“ヒーロー候補生が凶悪犯に転身”捜査中ではあるがそんなニュースが世を震撼させる中、プロヒーロー・ホークスは公安へと赴いていた。


「要件も言わずにとりあえず来いだなんて、一体何の呼び出しです?例の少女爆弾魔とかいう子の話ですか?」


「見ればわかるわ」


 冷たい言葉だがそれも慣れたもので、気が落ちることもない。長い廊下は進むうちに、人がまばらになっていった。その先には重厚な扉があり、開けるとガラスで隔たれた部屋が現れた。半分から向こうには簡易な机が二つと記録係がいるだけの殺風景な部屋があり、ガラスのこちら側に座席には公安、警察、そして司法のお偉い方と、錚々たるメンツが座っている。

 普段ならば使われる事のないミラーガラスの部屋。それほど、ヒーロー候補生が連続爆殺事件を起こしたというのはあってはならない事なのである。だからこそ、今後の社会の為に犯人の人物像の観察には必要不可欠であり、ホークスは彼らのもしものための護衛だということにすぐに気が付いた。


「入れ」


 向こう側の扉が開く。捕まったというのにその犯人はしっかりとした足取りで入室してきた。なかなか肝が据わっとー人や。そんな感想を抱きながらホークスは視線を徐々に上げ、容貌を見る。


「え”っ!!」


 驚きのあまり飛び出した声を咄嗟に手で押さえ、飲み込む。お偉い方の視線が一瞬、ホークスへ。


「(名前ちゃん!!何やっとーと!?)ゴホンッ」


 ホークスの額に途端、冷や汗が滲み出す。


「貴方、彼女とは既知の仲らしいわね。捜査に協力しなさい」


「協力って……それほどですよ。ただ少し喋ったことがあるぐらいで」


 ホークスは自身の背景上難しいとはいえ、公安と名前とを結びつけたくはなかった。交友関係にとやかく言われる事もなかったものだから報告もしなかったが、己の預かり知らないところで探られていたらしい。だが、あくまでただの顔見知りを装う。

 将来、ヒーローになればそれなりに公安との関係はできるだろうが、公安の息のかかったヒーローというのはそう多くはないし、普通にヒーローをするだけならば必要以上の関わりを持つ事はない。ではなぜ、嫌か。


「(名前ちゃんとの相性がな…)」


 想像に容易い。絶対に悪いに決まっている。名前は公権力にカケラも興味が無いし、公安のあり方を好むタイプでは無い。束縛も嫌い、媚びも嫌い、権力も嫌い、不自由も嫌い。合うわけがない。だが、公安側はどうだ。きっと興味を持つはずだ。


『まずは写真を撮る』


『マグショットってやつ?まだあったんだそんなの。どーぞ』


 名前はミラーガラスに体を向け真っ直ぐに立った。手錠のはめられた手が上がり、甲を外に向けた拳の横でもう片方の手がハンドルを回すように動いていく。


『失礼。勝手に動いちゃった』


 それに合わせてゆっくり立ち上がった中指。名前は見えていない筈の公安の会長と目を合わせ、べっと舌を出した。


「こっちが見えているの?」


「当てずっぽうじゃないですかね。この部屋のミラーガラスは普通のと違って音も漏らさないらしいんで」


 ホークスはあちゃーと額に手を置きたくなるのをグッと我慢して至極冷静を装いながらそう返した。簡易な机が真ん中に置かれ、座らされる名前。


『個性を感知した瞬間、お前に電撃と睡眠弾が撃ち込まれる。くれぐれもバカな真似はしないように』


『……』


 部屋の四隅につけられたカメラに彼女が目をやる。


「動揺しないようだな」


「慣れてるのか?」


 ガラスのこちら側の人々が口々にそう言う。なぜ名前が公安で、それも観察されながら聴取を受けているか、理由は簡単。ヒーロー候補生が敵になったのはなぜかという精神構造を探る為と、マスコミ対策である。

 それに加え、相手は少女とはいえ怪力の持ち主、しかもオリンピックに変わって一大イベントとなった雄英体育祭第3位。戦闘能力も保証されている上、エンデヴァー事務所で実践的な能力も培われている。多忙ゆえ、そのエンデヴァーは来てはいないが、評価は高いとの報告も公安に入っている。
 
 齢16という若さとヒーローとしての高い能力値は、敵になれば同じく高い脅威となると判断され、公安にて秘密裏に捜査を行う事になったのである。今頃、偽情報に踊らされたマスコミは警察署に殺到している事だろう。


