夜の兎 | ナノ


▼ 1

 
 ポケットからここ2日触っていなかった端末を持ち上げ、大量のメッセージに返信の文字を打つ。端末は嫌な悲鳴を立てることなく、名前の手に収まっていた。

 あれから数日。力加減が出来なくなるという不具合はなんだったのか。名前は保健室登校を終え、いつも通りの日常を過ごしていた。

 リカバリーガールの元に送られたのも原因の究明などではなく、相澤なりの気遣いであったらしい。人間に合わせて作られている数々の物は強度が低いから仕方がない事だが、いつもよりさらに日常生活全てを慎重に過ごさなければならなかったから、保健室にいられたのは正直、助かった。おかげで物が簡単に壊れるというストレスと付き合わなくて済んだのだ。今や一応気をつけてる程度で生活に問題は無い。とは言え、ずっと動きに注意していなければならないのはストレスが溜まる。

 名前はここ数日で溜まったそれを発散しようと人の居なさそうな訓練場を探して雄英の敷地内を歩き回っていた。


「空いてない」


 向上心のある雄英の生徒たちは当然、自主練にも積極的だ。それは学科を問わずとも。仕方ない、としばらく敷地内を当てもなく歩く。気付けば学校の端に来ていた。そこにあったのはベンチが一つ。なんだか少しくたびれた。草間の影に隠れたそこにゆっくりと腰を下ろす。


 ニャー


「……」


 野良だろうか。太った猫が距離を空けて隣に座る。なんとも太々しい猫だ。人馴れしているようだからきっと誰かが構っているのだろう。猫は名前を警戒することもなく、むにゃむにゃと口元を動かしてその場に伏せた。


「ふ、間抜けな顔」

 
 欠伸を溢した猫に名前は小さく微笑んだ。そして、開いた傘の中に体全てが入るよう膝を抱えて座る。途端、心に少しの重さが加わったような感覚がした。


「(なんだか……面倒)」


 名前は時折、自分の勘が嫌になることがあった。


「”じゃあね“か」

 
 それは鷹の言葉だ。

 戦いには死ぬのも仕事のうち、という場面がある。腕一本で済んで万々歳という時もある。例えどれだけ強かろうと関係はない。ただ、そういうものなのだ。自分にもその意識はあったし、覚悟もあった。例えそうなったとしても名前に葛藤は無かっただろう。それは同胞も同じこと。

 何人も殺してるのに自分だけは殺されないなんて保証はない。強いものが搾取するが、搾取されることもある。搾取するために搾取されることだってある。それを名前はよく知っていた。そして、弱ければ弱いほどに容易いということも。

 名前にとって死は”そんなもの“だ。常に近くにあり、重く、そして軽い。人間に比べ、死に対する感覚は薄い、という自覚もあった。

 ただ、それでも、近しい人達への情けや悲しむ心が無いわけじゃない。


「ほんといやになる」


 人間の脆いところが嫌いだ。人間の弱いところが嫌い。そのくせにこの世界の人間は己よりも他人を優先するのだ。名前にはその感覚は分からない。だが、彼らが薄命であることは予想に易かった。

 なにもそれは信用してないというわけでは無い。ただ、信頼できない。生きるという信頼が出来ない。他人の為に命をかける彼らは美しいが、脆い。自分の手が触れた途端、崩れ落ちるのではないか。そんな予感すらあるのだ。


「何やってんの?」


「…何にも」


 近付いてきた気配に顔をあげる。そこにいたのは体育祭で騎馬戦を一緒に組んだ心操だった。歩み寄った彼が差し出した手に隣の猫が擦り寄る。その手慣れた仕草に名前は猫がやけに人慣れしていた理由にああ、と納得した。


