騙されたと思うもの。それじゃないかしら」


 ツユがそう言い、皆が納得する。事実の一部だけが悪評として世間に出回っていたらしい。それは盗賊の頭領の住む場所というだけで。


「盗賊ってのは今も?」


「名前だけね。ここ何年かは盗賊らしいことはできて無いの」


 だから住民の何人かが“元”盗賊と呼称していたのかと納得する。


「人喰いってのは?」


 どうせまたお肉を食べていたところを見た人がそう思ったとか、そういうだけの話なんだろう。イズク達はそう思った。


「人喰い?私ベジタリアンだよ」


 ムシャァとブタ肉に齧り付きながら名前が言う。イズク達の頬に冷や汗が落ちた。


「「「(その手にあるのは一体…)」」」

 
 どことなく感じる真実味に目を逸らしつつ、キョウカが言う。


「ハ、ハハ…いやー、さっきは驚いたよね。私達が5食目のご飯になるとかって冗談言われて」


「君たちを?うーん、肉が硬そうだし…それはないかな」


「ハハハハハ」


 名前が笑うが、口元に着いた肉片はもはやそれにしか見えない。


「「「(なんだろう…ちょっと不穏)」」」


「で?ここには何しに来たんだっけ?」


 肉を食べ終わり、バキィと別の何かを食べながら、名前がそう尋ねた。それが何かを聞ける勇者はこの場に1人もいなかった。


「本当はアンタを捕まえなきゃだったんだけど…まずはその…良かったらツノが欲しいんだけどよ…」


「無理を言ってるのは重々承知なんだけどよォ!!少年の母親の為にはそれがいるん…だぁ!???」


 深く頭を下げたエイジロウが顔色を伺う為に顔を上げた。瞬間、名前が食べているものに気付く。


「角食っとる!!!!」


「ゴリィッ、美味しいよ」


「ボーース!チビが来ましたー!」


 衝撃が走るイズク達を置いて呑気に名前が「通していいよ」と返事をする。すると大きな扉が開いて、見覚えのある少年が走ってきた。


「あ!!あの時の少年じゃ無いか!」


「お兄ちゃん達会えたんだね!ねぇねぇ、ボス!お母さん貧血なんだって。ツノ貰ってもいい?」


「いいけど、私のじゃ完治はムリヨ。医者にちゃんと診てもらいなさい」


 何事も無いようにボキッともう片方の角を折って手渡す名前。側近は慣れた様子でやすりを取り出すと、その根元を整え始めた。


「ボスありがとう!」


「じゃーね」


 名前は少年の頭を一撫すると、手を振って見送った。


「えっ、はぁ!?そんな簡単に折っていいの!?」


 あわあわと慌てたお茶子が言う。


「すぐ生えてくるから」


 3日ぐらいという名前にエイジロウが突っ込む。


「爪か!!つーか、そういうのって万病に効くとかなんとか…そういうもんじゃねぇの?」


「栄養は凄くあるから小さいのはすぐ治るだろうけど万病には効かないね。ちなみに君たちの今日飲んだスープの出汁の出どころはコレ」


「ブッ!!!キショクワリィもん食わしてんじゃねぇ!!」


 紅茶を飲んでいたカツキが吹き出す。


「っていうのは冗談だけど」


「んだこのアマクソウゼェ…!!!」
 

 弄ばれるカツキ。名前は、ふふっと笑った。


「(なんか意外と相性良さそう…)」


「なぁ…じゃあなんでアンタ指名手配なんかされてんだ。悪いことしてねぇんだろ」


 ショートが言った。それは誰もが聞こうとしていたことだった。


「手配?…ああ、あったネ。そんなの。いつからだったか忘れちゃったけど、なるほど。君たちは私を捕まえに来たんだ。でも残念、悪いことしてないかは置いておいて、手配されるようなことはしてないよ」


「盗賊家業のせいじゃねぇのか?」


「そ。別に生きる為に盗みをしてるわけじゃ無いから。人の生活をどうにかするようなものは取らない」


 取られても取られたとは言えないものを貰っているだけだ。と名前は言う。それがここの人たちや、綺麗じゃ無い金のことなんだろうというのはイズク達にも何となくわかった。ではますます手配された意味が分からない。


「じゃあなんでだ」


「私が欲しい…からかな?」


「その鎖の主か?」


 続けてアイザワが言う。


「ふふっ、よく分かったね」


 ジャラッと金色の枷が音を立てた。細かく彫られた装飾は一見するとアクセサリーのようにも見えるが、鎖は鎖。


「コレは逃さないための鎖じゃない。捕まえておきたいがための鎖。こんなに動けるから、ま、ほんの気持ちだろうね」


 お礼の意味では勿論ない。それに断じて捕まっているわけでもない。ほんの気持ちだ、と言葉遊びをしながら冗談めかして言う名前。だが、鎖を着ける時点でそれを付けた人物の気持ちがそんな軽い感情には到底思えない。身動きがほぼ自由に取れることからそれを本気にしていないのかもしれないが、そんな呑気でいいのかとイズク達は心配になった。


「てことは…あの依頼人がそのやべー奴ってこと?」


「さぁ?気になるなら本人に聞いてみようか」


「「「え?」」」

 
 
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