ファンファーレが響いたと共に何処かへと移動し始める住民達。皆がみんなその顔には笑顔を浮かべ、何かを楽しみにしているようで、イズク達も彼らに半ば無理矢理背を押されながらその列に加わった。


「闘技場がななんかしらの大会と訓練以外で使われるのはそう多くねぇ。ラッキーだなお客人!」


「えっ、ちょ、どういう…ダァ!」


「悪りぃイズク。今踏んだの俺」


 エイジロウが片手を上げて謝る。


「押すんじゃねぇ!!!」


「とっとと行け!!いい席取られんだろ!」


「キャー!イケメン!取られる前に取んなきゃ!」


「取る…?何をだ?」


 逞しすぎる村人に押され、カツキとショートも抵抗するが、多勢に無勢。列はどんどん進んでいく。しばらく行くと、ある建物が見えてきた。丸い円形のドーム。外から見えていた闘技場だった。


「闘技場か?」


「みたいだな。朝言ってたやつだ」


「ポップコーンはいかがー?」


「賭けるなら今だよ!」


「賭けになんねぇーよ!!」


 お祭り騒ぎの住民達に押されるがまま、イズク達が入っていく。すると広いアリーナが目の前に現れた。そこを取り囲むように二階建ての観覧席があって、布に覆われる屋根から明るさだけが入ってくる。


「デクくーん!」


「あ?オチャコの声じゃねぇか?」


 エイジロウが何処からか聞こえてきた声に気付いた。キョロキョロと辺りを見渡す。


「こっちこっち!いい席取っておいたよ!」


 出口近くの最前席に留守番だったはずのオチャコ、キョーカ、テンヤ、ツユ、アイザワ、オールマイト人形がいた。


「おー!お前らも来てたのかー!」


「宿屋のおじさんに絶対見に行けって言われてね。席の場所も地元の人たちの隠れおすすめポイントよ」


 「早く来なよ」と笑ったキョーカ。さすが諜報員。イズクはおお…と小さく拍手した。そのまま塀を越え、ボックス席のようなそこに座る。しばらくするとトランペットだけだったファンファーレに腹の底に響くような太鼓の音が重なった。

 始まりを感じさせるそれに合わせて住民のボルテージも上がっていく。ワァァァという歓声とその雰囲気にイズク達までなんだかワクワクするような気がした。ただ、奴隷がいるかもという懸念は未だに消えていないために、誰もそれを口に出さなかったし、認めようとはしなかった。


『ゴホンッ、レディースアーンドジェントルメン!!紳士淑女のクソ野郎ども盛り上がってっかー!!?』


 小さな羽の生えたMCがメガホンを手に観客を煽る。


「「「いえええええい!!!」」」


「テンションたけぇー!」


『ひっさびさの試合に会場のボルテージもマックスだぜぇぇぇ!!んじゃ早速やって…く前に肩慣らしとして俺の歌を聞いてくれ!!応援歌つーことで!!タイトル、負けたらハラキリ行ってみよっかーー!!』


「いかんでいいわ!!!」


「どこが応援してんだそれの!!とっとと進めろクソMC!!」


 キレッキレのヤジが飛ぶ。


『今日の客はノリが悪りぃなぁ。じゃあ気を取り直してまずは挑戦者の登場だ!!』


 鉄で出来た扉がゆっくりと上がる。薄暗いそこにはまだ何も見えない。


『それは…!!積年の恨みかはたまた反撃の狼煙か。ある日、一つの村が地図から消えた…。チョットシタ村を襲ったのは誰だ?!そう、こいつだ!!何処からともなく現れて、一夜にして全てを食い荒らした最強の家畜…じゃなく獅子、いや!!猪!!その名もーーーーー山食い!!!』


「グルルルル」


 一頭の巨大なブタが姿を現した。普通の豚ではない。魔獣だ。熊よりも大きな巨体は歩くたびに地面を揺らし、口元から垂れる涎は地面に落ちるたびにジュウッと音を立てている。その上、頭から背中にかけてを覆う外皮はまるで鎧のようで、牙は大きく、鋭い。


『コイツはその名の通り山すら食っちまうほど食欲旺盛だ。俺らの飯の危機だな!!』


「飯の危機?なんで?」


 イズク達の疑問はその後すぐに解消された。


『んじゃお次はお待ちかねの対戦者の登場だ!!そっちが山食いならこっちは大食らい!!食材に負けるわけにはいかねぇ!サァ!!登場しちゃってくれや!!』


 太鼓の音が小さくなり、心臓の鼓動のように響く。そして鉄の扉が開いた。

 誰かがいる。ここからではあまり見えないが、少なくとも大柄ではない。その人物はゆっくりと前に出た。頭上にいるカラスに似た巨大な魔獣が4枚ある羽の2枚を腕を組むように前で交差させ、傘のようにその人物を覆っているために全貌は見えない。長い尾羽は地面まで伸びていて、その下だけが真夜中のような暗さだった。


