「そういう訳だったのか…」
「ごめんね天喰さん」
「いいんだ。プロにも連絡済みだし、後は傘取り返すだけだよね?」
「うん」
「えっと、なら、その格好は」
学校が分からないようにとの理由でネクタイは外され、上からフード付きのパーカーを被せられる。これでは人相すらも分からない。
「コスチューム無いしね」
それでもヒーロー候補生なら、校章まで外さなくてもいいのでは?という天喰の疑問は「通報された時用に」と言う名前の言葉にすぐさま引っ込んだ。
「その、相手の場所は分かってるのか?」
「実は少し前に車に発信機つけた」
「調査してたのか……」
「まぁ、怪しさ丸出しだったからね」
「なぜ今まで黙って」
「子供は怪我もして無かったし、発育も正常。家族と住みたいって言ってたから、あのまま子供だけ保護させるって訳にはいかなかった。おかげで父親探しが時間勝負になって苦労したよ」
「見つかった?」
「うん。薬中の母親が子供連れて逃げ出して探してたみたい。母親は今、それを捌いて生活してる。で、今向かってるのはその元締め」
「それ全部一人で調べたのか?誰にも言わずに?」
「寮生活じゃ一人では無理だよ。外の知り合いから噂聞いたり、調べてもらったりなんやかんやで」
「…」
驚きだ。それはほぼ一人でやったようなもんじゃないか。名前は一直線、発信機の場所に向かっていく。着いた場所は、一見何の変哲もないビルだった。
「どうやって返してもらう…ちょ、名前さん?」
電柱の側で身を隠す天喰と、特に隠れる訳でもない名前。
「よし、行くか」
「慎重さは!?」
「ここまで慎重にしすぎた。こっからは大胆に行こ」
本来なら、すぐに潰すつもりであったところを調べ上げ、機会を窺っていたのだ。だが、やっぱり慣れない事はするものじゃない。天喰を置いて名前はドア前にいる黒スーツの男に近づいていく。
「こんにちは」
「あ?んだよガキ。何の用だ」
「雨宿り」
名前は笑顔を浮かべると黒スーツの頬に拳を入れた。入り口を破り、飛んでいく黒スーツ。
「名前さん!?返してもらうだけって」
「借りも返せー」
中に進んでいく名前。すると中でドンドンと銃声が響き始め、敵が殴り飛ばされているのだろう音がし始めた。
「名前さん一人にするわけには……。でも、敵の戦力も何も分からない。もし治崎の時みたいなことになったら」
ネガティブな考えばかりが頭に浮かぶが、足はゆっくりとビルに向かう。だが、ビルに足を踏み出せない。窓の奥では名前が銃を避け、黒スーツを殴り飛ばしている。飛んだ黒スーツが天喰の前の窓を破り、中にいる名前とぱちっと目が合った。
「天喰さん、大丈夫。何とかなるよ」
「何とか……」
「なーんにも考えないでやってみるのも面白いよ。だって、これはヒーロー活動じゃないんだからさ」
気負う必要は無い。
「……」
天喰はぐっと歯を食いしばると外から上階の窓を割り、そこに飛び込んだ。
「大胆じゃん」
上階で響き始めた拳銃の音を聞いて名前は口角を上げる。そして、向かってくる黒スーツをまた一人、殴り飛ばした。
ーーーーーーーーー
「お疲れ」
「やってしまった……。プロヒーローを待った方が良かったかもしれない……。名前さんを止めた方が……いや、俺なんかじゃ止められない」
上下で挟み撃ちし、再度落ち合った名前と天喰。天喰は自己嫌悪に陥っていた。
「ふはっ、天喰さんはそっちの方がいいかもね」
「名前さん……。えっと、この人」
天喰のタコ足で縛られた女が前に出される。女は子供の母親だった。
「傘。返して」
「アンタがッ、買ったのか!当てつけか!私への!!傘も買えない私への!!」
「八つ当たりだぁ」
「クソがクソがクソが!!迎えに行かなきゃよかった!いつもいつも……!!!やっぱり置いていけばよかった!!捨てたかったのに!!!なんで!!!」
名前は女の頭に軽く手を当て、コンッと小突いた。
「……」
ガクッと頭を落とし、気絶する女。女は雨が降るたびに子供を学校の前に捨てていたのだ。本当は連れ帰る気なんてなかったのである。天喰は名前を見た。
「名前さん」
「さ、傘も取り返したし、帰ろ」
「うん……」
ーーーーーーーー
「ほんっとにありがとうございました!!!」
「はいはい」
すっかり元気になったあめの隣に立つタコの頭を持つ男。彼は子供の父親だった。
「気にしなくていいよ。大したことしてない」
「姉ちゃん、お母さんは……?」
「……」
あの母親の言葉をこの子供に言うべきでは無い。だが、子供は家族で暮らす事を望んでいる。天喰は何と言っていいのか分からなかった。
「捕まったよ」
「えっ」
「名前さんっ」
「自分でも分かってたでしょ。私は慰めたりしないし、君に同情もしない。わかるね?私には家族でもう一度暮らしたいって君の願いを叶えてはやれない」
「うん……」
「傘は取り返してやれても、それは自分で解決するしかない」
「……」
母親のことを言えばどうなるかなんて子供にも分かっていた。それでも言ったのだ。
「今はまだ会えないけど、すぐまた会えるようになる。その時はお母さん、自分で助けてあげなね」
「分かった」
子供は顔を上げるとまっすぐ名前を見た。ふふっと笑った名前が腰を曲げる。
「いつでも会いに来ていいよ。また雨宿りしよ」
「うん……!」
車に乗り込むあめと父親。透明な窓が開いて、あめが手を振る。
「姉ちゃん…!俺の個性”雨男”なんだ。俺、ずっとこの個性嫌いだったけど…ちょっと好きになったよ。ありがとう!!」
「タコの兄ちゃんもありがとう!」
あめは車が見えなくなるまで手を振っていた。
「なるほどね。そりゃ雨ばっかりなわけだ」
「会わせていいの……?」
天喰はふと、先ほどの会話で気になっていたことを聞いた。
「さぁ。でもあの母親はクソだったけど、愛はあったと思うよ。じゃなきゃ、傘買えなくて私にキレたりはしないし、なんだかんだ毎回連れて帰ってたじゃない」
「そうか……」
にこっと笑った名前が、晴れ空の下、傘を開いた。そしてその中に天喰を入れ、歩き出す。
「天喰さんと私、合わせたら意外と丁度いいかもね」
慎重すぎる天喰と大胆な名前。
「そうだね」
「あれ、なんか遠慮なくなってる」
「わ、ごめん。嫌だったら…」
「嫌じゃないよ」
「多分、一緒に出かけたからかな」
眉を寄せ、困ったような顔で笑う天喰に名前も笑った。
「ふふっ」
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