「触る?」


 猫を見つめていた名前が羨ましそうに見えたのか、心操はそう言った。


「無理だよ。私が触ろうとすると逃げる」


「隣にいたのに?」


 試してもいないじゃないか、と言わんばかりに心操が名前を見る。


「すぐに逃げられるとこだったよ。動物は敏感だからね。危険には近づかない」


「あんたは危なくないだろ」


「ほら」っと心操は持ち上げた猫をずいっと名前へと近づけた。やってみろと言わんばかりの心操と猫の間で名前の視線が動く。


「(なんか……戸惑ってる?)」


「いいから」


 ゆっくり、ゆっくりと名前の手が猫へと伸びる。猫は耳を横に倒すとシャーっと牙をむき、毛を逆立てながら手を払おうと爪を出した。


「ね」


 つま先が緩く曲がり、名前の手がゆっくりと引く。それを見た心操は「ほら、いい子にして」と猫の頭を手で撫で付けると名前へと手を伸ばした。


「手、貸して」


 白い手を取り、ゆっくりと猫の顎へと運ぶ心操。そして、名前の手にふわふわとした毛の感触が触れた。心操の手が重なっているからか、猫は今度は払おうとはしなかった。


「ほらな。あんたがそう思ってるだけだ」


「そう…」


 じっと自分を見つめる心操の視線から逃げるよう名前は傘を被り直した。その時、名前の耳に普通の人間よりも小さな足音が入った。

 
「あ?お前ら何してんだ」


 しばらくして草をかき分ける音と共に聞き慣れた声が落ちてくる。名前の目線からは足元しか見えないが、それが誰かはすぐに分かった。


「相澤先生こそ」

 
 傘を上げ、顔を見る。なんでこんな所に?名前がそう目で伝えると相澤はちらりと心操に目を向けた。


 ああ、なるほど。彼のガタイが良くなっていたのは相澤先生のおかげであるらしい。きっと体育祭で言っていた編入の件だろう。確かに優勝しなければ移籍できないなんて言ってなかった。それに相澤先生は強さだけを見て可能性を潰したりはしない。なんせ、本人が攻撃力の無い個性なのだから。


「ふーん、良かったネ心操。先生の動きはキミの個性にも向いてるし」

 
 個性だけじゃヒーローになれないから彼は入試に落ちた。きっと対人戦なら有利という自信があったのだろう。オールラウンダーな個性と比べれば彼の運は悪かったとも言えるが、どうせいつかは個性一本勝負では折れていた。
 それに体育祭で実力を示す気だったなら自分の不利な点を補えるぐらいには体を鍛えてくるべきでもあった。今更だけど。

 彼の見通しは甘いが、相澤先生が鍛えてるぐらいだからきっと見込みがあるんだろう。


「なんで今ので分かったんだよ」


 眉を顰め、心操がそう言った。


「こう見えてもコイツは結構人のこと見てるからな。んで?お前こそ何してんだこんなとこで」


「鍛錬しようかなーって思って人のいない訓練場探してた」


 相澤はしばらく考えると、「じゃあお前も来い」と言った。


「この時間は混むからな。あらかじめ予約しておいた」


「さすが合理主義」


 断る理由はない。名前は相澤と心操の後について数ある体育館の一つへと向かった。



「組み手するの?」


「ああ。心操、いつも通りやれ」


 ストレッチを始める心操。名前はそれを見てゆっくりとその場に腰を下ろした。


 さて、何をしようか。


 己の師匠は良くも悪くも適当な人だった。訓練といえば互いのタマを狙って殺し合うくらいなもので、ろくな修行など思い返せば一つもない。名前は意外なところに相澤の甲斐甲斐しさを感じながら、柔軟のため、脚を開いた。その状態で数度慣らしてさらに脚を広げ、完全に開ききったところで体を前に倒し、上半身を床につける。すると、心操が感心したように息を吐いた。


「体柔らかいなあんた」


「柔軟性は大事だよ」


 名前が心操の緩く開いた脚に目を落とす。


「それはわかるけど」


 心操はその視線にどこか咎められているように感じながら脚をさらに大きく開き、目線を逸らした。


 責めるつもりは無かったんだけど…。


 名前はすぐにそれに気が付くと自身の足首に手を添え、心操から視線を外した。


「……例えば蹴り」


「?」


「可動域の広さで威力も変わるし、動きに幅が出る。手足の関節だってそう。相手の予想を上回る動きが出来ると、隙も突ける。例え1センチの差だとしても、その1センチが命運を分けることもある。相澤先生の動きをするならもっとしなやかさを上げたほうがいい。パワーだけじゃ、ネ。君の個性は奇襲で活かせるのに勿体無いよ」


 得意なことは少ないよりも多い方がいい。そう言った名前の話を相澤はただ黙って聞いていた。それは彼も同意であるということだと心操は気付いていた。


「意外と考えてんだな」


「パワーだけの脳筋だと思ってた?」


「いや、そうじゃないけど……」


 羨んでいた。そう素直に答える心操に名前は笑いを溢した。


「私、個性ないよ。そういう体の作りなだけで」


「は、」


 “個性”の無い私を羨む”個性”のある彼。私は個性なんてどうでもいいとすら考えているが、彼は今、それを聞いてどう思っただろう。名前の悪戯心に心操は信じられないと目を丸くする。


「ま、パワープレイな部分があるのは否定しない。ただ戦闘ってのはそれだけじゃ勝てない。強みは色々ないとね」


 名前は「例えば」と言葉を続けた。


「多分、小難しい相澤先生の真似だってやろうと思えば私にだって少しは出来ると思うよ。それは別の経験があるから。つまり、予測と観察と経験があれば大抵の事はできるようになる。頑張ってね」


「ほう、やってみるか?」


「めんどくさいから嫌」


 めんどくさそうな顔を隠しもしない名前。だが、きっと「できる」と言った言葉は本当なのだろう。確証は無いが、相澤はそう思った。そして、一つの案を思いつく。それは当然の案だった。


「心操、夜野と組手やってみろ。個性無しの体術だけでな。夜野、力入れすぎんなよ」


 1人で筋トレするよりかは有意義だろう。そう言った相澤に名前は一度、笑みを浮かべたまま頷いた。





「準備はいいか」


「はーい」


「はい」


「始め」


 合図と一緒に真っ直ぐ、捻りなく飛び出した心操が拳を突き出す。名前はそれを懐に入り込むようにくるりと回転しながら避けると回転と共に心操の後頭部に肘鉄を入れた。


「ぐっ」


 心操が体勢を崩したその時、首後ろを手で軽く下に押し、ジャンプで膝を置いて地面に押さえ込む。体が全て地面に着いたのを確認するとすぐに上から離れ、彼が立ち上がるのを待った。


「押さえ込み…地味な技だな」


 怪力を使った派手な攻撃でくるかと思ったのに、頬の汚れを拭いながら心操は苦笑する。名前はふふっ、と柔らかく微笑んだ。


「……」


 地味でも君にとっては効果があるみたい。


 言葉にせずとも表情から伝わる名前の心情。その瞬間、心操の中に、その余裕を消したい、という気持ちが生まれた。いい勝負なんて難しいのは分かっている。だが、それよりも自分が負けず嫌いなことは自分が1番知っていた。

 すぐに笑顔を消し、立ち上がる。そして、距離を詰め、今度は蹴りを放った。顔を狙えばきっと防御するはずだ。その隙を狙って…。

 だが、名前はその蹴りを直情的だと一瞥すると、その場にさっとしゃがみ込んだ。


「……」


 蹴りが避けられ、さらに足首を掴むように手が伸びる。心操はすぐにジャンプでそれから逃れた。だが、それはブラフである。跳んでしまえばもう終わり。空中という逃げ場のない無防備な彼の腹に名前は軽く掌底を打ち込んだ。


「(はやいっ)」


 お腹を押さえ、よろける心操。だが、掌底は腹部に当たっても大したダメージにはならない。それにフラついている割には重心がしっかりしていた。


「(またブラフ)」


 実力が及ばないことを分かっているからこそのそれ。戯れ合いにもまだ遠いが、やっと出始めた実戦味に名前は誘いに乗るフリをして拳を突き立てる。それは体育祭で緑谷が見せたものと同じ誘い込みだった。すぐに気付いた心操の手が名前の腕を取ろうと伸びる。その瞬間、名前は即座に体勢を変え、地面に手をつくと、回転しながら腹に向かってドロップキックの姿勢を取った。


「な!?」


 驚いた心操の腕が離れるが、でも残念。これもフェイント。慌てて防御に変わる心操の腕を片足で弾き、名前は無防備な横腹を軽く蹴った。


「がはっ」


「ブラフがわかりやすい。フェイントもブラフもバレないようにやらなきゃ。教えてあげるよ」


 よろける心操に間合いを詰め、握った拳を顔に向けて放つ。名前は反射的に目を瞑った心操の顔面すれすれで拳をぴたりと止めると一足遅く防御の構えを取る腕を持って投げた。軽々放られた心操が地面に倒れ込む。


「これがフェイント。当てる気でやるのがコツだよ。じゃなきゃ相手は乗ってこない。そういうのは簡単にバレるからネ。それに今みたいに相手の反応が遅れることもあるから相手の動き次第でそのまま本命にできるといいヨ。それと攻撃される時に両目瞑るのはやめた方がいい。相手の動きから目を離しちゃダメ」


 そんな心操に名前が手を差し出す。心操は何の警戒も無く、その手を取った。


「こういうのもブラフネ」


 名前は心操が起き上がったところで自分の方に手を引くと、背後に回り、首に腕を回し、関節を固めた。


「なっ」


「敵は手、貸してくれないけど」


 途端、手を離し、体勢が整う前にその肩を蹴る。そして名前は吹き飛ぶ心操のその先に向かうと目の前に飛んできたところで心操の頭を両手で押さえ、己の体を浮かし、今度は両足で腹を蹴った。空中で体勢を立て直した心操が片足を地面につけ、すぐさま蹴りを返す。


「上ばっかり」


 しゃがんで避け、伸ばされた足を両手で上にポンと押す。そして、残った軸足の足首を掴み、くるんと回すと脚を取られた心操がごろごろと地面を転がった。そのされっぷりについ、けらけらと笑う名前。すると、やれやれと首を振った相澤が「それまで」と手を上げた。


「終わりだって」


 転がっている心操にもう一度名前が手を差し出す。今度は少し躊躇した彼だったが、またすぐにその手を握った。


「…俺は正直あんたの”個性”を羨んだよ。パワーがあって、瞬発力もある」

 
「うん」


「あんたの言った体の作りが個性とどう違うのかは正直よく分からない。それに本当か分かんないしな。でも、あんたの技術はそれに関係ない事がわかった。そこを羨むのはやめるよ。…今の組手で気になる事あったら教えてくれないか?」


 強くなるには謙虚な姿勢は大切だ。自分に謙虚さがあったのかと言われれば不明だが。吸収するという意味ではその姿勢は強くなるまでには必ず必要になることは知っている。名前は組手をして思った事を素直に伝えた。


「全体的に大振り過ぎる。私が逆の立場ならもっと手数で攻める。相手に反撃させないためにネ。あと予測が足りない。相手が早くて動きを見てからじゃ間に合わないならもっと次の動きを意識した方がいい。今回は君に合わせたけど、実戦じゃあと数倍は速い。あと、私は致命傷になるような攻撃はしなかった。そういう相手の意図を意識して動けば反撃のチャンスがあったかもネ」


 容赦が無い。失礼ながら彼女をマイペースで決して思慮深い方とは思っていなかった心操はその意外な面倒見の良さも相まって驚いた。


「わかった」


「次は俺とだ。用意しろ心操。夜野、2分測ってろ」


 厳しいことだ。碌な休憩もなしに名前へとストップウォッチが差し出される。今度は布も個性もアリで。相澤がそう言うと心操は口元にマスクのような装置を付けた。あぐらをかいてボタンを押す。あれは多分、変声機だろう。


「始めてるよ」


「言えよ」


「実戦じゃ無いでショ、そんなの」


 互いに伸びる布。だが、やはり両者には圧倒的な経験の差があった。操作はやはり先生の方が段違いで上手い。早いし、動きに無駄が無いから心操が捕らえるのはきっと難しい。心操の動きも悪くはないが、やはり練度不足。時折絡まる布にはまだ無駄な動きが多い。きっと相澤の手を取ろうとしているのだろう。布は脚を狙うこともあれど、真っ直ぐな軌道がそれを教えている。応用が必要とされる個性にしては随分と素直な性格だと思った。しばらくそんな二人の動きをじっと眺め、時間を潰す。そうして忘れかけた頃にストップウォッチを見ると時間は1分55秒を指していた。


5


4


3


「『先生―2分です』」


2


ドサァァ


1


「2分」


 床に突っ伏したのはやはり心操の方だった。


「やっぱりそれ変声機だったんだね。私の声に返事か、気を抜いた瞬間を狙った訳だ」


 地面に寝転がる心操の首元の機械をしゃがんだまま爪で触れる。口元全体を覆うようなそれは重厚だ。そんな名前の隣に立った相澤はポケットに手を突っ込んだまま「残念だったな」と大の字に寝転ぶ心操を見下ろした。


「こいつは俺に一切、敬語を使わない」


「それ誇れるんですか」


 「互いにしか分からない情報があった時にどう動くか考えとけよ」と相澤は気恥ずかしさを隠すよう、布で口元を隠しながらそう言った。


「先生―、私も布ありがいい」


「…3分休憩して次は夜野とやれ」


 相澤はそう言うとその場に座り込み、水のボトルを傾ける名前へと歩み寄った。そしてしゃがみ込み、目線を合わせる。その目はどこか真剣で、名前ははて?と首を傾けた。


「お前、なんかあったのか」


「なんで?」


「力の調整の不調。あれは心の問題からきてるやつだろ」


「林間の時、お前の話をもっと真剣に聞いておくべきだった」


 林間合宿、敵襲撃の前日の夜の事だろう。真っ直ぐに自分の目を見る先生の顔はいつもと同じだったが、その目には一瞬後悔が見えた。


「あれは私も油断してたし、自分でも勘違いかなって思ったから仕方ないよ」


「それでもだ。それにお前は学生。本来なら俺達が気付くべきことだった。悪かったな」


「ん、先生なら許すよ」


 そう言えば先生はいつものずっしりと重みがあって、髪を混ぜるようなのとは違い、優しく、それでいて少し不慣れに数度、頭を撫でた。


「お前の勘、いやそりゃ最早察知能力だな。なんにせよ普通じゃできない事には違いない。また何か感じたか?」


「感じたってほどの事じゃない。嫌な予感がするだけ」


 相澤は少し考え、「頭に入れておく」と言った。だが、それは名前にとって意外な反応だった。なぜなら、ただの勘でしかないからだ。するとその視線に気付いた相澤は首元の布を引き上げ、もう一度口元を隠し、言った。


「お前がそんな事を考えるってことは何かしらそれに至る理由があるんだろ。俺はただの勘を信じたりしない。それでお前の不調が軽くなるかは分からんが」


 信頼と信用と心配。それが彼が自分に向けるもの。名前は相澤になら少し本音を溢してもいいかもしれない、と思った。


「先生は死なないでね」


 言葉にした途端、名前は自分自身で言ったことに対し、なんて軽薄な言葉なのだろう、と思った。ここの人達が死んでしまいそうなのは変わらない。それは相澤が何を言おうと。むしろ、彼だからこそ。なのに死なないでなんて。


「約束はできん。でも善処はする」


「はは、」


 それは相澤らしい返事だった。弱くて強い人間らしい彼の言葉。自分は多分、これからも彼らを信頼する事はできない。でも、それでいい。自分は自分なりに彼らを殺させないようにするだけだ。きっと取りこぼすこともあるだろうが、私は力持ちだから。持てない事はない。弱気になるなんてらしくない。不安になるなんてらしくない。私のする事は変わらない。ただ好き勝手に、好きな事をして生きればいい。今までどおりに。名前はほんの少し軽くなった体で立ち上がる。自分で立ち上がる。


「先生がピンチになったら、私が行ってあげる。多分ネ」


「…ああ」

 
 ちなみにその後の心操戦は開始早々、名前の腕に布を巻きつけたところを期末試験の相澤よろしく逆に彼を振り回すというパワープレイで名前が勝利した。   


「技術うんぬん言ってたのに結局力技かよ…」


「その方が簡単な時はね」


「(簡単……)」


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