「カサガラスだな。その名の通りああやって上から傘みたいに覆いかぶさって腹にある口で捕食するっていう魔獣だ。恥ずかしがり屋で食事シーンは見せたがらないんだが…珍しいな。それにそんな気性だからか普通は人の前にはそうそう出てこない」


 アイザワの解説に「へー」と返事をするイズク達。


「じゃあアレ食われかけってことか?」


「食うならもうとっくにやってるよ。ありゃただの傘だ」


「いつ食われてもおかしくねぇ傘なんて使えねーよ…」


 そしてその誰かの足が光の下に出た瞬間、あれだけ盛り上がっていた会場がしん、と静まった。そしてガシャンッ、ガチャン、ガシャンと金属の擦れる音だけが響く。


「まさかだよな…」


 カラスが大きく羽を広げ、その人物の全容が現れる。自分達と同じくらいの女の子だった。ただ、そのこめかみの辺りからは上に伸びる角があり、人間ではないことを表していた。女の子が動くたびに見たことのない服が揺れる。

 ドレスのように上から足下まで伸びた服はドレスとは違い、肌着のように薄く、腰の辺りからは両脇にはスリットが入っていて、下にはズボン。だが、その生地も装飾もデザインも一度も目にしたことはない。裾が破れていたり、少し劣化は見られるが、生地や装飾、柄からそれらがとても上等なものだという事がわかる。

 ただし、その手首には金色に彩られた手枷が付けられていた。


「奴隷使ってんじゃねぇか!!」


 カツキが吠えたと同時にMCが叫んだ。


『ここのルールは知ってんなお前ら!!!!賭けるものは己以外!!でも今だけはちげぇ!!賭けるものは己の全て!!!勝った方が相手の全てを手にする!!!金か!?命か!?権力か!!?1人のなんてたかが知れてる!!だがコイツはちげぇ。このヒトに勝てばこの街の全てが手に入る!!ルールを破れる唯一のヒト!もうここまでくりゃ誰か分かっだろ??』


「は!?嘘でしょ…!」


「アレが…!」


 MCの言葉に言わんとしたことが分かったキョウカ、テンヤが立ち上がる。


『我らが盗賊の”国”の長!!名前―――!!!!』


 住民達がまた歓声を上げた。


「ガッハッハ、俺らブタの部下になるかもしれねぇのか!」


「エサかもな!!」


「「ギャッハッハ」」


「気楽ね」


 呑気な住民達の様子に顎に指を立てたツユが不思議そうに言った。


『でもなぁ…ブタ一匹相手じゃ面白くねぇだろ?一族総出で来てくれたぞ!!!』


 更に奥から同じ体躯のブタが数頭登場する。どのブタも息が荒く、戦闘態勢を取っていた。


「いっけぇ!団長!!!丸焼きにしちまえ!!」


「俺豚シャブがいいな」


「私トンカツ!!!」


「調理法より身の危険を心配した方がいいんじゃないか!?」


 テンヤが慌てたように言う。1人で複数の魔獣、しかもアリーナという限られた場所での戦闘。呑気に観戦してる状況ではない。だが、そんなイズク達の心配をよそに、一際大きく太鼓が鳴った。


『スタァァァァアト!!!!』


 巨大ブタが真っ直ぐ走り出した。突進である。だが頭領は動かない。


「危ねぇぞ!」


 エイジロウが言った瞬間、ブタが頭領とぶつかった。だが、少女はびくともしない。デコとデコを合わせたまま、膠着している。ブタは更に力を込めた。


「フンッ」


 一言。少し頭を引いた少女が頭突きをした。「ブヒャンッ」と一声鳴いたブタが吹き飛び、地面に崩れる。


『早速一頭!!』


 冷や汗をかくブタ。「ブヒンッ」「ブフッ」と何かを相談し合ったかと思うと、少女を円形に囲み始め、鼻を膨らませた。


『おっとこれは!!火炎放射!!!通称ブタ鼻だぁぁ!!!』


 ボオオォッと高火力の炎が中心に向かって放たれる。


「逃げ場がねぇ!」


「いや、上だ」


 ショートの言葉に従い上を見る。ジャンプで回避していたらしい少女がそこにいた。そのまま一頭の後ろに落下し、中心に向かって蹴り飛ばす。炎で前の見えないブタ達は攻撃をやめず、一匹が丸焼けとなった。


「ヤッター!ブタの丸焼き!!」


 だが、すぐ隣の一頭が少女に気付いた。少女はブタが体を向けるよりも前に、猫のように空中を引っ掻くと、人外感のある長い爪が空中を裂き、ブタの横腹を切る。


「しゃぶしゃぶ!」


 ちぎっては投げ、蹴っては殴り、闘牛士のように避ける。不利だと思われていたその試合はすぐに一方的なものとなり、ブタはとうとう最後の一頭になった。群れで1番体の大きい個体だ。


『ボス対決!!勝つのはどっちだ!!!』


 ブタが走り出し、そして少女も走り出した。

  
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