林間学校最中、敵の襲撃を受け連れ去られた爆豪、名前だったが、何やかんやの救出劇によって無傷とは言わないまでも無事生きて戻ってくることができた。

 そんな少しばかり良くない経緯で急遽始まることになった学校での新しい生活。これを機に親元を離れるといった者も多く、初めのうちは慣れない寮生活に戸惑っていた生徒達だが、それも数日もすれば若者ならではの適応力で馴染み、なんだかんだそこに楽しみを見出し、充実感のある生活を送りはじめていた。


「おはよー、飯田くんもう制服着てるんや!早いねー」


「何を言ってるんだ!もうすぐ学校が始まるぞ!」


「まだ7:00だよ!?飯田くん!」


 ある日の朝。時計の針は新しいルーティンにも慣れ、学校の予鈴よりも早く、だが家にいた時よりも遅くに起床した生徒達の数人が朝食を摂りに共有スペースへと降りてきた。雄英のモットーは自由。自然と皆で準備している夕食とは違い、朝食を取るか取らないかは各々の自由である。


「私、今日はパンにしよーっと」


「飯田は朝米派かぁー、ぽいな」


 ゆるゆると時間が過ぎ、既に7:50分。着替え終え、準備万端の者もいれば、慌てて着替えに戻る者もソファに座り、ニュースを眺める者もいる。だが、一つ言えるのはほぼ全員が起床していた。SHRの時間は8:25分だから当然だ。雄英は偏差値が70を超える超難関校。生徒達は個性豊かで粒揃いだが、大半が真面目なのである。じゃなきゃここには入れない。


「ん?名前くんがいないな」

 
 だが、それは“ほぼ”である。


「まだ寝てるのかな?でも轟くんもいないからもう呼びに行ってるはずだけど」


 丁度その時、女子寮へと続くエレベーターの到着音が鳴った。だが、降りて来たのは女子ではなく、話に上がっていた轟だった。片手は後ろに下がり、肩の向こうには丸い青、いや、紺が見えている。


「名前おはよー」


「寮だと学校近いからギリギリまで寝ちゃうよね」


 きっと名前は朝に弱い人なんだろう。クラスメイト達は寮生活が始まる前から朝、机に伏せっていたのをよく見ていた。轟に連れてこられたのもそれが理由だろう。きっとまだうつらうつらしている筈だと芦戸と葉隠が声をかけると、ふらっと轟の背後から名前が出てきた。


「そうなんだよね」


 意外な事に言葉はハッキリとしている。あれ?と思った2人は顔を上げた。見慣れてきはじめたチャイナ服姿の名前が不機嫌そうな顔で髪をかき上げながらそこに立っている。


「キタキタ!今日のチャイナ!」


「日替わりランチみたいに言うな」


 ウッヒョオオオォォ!と駆け寄った峰田だったが、視線が下から上へ上がるごとにテンションがだだ下がり、最後のォはか細く消え去った。


「んで今日は露出ゼロなんだよおい!」


 足首までを覆うカンフーパンツに長袖のチャイナ服と完全防備な名前。組み合わせさまざま、数多くある名前のお家スタイルであるが、確かに今日はパジャマというよりもトレーニングスタイルに近い出立だ。じっと見つめる葉隠、芦戸はそこにさらに見慣れないものがあることに気が付いた。


「名前寝てないの?クマできてるよ」


「朝まで映画観てたから」


「体力あんねー」


 ヒーロー科は普通の授業に加え、鍛錬、ヒーローの授業、課題と休む暇がない。ただでさえ、やることが多く、体力も必要な毎日で徹夜出来る体力に感心する2人。だが、肌が白いためにクマの存在感は大きい。名前はそれを見て笑う二人の視線から消すようにそれを指で一撫ですると、片手で欠伸する口を押さえながら轟の服の袖をちょんと引いた。それを見ていた耳郎がカップ片手に芦戸を見る。


「クマがあるだけなのに何かアンニュイ感増してない?」


「TU・RA・GAいいね!」


 それに同意するように芦戸はぐっと親指を立てた。元々、轟と名前の顔面コンビから始まったTURAGAII。それを何かしらグッときたときに言うのが最近の女子内でのノリなのである。


「ふぁ、轟もうご飯食べた?」


「ああ。でもお前食う時間あんのか?」


「よゆー」


 現在、8:05。時間を心配する轟を横目に名前は置いてある一斤のパンの袋を開けると両端を手で挟み持った。


「ヨイショ」


 拍手でもするようにパンを挟んだまま手を合わせる名前。すると一斤のパンはペシャリと潰れ、気付けば一枚のパンになった。


「な」


 ジャムの乗ったそれが豪快に口に放り込まれる。そして一斤のパンはものの数秒で胃の中へと消え去った。


「待て待て待て待て!何だ今の!」


「無限パン」


 当然のようにそう言う名前に「ドヤ顔すな!」と瀬呂が突っ込む。


「無限パン!?」


「食べても食べても減らない」


「ちょっと食ってみてぇ」


 眺めていた轟は興味深そうに言った。


「無限おにぎりもできるよ」


「放課後作ってくれねぇか」


「うん」


 今日もいつも通りの日常が始まった。


――――2日後、朝――――


 太陽は燦々。鳥は歌い、平和なニュース速報が流れている。ほぼルーティーン化した降りてくる順番を皆がなんとなく理解しはじめ、朝の目新しさも薄れてきた頃。朝の会話といえば学校の話である。


「今日、小テストあったよね?」


「やっべ!忘れてた!」


「俺の靴下が片方乾燥機から消えたんだけど誰か間違って持っていってねぇ?」


「誰が片足だけ持ってくんだよ。置き忘れてんじゃねーの?」


 時刻は8:00。共有スペースは制服姿の者ばかり。そんな遅い時間、またエレベーターの到着音が鳴った。


「おはよう」


 制服姿の蛙吹の後ろにはユルッとチャイナシャツをワンピースのように着た名前が立っている。芦戸はいつものように挨拶をした。


「おはよー、う!?ちょっ、名前クマ凄いよ!?」


「え?」


 名前の目には先日よりも更に濃いクマが出来ていた。その姿はまるで隈取である。


「朝見たけどそんなじゃない?」


「そんなだよ!?」


 「これを!」と阿吽の呼吸で八百万の創造した手鏡を手に自分の顔を見た名前。しばらくそれを覗き込んだ後、笑い飛ばすようにハッハーと明るい笑い声を上げた。


「な、なんか機嫌良い?」


「いや、普通」


 そして瞬時に真顔になった名前が歩き出し、キッチンに置いてあったシリアルを手に取った。


「情緒おかしくない!?」


「名前、ホイこれ」


 丁度、隣でコーヒーを飲んでいた瀬呂がそれに気付き、牛乳を手渡す。


「ありがと」


 名前それをもう片方の手に持つと、食器棚には向かわずにシリアルの袋を豪快に傾け、おもむろに口の中へと流し込んだ。


「は!?」


 瀬呂の驚きを気にも留めずに次いで牛乳を口につけ、ゴキュゴキュっと嚥下する。空になったシリアルの箱と牛乳パックが机の上にドンっと置かれた。見ていた飯田は「行儀が悪いぞ!」と注意したが、男気の切島的には感心する行為だったらしい。「おお、」と言葉を漏らす。


「ぷはっ」


「豪快過ぎるぜ名前!」


 ごっそうさん、とまるで力士のように手を合わせた隈取の名前が貫禄のある背中を見せながら上へと戻っていく。今日もまた、いつも通りの1日が始まった。


―――――それから更に2日後――――


 晴々とした朝。


「今日って小テストだったよな?数学?」


「ヤッベ、忘れてた!」


「お前いっつも忘れてね」


 時刻は8:10分。既に寮を出た者もいる時間。エレベーターの到着音が鳴った。


「あ、来た来た。おはよー、名前ギリギリ過ぎない?」


「お、はよう。ん”ん、大丈夫だよ。間に合うから」


 少し足をよろつかせながらエレベーターから降りた名前がキッチンへと歩き出す。様子がおかしい。


「ちょっと待てぇ!!」


「なに?」


 くるりと振り向いた名前を見て、耳郎、芦戸は見開いた目をぎゅむっと瞑り、ワッと叫んだ。


「ガンギマリ!!!」


「徹夜明けの相澤先生より酷いよ!!?どうしたのアンタ!?」


「それ先生にも酷くない?」


 血走った目を縁取る隈。ボケーッと頭の回っていない様子であーー、と思案しながらプロテインの袋を開ける姿はさながらヤバい薬でもやっているかのようだ。


「昨日…?今日?まで漫画読んでたから。コホッ」


 大量に口に運ばれた粉がむせた事で少し飛び出し、宙を舞う。


「あーあー、顔面が台無しになってるよ」


「轟もなんか言ってやってよ」


 未だ部屋着の名前とは違い、準備は万端。どうせ学校で会うが、友達だしなと一緒に行くつもりで待っていた轟がソファから立ち上がり、名前へと近づいた。パンパンに膨らませた口に半ば無理やり牛乳を流し込んだ名前の正面に立ち、口元についた粉を拭ってやる。


「目、真っ赤だぞ。ドライアイか?」


「んーん」


「なら結膜炎かもしれねぇ。リカバリーガールんとこ行くか」


「へいき」


 「着替えてくる」と一言、ガンギマリの名前が部屋へと戻っていく。今日もまた。いつも通りの1日が始まった。


――――翌日、深夜2時――――


 その日の夜。何となしに目が覚めた緑谷は尿意を感じ、トイレへと立った。


「う”っ、暑いなぁ」


 廊下はまだ蒸し暑い。じわりと滲む汗に少し寒さを感じさせる風が触れ、なんとも言えない気持ちになる。


「……飲み物でも飲んで寝直そう」


 非常用の蛍光灯しかない暗い廊下を進み、最奥のエレベーターへ。ボタンを押すと、最後に部屋に向かっただろうクラスメイトの誰かの階層から降りてくる。中に乗り込むと。暗闇の中、自分の立っている場所だけが明るいことに気がついた。先程まで気に求めていなかった風の音がやけに耳に入る。ふと最近見たテレビを思い出した。納涼だと謳いつつも、若干季節外れなこの時期に放送されたホラー特番。そういえばエレベーターが出てくる話があったっけ…。


「……」


 話の内容は確かこうだ。会社で残業をしていた若い男性が飲み物を買いにエレベーターへ乗る。1人しかいないはずのエレベーターの中、ふと上を見上げると内蔵されてる監視カメラに女の姿が。そして、その後は……。緑谷は何となく。何となく周りを見渡した。


「……」


 もちろん周囲には誰もいない。だが、なぜか暗闇がやけに気になってしまう。そんな落ち着かない気持ちの緑谷を乗せ、エレベーターの扉が閉まる。そして、一階へと辿り着いた。チーン、という音と共にドアが開く。共有スペースに人はいなかった。こんな時間だから当然だ。緑谷は若干ホッとしながら水を汲み、コップを傾けた。

 ゴクッと一口飲んだ時、あの番組の続きが思い出された。


「確か……」


 廊下の奥にある自販機で無事飲み物を買った男。明るいのは自動販売機の前だけ。そしてふと視線を感じた男が暗闇の奥に目をやると…。とそこまで思い出して気付く。あれ僕電気付けてないのに何でコップの場所分かったんだろう。


「……この部屋なんか明るいような」


 ほんのり明るい部屋の中、周りを見渡すとテレビがついていた。それはゲームの画面で止まっている。


「誰か消し忘れたのかな」


 消しに行こうと歩き出した緑谷。一歩一歩進むごとに脳内で続きが流れ始める。暗闇からゆっくり手が現れ、自販機の光りの中へと入りだす。暗いところに逃げる勇気は男には無く、光はその何かの姿を鮮明に写して…。そして、緑谷の指がテレビの電源へと伸びた。


「”やめて“」


 そうだ。何かがやめてと言ってその回は終わったんだ。緑谷の指がピタリと止まる。冷や汗が垂れ、心臓は爆音で鼓動を鳴らしている。ギギギと振り返った時、暗闇の中に血走った真っ赤な瞳が…!


「すすすすいませんでした!!」


 尻餅をつき、転がりながら頭を下げる緑谷。


「なにが?」


「わかんないけど!」


 あれ?この声って。

 
 どこか聞き覚えのある声。恐る恐る顔を上げ、片目を開くと血走った目の主とバッチリ目が合った。


「んん?名前、さん?」


「そうだよ」


「よ、良かった…」


 ソファの上で寝転がる名前の姿に心底ホッとする緑谷。


「な、何してるのこんな時間に」


「ゲーム」


「今日も学校だけど…」


「暇つぶしにね」


「いつも部屋でやってなかった?」


 「気分転換みたいな。まぁ今日はもう部屋戻るわ」と言い、立ち上がる名前。いつからいたのだろう。反らした腰がバキバキと鳴る。


「おやすみ緑谷」

 
「お、おやすみ」


 緑谷は変にドキドキと激しく鳴る心臓を抑え、名前を見送った。


「あれ、名前さんってここ最近…」


 毎日夜更かししてるような…。


 


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