『どこで爆弾を手に入れた』


『知らん』


『仲間がいるだろ』


『おらん』


『そいつの情報を話せばお前の罪を少しは軽くしてやれる』


『いらん。そもそもやってないし』


『嘘をついても無駄だ』


『話聞かないねーお前』


 机に足をかけながら椅子を傾け、ゆらゆらと揺れる名前。質問を投げかける警官はのらりくらりした態度にイラ立った様子でタバコに火をつけた。


『お前がこの日時、犯行現場を訪れていた事はわかってる。その後、すぐに爆発が起こった。現場周辺にはお前、ただ1人。どう言い訳する』


『身に覚えがないからなんとも。それよりお腹空いた。カツ丼ある?ドラマで見たよ』


『ねーよ』


『カツ丼くれたら考えなくもない』


 本来は事情聴取中に食べ物や飲み物を容疑者に与える事は許されていない。そのまま言葉を飲み込んでしまうからだ。精神に余裕がある者を自白まで持っていかせるのは困難でありその手法が取られるが、名前の態度を見るに情報は望めなさそうにない。普通ならば無実でも事情聴取を受けるとなれば平常心ではいられないものであるが。やりにくさに苛立つ調査官。


『…本当か』


『うん』


 仕方なく運ばれた食事。名前は目の前に出されたカツ丼を一飲みすると「うーん」と唸った。


『考えたけど特に言う事なし』


『バッカにしてんのか…?』


 怒りを露わにする捜査官。


『いや?短気だねー』


『これが証拠の写真だ』


『うんうん、よく撮れてる』


 差し出された数枚の証拠写真には自分が写っている。名前はそれを一度じーーっと見るとポイっと机に放り捨てた。手応えは一切ないが、一応、事情聴取は進む。いつしか調査官の前に置かれた灰皿には吸い殻が溜まり、ガラスのこちら側にもその苛立ちが移り始めた。その状況を顔には出さずともハラハラとしながら見つめるホークス。


「…いつまでこんな事を続ける」


「早く吐かせろ」


『両親がこれを知ったらどう思う』


『…そーだなぁ。むしゃくしゃして、誰かを自分の手を汚さずに木っ端微塵にしてみたくてやった』


 突然の自白。警官やこちら側の人々はやっとかと喜ぶ。


『やっと言う気になったか』


『事情聴取受けてみたくてやった。有名になりたくてやった。社会を壊してやりたくてやった。ヒーローを嘲笑いたくてやった。爆弾の性能を知りたくてやった。もっと凄い爆弾を作りたくなってやった』


『は…?』


『アンタらが欲しいのはどの理由?いくらでも言ってあげるよ』


 ミラーガラスを見る名前。その目はまるでこちらを見透かすようだった。


『動物園のパンダになる気はないし、そもそも私はわざわざ爆弾作って人は殺さない』


 「なぜなら自分でやった方が早いから」自分を観察する人達に向けての言葉だった。彼等は確かに少女爆弾魔に人との違いを求めていた。その方が安心するからま。生まれながら考え方が違うとか、生い立ちに辛い何かがあるとか。理由が無ければ普通の子供が何かをする事は無い、ヒーロー候補が敵になる事は無いと思えるのだ。名前は視線を元に戻し、調査官を見つめた。


『オマエはどう?君は熱血そうだからなぁ。”人が死ぬのを見たくてやった“”次はお前の子供を爆発させようか”とか言えばいい?』


 それ程証拠が揃っているわけでもないのに突然逮捕され、動向、言動、全てを観察されている。しかも自分は完全なるとばっちりか、嵌められたかで。名前は実験用のモルモットにでもなった気分で、実際、この場にいる誰よりも苛立ちを募らせていた。


『キッサマッ!!バカにするのもいい加減に!!』


 調査官が怒りを露わに名前の襟を掴み上げた。


『そりゃテメーらヨ』


「やめなさい。今日のところはこれで終わりよ。彼女を部屋に」


 マイクを通して聴取の終了を告げる職員。すると外から数人の職員が現れ、手錠をはめられた名前は腕を引かれ、部屋を後にした。


「……なかなか一筋縄じゃいかない子のようね」


「はは、そうみたいですね」


 それぐらいで済めばいいなと思うホークス。だが、案の定それくらいでは済まなかった。


「容疑者が逃亡しました!!!」



prev next
back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -