『ご覧ください!駅は旅行客で賑わっています!どこに行くのか尋ねてみましょう』

 
 教員寮の共有スペースに置かれたテレビには沢山の人々でごった返した様子が映し出され、賑わっている。なぜなら今日は、大型連休の初日なのである。大型というだけあって、珍しい長期の休みに人々は旅行をしたり、遊びに出たりと様々にその日々を楽しむ。当然のことだ。


「……」


 だが、そんな様子を心底つまらなさそうに眺める顔が1人。寮生活ゆえに自由な外出を制限されている名前である。許可さえ取れば出ていけない訳ではないが、わざわざ自分の出かける場所を宣言しなければならないということが自分の性分には合っていない。つまり面倒だからと言う理由で水族館だの美術館だの動物園だの旅行だのを楽しむ人々を画面の向こう側から見るだけの連休初日を過ごしていた。

 名前は「退屈ネ」と呟きながら隙間なく積まれた直方体のタワーから、それを構成するうちの一つを思案する事なく引き抜いた。


「はーい。次エリちゃんのばーん」


「う、ん、むむ…。お姉さん…難しいのばっかり」


 うんうんと唸るエリちゃんの横で取り出したブロックを穴だらけのタワーの上に乗せ、ソファに体を倒す。そしてそこに座る相澤の脚に名前はしならせた腕と体を乗せた。


「ねー?相澤センセー」


「ダメだ」


「まだ何も言ってない」


 むす、と眉を寄せる。


「どうせ出かけたいとかそんなんだろ。お前ただでさえ普段から基本、教師伴わなきゃ外出許してねぇってのに近場だからって勝手に出て行ってんだ。ちょっとは自重しろ」


 実のところ外出制限の理由は一つでは無かった。


「だから先生誘ってんの。デートしよ」


 一緒に行けば無断では無くなる。そう言う名前に相澤は呆れた表情を向けた。


「悪いが俺は仕事が立て込んでる」 


「社畜だねー」


「あんだけ寮に人がいんだから退屈はしないだろ。誰かに遊んでもらえ」


「外がいいの」


 遊んでもらえを否定する事なく、だらけた口調を表すように立てた膝にもう片方の足を置く。上がった足により整えられたつま先がタワーの一部を押した。それにより、スッと出てきた頭を器用に足で挟み、引き抜く。そんな名前の真似をして今度はエリちゃんが上げた足の指を辿々しく動かした。


「器用な事すんな。エリちゃん、真似しなくて良いぞ」


 プルプルと揺れる足によりタワーの上にパーツがゆっくりと降ろされる。途端、積み木の塔はグラグラと揺れ、一気に崩れ落ちた。


「あちゃー」


「あちゃー」


「エリちゃん、ゲームでもしよっか」


「うん!」


 それから数時間後、ワンステージ攻略した事を区切りに、一旦昼食をとエリちゃんの住む一室から、A組の寮へと戻ってきた名前はソファで即席ラーメンの完成を待っていた。


「名前、戻ってたのか。連休はずっとエリちゃんの所から出ねぇのかと」


「んー、ロキちゃんとも遊んであげよっかなって」


 よーしよーしと近付いてきた轟の頭を撫でる名前。一見するとペット扱いに見えるが、普段からそういう扱いをされているわけでは無いために、ただの気まぐれ、きっといつもの戯れの一種だろうと轟は慣れたようにそれを怒ることなく享受した。


「そうか。悪りぃな」


「轟、頼んで無かったけどな」


 口角を上げ、初対面の時には見せなかった柔らかい表情で名前に言葉を返す轟。仲の良い友人という関係性が嬉しいのか、名前への信頼ゆえか、そういう2人特有のものなのか、轟は名前の行動に疑問は無いようだった。


「知ってるか名前。ラーメンの残り汁で作る茶碗蒸しが美味いらしい」


「と、轟からそんな庶民派なアレンジ法聞くなんて」


 ツッコミのため、そばにいた瀬呂は驚愕した。


「そうか?昨日、テレビでやってた。名前、よく卵料理食べてるだろ。好きなんじゃねぇかと思って」


「卵…?」


 はて…?と小首を傾げ、名前は最近オールマイトから貰った小さなオールマイトを蓋の上に置いた。うつ伏せに寝転んだ姿勢で両手で頬杖をつく彼は、鍛え上げられた肉体を晒しながらも中々、愛嬌がある。これは、ヌードルストッパーと呼ばれるそれ専用の物らしく、先日、自分じゃ使わないからと本人からセットで渡されたのである。

 様々なポーズがあり、懸垂中のオールマイト、腕立て中のオールマイト、スクワット中のオールマイトと、ヒーローファンは勿論のこと、マッスルファンも魅了中。身に覚えが無さすぎるあまり、関心が会話よりもオールマイトに向かう名前に上鳴は驚いた顔をした。


「えっ、お前無意識かよ。毎日、卵食ってんじゃん。鳥に恨みでもあんのかってぐらい」


「ナチュラルにパワー育ててんだな。まぁ、名前って概念マッチョみたいなところあるし」


「どーいう意味それ」


「いやっ、パワータイプって事で!」


 デコピンをするように指を曲げると必死にデコを隠す上鳴と瀬呂。丁度その時、タイマーがラーメンの完成を告げた。


「オールマイトーありがとうね」


 そう言って、オールマイトを退かす。するとキッチンの方でお茶を吹く音がした。


「そ、そそそ、それはっ、ガチャポンでしか手に入らないオールマイトヌードルストッパー!!しかも、キューティーver!!レア物だよそれ!どうやって当てたの!?」


「なんか貰った」


「ぐっ、羨ましい…!僕なんて物欲センサーのせいか全く当たらないんだ…」


 落ち込む緑谷と対照的にズルズルと呑気に麺を啜る名前。ガチャポンにも、オールマイトのミニフィギュアにも興味が無い名前は目元を押さえてオタク特有の悩みに項垂れる緑谷を傍目にテレビをつけた。パッと写った画面に真面目な顔をしたニュースキャスターが現れ、ニュースを読み上げていく。


『…です。先週から発生している爆発事故…』


 ずるずるずるずる。ニュースの音に「これ以上買ったらお小遣いが……!でも欲しい……」と言う緑谷の嘆きが混じる。名前はめんどくさそうに「あーーー」と声を出した。


「じゃあ何個もあるしあげるよ」


「いいの!!!!?あ”り”がどう!!!」


「うん。後で部屋取りに来て」


 涙を流し、緑谷が名前の前で膝を付く。名前はその必死な感謝にも目を向けず麺の続きをずるずると啜った。


「名前、俺にも一口くれ」


 隣に座っていた轟が名前に体を寄せる。


「いいけど、私、エンデヴァさんに怒られない?」


 「昔は塩分まで調整してたんでしょ」名前の冗談に轟の口元がムスッと尖った。


「冗談だよ。熱いから冷ました方がいいかも」


「ああ」


 
 途端、パキパキと氷がラーメンの外枠を覆った。


「……冷やせとは言ってないけど」


「悪りぃ」


 肯定的とはいえ、轟もされっぱなしではないらしい。彼の場合は無意識だろうが。名前はまぁいいかと返ってきた温いラーメンをまたズルズルとすすりだした。


『そして、その爆発が人為的なものだと言うことが先程、発覚しました。時限式の爆弾が現場に残されていたとのことです。今日までの一連の爆破場所は以下の通りです。警察はテロではないかと捜査を進めていますが、無差別ということも考えられ…』


「爆弾魔かー……」


 上鳴が呟く。特に話すこともない今、気付けば共有スペースにいた誰もが自然と黙ってニュースを聞いていた。その中で名前のラーメンを啜る音だけが響く。


『幸いにも犯行現場にあったカメラから被疑者が割り出されました』


「爆破かー、確かに派手だけど手口がみみっちいね」


 「あ、爆豪のことじゃないよ」「俺のことだろうが!!!」そんな雑談を挟みつつ、特に興味は無いとばかりにラーメンの汁を飲み始める名前。画面には犯人だと思われる人物の映像が写り出された。


『警察は未だ身柄を拘束できてはおらず、情報提供を呼びかけています』


「ん?」


 何かが引っ掛かる。そこに写ったのは画質は悪いが、どこか既視感のある姿だった。クラスメイト達はすぐにハッとした。そして、あんぐりと口を開け、ゆっくりと呑気にラーメンを食べる名前を振り返った。だが、本人は啜るのに夢中で気付いていない。耳郎は動揺に両手を振るわせながら名前の肩を叩いた。


「ちょ、あれあれあれあれ。見て、見てって」


 何さと言わんばかりに片眉を上げ、顔を上げた名前が画面を見上げる。そしてかき込む手を止めた。ゆっくりとカップが机に降ろされる。


『付近に見慣れぬ鞄や置物があった場合、近づかずに…』


 特徴的な髪と目。服装は違えど、テレビには自分と同じ姿の人物が犯行現場と思われる場所で周囲をキョロキョロと首を振っている姿が映っていた。年齢ゆえか顔にはモザイクがかけられているが、数十年生きた自分の姿形ぐらいは見ればわかる。そしてまたアナウンサーの注意の言葉と共に、念押しするようにもう一度さっきの映像が流された。目を擦ってみてもやはりそれは自分だった。


「……あれ、なんか私が映ってるアル」


「(ど、動揺してる!!)」


 名前さんって動揺するとエセチャイナになるんだ、と新たな発見に一瞬、ツッコみたいようなそわっとした気持ちになるクラスメイト達。一種の現実逃避である。だが、ズルッと啜られたラーメンの音にすぐに現実へと戻ってきた。もちろんそれは目の前の名前から発せられた音だ。

 テレビを見る彼女は別段嬉しくもなく、悲しくもないというような表情で、一見すると普段通り。だが、クラスメイト達には彼女の動揺がありありと伝わってきた。なぜなら、使っていた箸がど真ん中で折れていたからである。

 もちろん、本人に心当たりなどなかった。オセオンでのあれやこれとは違って、ただのんびりしていただけの今、事件のことなんて知りもしなければ自分がした覚えも当然ない。


「(え、どうするどうする。この状況!!)」


「(わっかんねぇけどコイツが爆弾魔な訳なくね!?)」


 目の前で級友が犯人として取り上げられていることに戸惑いを隠せないクラスメイト達。名前も当然、驚いていた。だが、その足は誰にも気付かれないよう動いていた。瞬間、Boomと爆破が起こる。


「な!!」


 さっきまで名前が座っていた場所。ソファには大きく焦げ跡が付き、爆豪が拳を振り下ろした体勢で立っていた。だが、そこに名前の姿はない。


「……確保が先だろ。やってんのかやってねぇのかは今は関係ねぇ」


 爆豪が睨み上げる先には机から見下ろす名前がいた。


「まー確かに」


 そりゃそうだ。と頷く名前は落ち着いている。


「(どうしたもんか)」


 爆豪は本気だ。他のクラスメイト達は今は動揺が大きいせいで何もしてこないが、おちおちしていると確保に乗り出してしまうだろう。即決即断は日頃から鍛えられている彼らだ。

 切り抜けるにもあるものは足元にあるラーメンの残り汁、幸いなことに傘は持っているが、生憎、生徒には向けられない。まぁ、とりあえず逃げるか。名前は足を少しずつ少しずつ下げた足のつま先をラーメンの容器の側に付けた。何にせよ早くしないと教師が来てしまう。スープを蹴り上げ、目眩しにしよう。


「!」


 そう思った瞬間、騒々しい物音を立て、室内に銃を持った複数の警官が押し入った。


「早すぎる」


 まるで準備していたように。ましてやその全員がすでに銃を構えているのだ。クラスメイト達は机上の名前を取り囲むようにして作った警官の円から慌てて距離を取った。


「動くな!!夜野名前、貴様をテロ行為、爆発物取締罰則及び傷害の容疑で連行する」


「プロヒーローも連れねぇで突入してくんじゃねぇよ。あのクソ女が銃持っただけのヤツらなんかに捕まえられっか」


 不用心な警官に嫌悪感を表す爆豪。本気で不本意だが、名前がただのチンピラ同然の扱いは納得がいかないのだ。たとえ、ここがヒーロー志望の寮で、周りの協力が望める場所だとしても。

 それに、もちろん爆豪も彼女が犯人だとは思っていなかった。


「やりそうな女だが」


 だが、彼女がするならもっと派手なことを。さらに自分でやるだろう。だからこそきっと誤認だろう、話を聞くだけで終わる。そう思っていた。だからこそ思った以上に大掛かりな捕物に少なからず動揺し、押し退けた警官に抵抗しなかった。


「いきなりきて銃突きつけるなんて強引過ぎるんじゃないか。それにこっちはまだ学生だぞ」


 信じられない。と轟が腕を広げ名前と警官の間に割って入る。だが、警官達は引き下がろうとはしなかった。


「今、ニュースで……遅かったか」


 扉に手をかけ、息を荒げた相澤が飛び込んでくる。相澤はさっきまで部屋でテーブルゲームに興じていた名前が数時間もしないうちに警察に銃を向けられている今の状況に心底驚いたが、彼はプロだ。すぐさま冷静さを取り戻し、現場指揮官の腕を掴んだ。


「相手は学生だ。手荒過ぎるぞ。礼状は?もしくは捜査資料を見せろ」


「これは緊急逮捕だ。プロヒーローとはいえ、捜査に関係のない人物にお教えする事はできない。それに相手は元ヒーロー候補生、戦闘経験もあるような凶悪犯の確保に手加減するバカがいるか。むしろ、あなたも確保を手伝うべきだ」


 相澤の眉が不愉快そうに寄る。


「お言葉だが、コイツは元じゃなく現・ヒーロー候補生だ。それに、寮生活で外出のできないコイツにはアリバイがある。学校に確認の連絡はしたのか」


「答えられない」


 担任である相澤に連絡がきていないのなら、していないという事になる。途端、鋭さを増す彼の眼光に警官は怯んだ。きっと先生達ならば何とかしてくれるだろう。そんな安心感が生徒達に生まれ、轟は机上の名前を降ろそうと手を伸ばした。


「は、離れなさい!危険だ!」


「おい」


 名前の手には一膳の箸しかないが、何をするか分からないと焦った警官が轟を押し退け、よろけた轟を支えようと机から降りた名前の足元に威嚇射撃が撃ち込まれた。


「動くな!!」


「轟、大丈夫?」


「あ、ああ」


「動くなと言っただろ!」


 警官の言葉を無視し、手を差し出した名前の肩に勢いよく振り下ろされる警棒。ゴッ、と鈍い音がした。それを皮切りに、円になっていた警官達が確保しようと詰め寄る。そして何度も何度も関節や首元に警棒が振り下ろされ、動きを止めるよう押し付けられた。

 少しずつ、紺色の服に華奢な体が埋もれていく。そうしてその姿が見えなくなった時、塊が動きを止めた。だが、相澤の目には警棒と腕の隙間を抜けた白い手がそっと1人の警官の顔面へと伸びているのが見えた。


「名前!」


 反撃はダメだと咄嗟に名前を呼ぶ。途端、動きを止めた名前に、これ幸いにと紺色が手錠をかける。ガチャとその手首から、自由が消える音がした。


「こい!」


 手首に一度視線を落とし、歩き出す名前。それを呼び止めたのは八百万だった。


「名前さん、」


 眉尻を下げ、胸の前で両手を結んだゆっくりと前に出る。

 目の前で敵が捕まるなんて、ヒーローになればよくあることだ。だが、それがクラスメイトだなんて。そんなもの慣れたくない。

 違いますよね、違います。きっと、あなたはそんな事、しませんわ。今度もきっと間違いです。でも、ヒーローとしては…。ヒーローと自分が八百万の中でグラグラ揺れる。そんな不安をどうにかできるのは目の前の人物だけで、そしてそれが張本人であることは考えなくても分かった。でも、今はどうしようもない。ぎゅっと握り締められる拳。


「大丈夫」


 その時、不安げに揺れる瞳ににっと笑った名前の顔が写った。紺色が八百万の背中を退くようにと力強く押す。


「安心していい。遊びにいくだけ。連休だからね」


「え……?は、はい!ええ、ええ!紅茶を淹れてお帰りをお待ちしてますわ!」


 きっと、彼女はしていない。八百万は自信を持って思えた。


「……」


 そんな心配の目を向ける生徒達の側で、攻撃を止めた相澤の目線は手錠から離れない。それが逮捕の決め手になったのだと言う事実にどうしても目が離せなかった。容疑者への情けはプロヒーローには必要の無いものだが、相手は自分の生徒だ。ヒーローを目指す生徒の手首には似つかわしくない物に言葉が出てこない。

 警官への暴行は名前の罪を重くするだけであり、止めた事はかえってよかった筈だが、無実な筈の名前にその所業は如何なものか。だが、本当に無実かも分からない今、ただただ消化しきれない気持ちだけが胸を巣食う。


「押すな」


 そんな相澤の前に自分の背中を押す腕を払い退けた名前が立った。そして胸の辺りにぽすんと頭をもたれ掛ける。相澤は置き慣れた頭に手を乗せることもせずに、ただ立ったまま自分に頭を預ける生徒の小さな声に耳を傾けた。


「センセ、私やってないから」


「……ああ」


「信じてる?」


「信じてる」


「そのまま信じてて」


 体を起こした名前は背筋をぴんと張って前を向き直した。そして出掛けの挨拶のように繋がった両手を上げて、ひらひらと振る。


「名前……」


 そこへ伸ばされる轟の手。名前はその手を両手で取ると一度、力を込めて握った。今回はオセアンとは違う。轟には何も出来ない。


「じゃ、ちょっと行ってくるね」


「……」


 ちょっとそこまで、とでも言うような名前に、轟は何も言わなかった。



prev next
back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -