夜の兎 | ナノ


▼ 9


『生徒の安全……と仰りましたがイレイザーヘッドさん。事件の最中生徒に戦うよう促したそうですね。意図をお聞かせ下さい』


『私共が状況を把握できなかった為、最悪の事態を避けるべくそう判断しました』


『最悪の事態とは?26名の被害者と2名の拉致は最悪と言えませんか』


『………私があの場で想定した”最悪”とは生徒が成す術もなく殺害されることでした』


『被害の大半を占めたガス攻撃。敵の個性から催眠ガスの類だと判明しております。拳藤さん、鉄哲くんの迅速な対応のおかげで全員命に別状はなくまた、生徒らのメンタルケアも行っておりますが深刻な心的外傷などは今のところ見受けられません』


『不幸中の幸いだったとでも?』


『未来を侵される事が”最悪”だと考えております。』


『攫われた爆豪くんと夜野さんにも同じ事が言えますか?』


 その質問は何を意図しているのか。想像には易いが、相澤は信じられないと言う気持ちを押し留め、言葉の続きを待った。


『体育祭優勝、ヘドロ事件では強力な敵に単身抵抗を続け、経歴こそタフなヒーロー性を感じさせますが反面、決勝戦で見せた粗暴さや表彰式に至るまでの態度など精神面の不安定さが。夜野さんは体育祭3位、目立った不安定さはないものの準決勝にて、好戦的である事が散見されています。数人のプロヒーローによればあれは言葉は悪いですが殺意があったのではないかとの噂も……。もしそこに目をつけた上での拉致だとしたら?言葉巧みに彼らを拐かし悪の道に染ってしまったら?未来があると言い切れる根拠をお聞かせください』


 散々な言われようである。画面の前の名前は記者の言葉に目を細めた。爆豪はまだしも、自分は心当たりがあるし、そう思われることにそれほど何かを感じることはない。だが、相澤をわざと苛立たせるような質問には自然と舌打ちが漏れる。すると、死柄木が「ガラ悪りぃなぁ」と揶揄うように言った。ここで相澤が怒りを見せればきっと明日の新聞の一面は雄英を批判する声で溢れるだろう。認めたとしてもそれは然り。

 気分が悪い。そう思った時、相澤が突然、深く頭を下げた。ざわつく会場。だが瞳からは光が消えていない。鋭い視線がカメラを通してこちらに向けられる。その少しも疑いを持っていない目にたじろぐのはなぜか名前の方だった。


『行動については私の不徳の致すところです。ただ…体育祭でのソレらは彼の”理想の強さ”に起因しています。誰よりも”トップヒーロー”を追い求め…もがいている。そして夜野ですが、彼女には確かに好戦的な面もあります。ですが、彼女は誰よりも力強く、誰よりも早く、その力で誰かを守ってきました。彼らを見て”隙”と捉えたのなら敵は浅はかであると私は考えております。』


『根拠になっておりませんが?感情の問題ではなく具体策があるのかと伺っております』


『……我々も手を拱いてるワケではありません。現在警察と共に調査を進めております。我が校の生徒は必ず取り戻します』


 根津が言う。その決意表明に爆豪が笑った。


「ハッ言ってくれるな雄英も先生も…。そういうこったクソカス連合!言っとくが俺ァまだ戦闘許可解けてねぇぞ!!テメェも戦闘許可解けてねぇだろクソ怪力女ァ!!!さっさと立てやボケェ!!!骨折れたぐれぇで歩けなくなるような体してねぇだろ!!!」


「自分の立場…よくわかってるわね…!小賢しい子!」


「刺しましょう!」


 ピクシーボブを殴ったオカマに続き、明るく女子高生が言う。


「言っとくけど痛いっちゃ痛いから。君たちより慣れてるだけ。にしても馬鹿だよねぇ爆豪って」


 名前に同意するように火傷の男が「いや……馬鹿だろ」と言い、やれやれと言った様子でシルクハットの男が両手を上げた。


「その気がねぇなら懐柔されたフリでもしときゃいいものを……やっちまったな」


「したくねーモンは嘘でもしねぇんだよ俺ァこんな辛気くせーとこ長居する気もねぇ」


 爆豪の発言は強気だが、相手を舐めているわけでは無く、視線は敵から逸らさない。名前は「あっそ」と言うと呑気に当たりを見渡した。


「何でもいいけど今って何時?夜?あと私の傘どこ」


 ナイフを持った手をブンブンと振って、女子高生が「夜デス!!」と答えた。


「ありがとう」


「敵にお礼言ってんじゃねぇよ!!!」


「名前ちゃんかっこいいです!」

 
 爆豪に手を飛ばされてから動かない死柄木をじっと見つめる。まるで立ち尽くすようなその姿に拭いきれない違和感を感じた。


「手を出すなよ…おまえら。こいつらは大切なコマだ」
 

 そう、そうだ。冷静すぎるのだ。きっと、USJの時なら癇癪を起こして、殺そうと向かってきたはずだ。


「なんか……あんた成長してんね」


「敵を褒めてんじゃねェよ!!」


 つい出た言葉。そうだ、成長している。死柄木は着実に成長している。そこらのチンピラ集めて襲ってきた時よりも。


「出来れば耳を傾けて欲しかったな……君たちとは分かり合えると思ってた…」


「ねぇわ」


「多分ない。ギリ」


「ハッキリ言えやクソ女!!!」


「仕方がない。ヒーロー達も調査を進めてると言っていた…悠長に説得してられない。先生、力を貸せ」


 先程まで相澤が映っていた画面に砂嵐が浮かぶ。洗い画面にハッキリとは見えないが、誰かがそこに座っているのが分かった。これが、先生。名前が顎を引き、髪が動きに合わせて軽く浮き上がる。


「アンタがウワサの……。人の個性取ったり入れたり、随分面白そうな個性だねあんた。こっちにも来ようと思えば来れるんだろうけど……高みの見物なんていかにも悪党の親玉って感じだ。ねぇ死柄木、その人どこにいるの?」


「……」


 尋ねるが、死柄木は答えない。


「先生ぇ…?てめェがボスじゃねぇのかよ…!白けんな」


「黒霧、コンプレス。また眠らせてしまっておけ。ここまで人の話聞かねーとは……逆に感心するぜ」


「?ハハッ!何言ってんの」


 やれやれ、とでもいうような余裕の態度の死柄木に名前は声を上げて笑った。


「バーカ。2度目は無いわ。話にはちょっと興味あるけどネ」


「聞いて欲しけりゃ土下座して死ね!!だからテメェはなんで傾いてんだ!!!」


 傾いているわけじゃ無い。ただ、気になるものは気になるだけで。それに今後起きることが予想できるかもしれない。その可能性は言うまでもなく低く、実際には8割型ただの興味本位ではあるが、情報というのは時には武器にもなる。手持ちは無いよりもある方がいい。だが、話を聞こうにも既に爆豪は隙を探して、反撃のタイミングを測っている。

 短気だなァ。わざとらしくやれやれと首を振る名前に瞬時に内心で馬鹿にされているだろうと感じた爆豪は「なんの顔だそれェ!!」と威嚇も兼ね、自身の両手を爆破した。その時である。


 Knock knock


「どーもォピザーラ神野店ですーー」


 SMASSH!!


 そんな呑気な声の後、扉が吹き飛んだ。そして、それとほぼ同時にオールマイトが部屋へと飛び込んでくる。扉の奥にも複数の人の姿があり、名前は新手かとすかさず爆豪を引き寄せた。彼らが入ってくるまで外に気配があることに気付かなかった。薬の影響は体だけじゃないらしい。それから、「離せや象女!」となぜか敵ではなく、自分を爆破してくる爆豪の腕を掴んだままバックステップでぎりぎりまで距離を取る。だが、入ってきたのは見慣れた人物だった。


「何だぁ!!?」


「黒霧!ゲート…」


「先制必縛、ウルシ鎖牢!!」


 部屋へと突入したのはオールマイト率いるプローヒーローたち。そのうちの一人が木のような両手を伸ばし、敵を捕縛していく。


「木ィ!?んなもん…」


 火傷男の体から青い火が漏れる。だが、体に巻きついた木が燃やされるよりも前に先の保須で会った老人が火傷男の首を蹴り、気絶させた。その一連の流れの手際の良さはどう見ても予定されていた動きだった。


「さすが若手実力派だシンリンカムイ!!そして目にも止まらぬ古豪グラントリノ!!もう逃げられんぞ敵連合…何故って!?我々が来た!」


 空を背にプロヒーロー達が立った。


「攻勢時ほど守りが疎かになるものだ…ピザーラ神野区店は俺たちだけじゃ無い。外はあのエンデヴァーをはじめ手練れのヒーローと警察が包囲してる」


 オールマイトに続いてニンジャのような風貌のヒーローがそう言った。


「怖かったろうに…よく耐えた!ごめんな…もう大丈夫だ少年少女!」


 オールマイトの力強い大丈夫に爆豪の肩からふっと力が抜ける。本人はそれに気付いているのだろうか。


「こっ…怖くねぇよヨユーだクソッ!!」


「怖かったってさ」


 どう見ても泣きそうな顔の爆豪の変わりに答えてやる。爆豪は歯を尖らせ、名前の首元をガクガクと揺らした。


「適当こいてんじゃねぇぞクソ怪力女!!!つーかテメェどうせヒーローいんの気付いてたんだろ言えや!!!」


「個性じゃ無いんだから常には無理だよ。違うこと考えてりゃ分かんない時もある」


 ホントは未だ気配どころか触れられても分かりにくいほどに感覚が麻痺しているが、それを言う必要を感じず、そう言うと爆豪は大きく「チッ!」と舌打ちをした。


「せっかく色々こねくり回してたのに……何そっちから来てくれてんだよラスボス…仕方がない…俺たちだけじゃない……そりゃあこっちもだ。黒霧。持って来れるだけ持って来い!!!」


 死柄木が何かを呼び出そうとするが、霧から出てくる様子はない。脳無はすでにヒーローの手によって回収されているのだ。


「敵連合よ君らは舐めすぎた。少年少女の魂を、警察のたゆまぬ捜査を、そして…我々の怒りを!!」


 THOOOM


 ビルの崩壊音が響く。一斉検挙の合図だった。


「おいたがすぎたな。ここで終わりだ死柄木弔!!」


「終わりだと…?ふざけるな…始まったばかりだ。正義だの…平和だの…あやふやなもんでフタされたこの掃き溜めをぶっ壊す…その為にオールマイトを取り除く。仲間も集まり始めた。ふざけるな…ここからなんだよ……黒ぎっ…」


 黒霧を貫く細いもの。それが少しずつ膨らみ、男の顔が現れた。黒霧は動かない。


「中を少々いじり気絶させた死にはしない。忍法千枚通し!この男は最も厄介…眠っててもらう」


「さっき言ったろ。大人しくしといたほうが身の為だって。引石健磁、迫圧紘、井口秀一、渡我被身子、分倍河原仁、少ない情報と時間の中おまわりさんが夜なべして素性をつきとめたそうだ。わかるかね?もう逃げ場ァねぇってことよ。なァ死柄木。聞きてぇんだが…おまえさんのボスはどこにいる?」


 老人もボスのことを知っているらしい。冷や汗を滲ませながらも死柄木はやはり答えない。


「ふざけるな、こんな…こんなァ…こんな…あっけなく…ふざけるな…失せろ…消えろ…」


「奴は今どこにいる死柄木!!」


「おまえが!!嫌いだ!!」


 死柄木の子供のような叫び。その瞬間、黒い液体が空中に現れ、そしてそれを扉にするように中から何体もの脳無が飛び出した。


「う、」


「お”!!!?」


 それと同時に何かが名前の体の中から這い出ようと上がってくる。爆豪からも聞こえる苦しげな声。迫り上がる吐き気に咄嗟に口を閉じるもそれは溢れ出し、出てきたヘドロのような黒い液体が体全体を呑み込んだ。


「夜野少女ッ!!!」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「けほっ、くっさ」


 次に気がついた時には、そこは外だった。地面に両手をついたまま、泥の付いた口を拭う。くさい、いつこんなもの仕込まれて…。そう思った瞬間、鈍った感覚でも分かる気配に体が自然とそこを向いた。それはすぐそこに立っていた黒いマスクのような器具をつけた大男から発せられていた。


「キミか…」


 自分のことを知っている。男の意識が自分に向いたその瞬間、磁石が反発するような反応で体を小さく丸めた名前はバク宙で立ち上がり、そして低く構えた。そして、肌にまとわりつく不気味さと出鱈目な強さに自然と歯を剥き出し、睨みつける。コイツはダメだ。武術や武芸の強さじゃない。でも、ヤバい匂いがする。強者を求める本能に危険と快楽が混じる。これと同じことを過去に一度だけ感じたことがあった。夜の王にも師にも感じたことのない、純粋な戦闘意欲とは違うもの。それを男から感じる。歪な強さ。まるで知能犯の脳を持った武器のような。そんな生き物とも分からないもの。本当に人間なのか疑問な程に不安定で、でも不自然なほど安定している。不気味な気配に自然と体が男を警戒し、冷や汗が滲む。


「あんたがボスだネ。初めから自分で来なよ」


「ちょっと事情があってね」


 肺に残る泥を吐き出す。爆豪は。すぐにコイツから離したほうがいい。どこ。当たりに意識を向けるも、男から視線は外さない。だが、見つけられない。まさか別の場所に?そう思った時、ドサッ、そんな音がして、空中に現れた泥から爆豪、そして敵連合が落ちてくる。


「また失敗したね弔。でも決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい。こうして仲間も取り返した。この子達もね…君が「大切なコマ」だと判断したからだ。いくらでもやり直せ。その為に僕がいるんだよ。全ては君のためにある」


 先生だ。こいつは死柄木の、悪党としての先生。そして、死柄木を操る本当のボス。緑谷が正義の後継なら、死柄木は悪の後継。敵連合、ちょっとデカくなるなんてモンじゃない。そんな予感がした。ここで殺すか、万全なら、全盛期ならきっと渡り合えた。だが、今の自分に出来るか。地面に着いた片手は知らず知らずのうちに爪を立てていた。


「……やはり…来てるな」


 男が呟く。それと同時にオールマイトの気迫が近づいてくる。さっきの場所からどのぐらいの距離があるのかは分からないが、弾丸のように現れたオールマイトが男に拳を振るった。だがその拳は簡単に受け止められ、弾かれる。その瞬間に2人を中心とした衝撃波が生まれた。顔の前に腕を構え、それに耐える。敵味方お構い無しのその攻撃は敵連合も爆豪も吹き飛ばす。そして、今度はボスが手を振るった。オールマイトの体がビルを何棟もぶち破りながら飛んでいく。「増強系をもう少し足すか…」と呟いているのを考えるに個性は一つずつではなく同時に幾つも使えるようだった。


「オールマイトォ!!!!」


「心配しなくともあの程度じゃ死なないよ。ところで君の個性は増強系かな?」


 爆豪の声に応えた男。そして、マスクに覆われた視線がこちらを向く。男の態度はとても紳士的だった。


「違う」


 もし、そうだと言ったらどうなったのだろうか。そんな疑問が頭に浮かぶ。


「そうか、そうだったね。ほんとうに残念だよ。ここは逃げろ弔。その子達を連れて。黒霧皆を逃すんだ。」


 “そうだったね”まるで知っていたような。そんな口ぶり。なぜ。小さな違和感に引っかかる。だが、ボスは今のことなど無かったかのように死柄木に視線を向けると、黒い爪で黒霧を刺した。気絶した黒霧の個性が強制的に発動し、黒いモヤが広がる。


「さぁ行け」


「先生は……」


 オールマイトが戻ってくる。が、いつもと違い、彼の顔に笑顔はない。余裕はない。


「常に考えろ弔、君はまだまだ成長できるんだ」


「行こう死柄木!あのパイプ仮面がオールマイトを食い止めてくれてる間に!コマ持ってよ」 

 
 シルクハットが火傷男を縮める。そして残った5人が名前と爆豪に目を向けた。


「やれるならやってみろヨ」


 コマとは勿論、自分達のことであり、敵もなりふり構っていられる状況にない。5対2。薬は抜け切れていない今、きつくないかと言えば嘘になる。それに名前にはもう一つ、気になることがあった。だから、早く。名前の言葉を皮切りに敵が周囲を囲む。


「んじゃ遠慮なく」


 爆豪の前に立ち、この中で最も優先度の高いシルクハット男の突き出された手に触れないよう手首を掴み、マグネに向かって投げ飛ばす。捕獲に特化した個性だろうこいつとは距離を空けておきたい。だが幸いにもさっきの部屋での出来事が影響してるのか、敵の動きはどこか遠慮がちだった。トガとマグネを引き付けつつ、獲物を直前で避ける。連携の甘い2人は互いに向けてナイフと棒を振った。


「ははっ、トモダチ切る気?」


「アァ!?テメェ俺のこと庇ってんじゃねぇぞ!!!」


 爆破で反転した爆豪の襟を持ち、後ろへと引く。このままコイツだけでも。投げようと腕を引くがトカゲ男ことスピナーの刀に邪魔される。


「離せや!!」


 スピナーの刀を蹴り飛ばし、キレる爆豪を無視し、せめて少し後ろに投げる。それから、二人に別れたトゥワイスの一人の腕を威嚇程度に手刀で切り落とした。


「こ、こええ!怖くねぇ!」


 偽物のトゥワイスが溶ける。なら本物を、と手を伸ばした瞬間、ぐんっと横へと引き寄せられた。


「マグ姉!!」


「一気に行くわよ!」


 シルクハットとマグネの個性は捕獲に適している。分断と一斉攻撃での隙を狙っているのだろう。引き寄せられるのを利用してスピナーの後頭部を蹴り飛ばし、マグネと自分の間に入れる。


「ちょっと、」


 敵でも仲間は大事らしい。慌てたマグネがすぐに個性を消した。ふ、と体にかかっていた力が止み、スピナーを蹴り飛ばした反動を利用し倒れるシルクハット男の腹を踏み込む。だが、シルクハットは意外にも根性があった。


「コイツだけでも…!」


 男の手が足に伸びる。だが、触れるよりも前に膝を折り、前転で地面に手を着き、別方向へと飛ぶ。それから、スピナーを受け止め、二人いっぺんに向かって来たマグネに拳を振った。包帯の巻かれた獲物で受け止められるが、そのまま力で振り切り、跳躍ですぐさま離れる。吹き飛んだマグネはトガとトゥワイスを巻き込み、倒れ込む。


「きゃっ」


 今のうちに。


「ばくごっ」


 周りから全ての敵が消えたその一瞬。背後でオールマイトの体が殴り飛ばされる。そして、すぐ目の前にあのボスが立った。


「ねぇ、私の傘どこにやったの?」


「ああ、置いて来たんじゃないかな」


「見つからなかったら弁償代払ってもらうから。どこのムショに入るかだけ教えておいてネ」


 軽口と共に拳を打ち込む。男は「それは困ったな。まだ刑務所には行く気はないんだ」と言いながら、それを受け止めた。振り切ろうとさらに力を込めるが、押せども押せども、びくともせず、地面だけが砕け、まるで自分の力がそのまま自分に返ってくるような感覚がする。これも個性か。

 男の手を握ったまま、足を上げ、今度は殺す気で蹴りを入れる。きっとこいつに手加減の意味はない。だが、もう片方の手に止められた。脳無を蹴った時のような感覚にも近く、水を蹴った時のような手応えの無さも感じる。打撃は厳しいか。地面に叩きつけようと頭を足で挟み込もうとした時、ボスが「良い打ちだ」と言った。


「今のは殺す気だったね。それに慣れている。躊躇もない。惜しいな。そうだ、君は光に弱いんだったかな?気にしているのは彼方の子だけじゃないね。さっきからしきりに空を気にしている。時間が気になるかい?」


 会話をしているようで、していない。まるで独り言のように男が言う。


「これはね吸収したものを一瞬だけ放出する事ができる個性だ。大して使い勝手は良くないが、君には有効だろう。大丈夫、殺しはしない。少し弱っていて欲しいだけなんだ」


 男が何をするか、その言葉で予想がついてしまった。殺さないとは言ったが、敵が私の許容量を知っているだろうか。


「はは、」


 私は多分。そう覚悟をした瞬間、目の前が白に覆われた。


緑谷side


「あ、あああ”ああ”ああああ”あああ…!!!!!」


 辺りが一瞬、まるで昼のように明るくなる。閃光のような光に皆んなが目を閉じた次の瞬間、悲痛な叫び声が響いた。


「!!!?」


 それは聞き馴染みのある声だった。でも、にわかには信じられない。彼女の悲鳴なんて聞いたことがないから。壁から少し顔を出して後ろを見る。地面に倒れ込んだ名前さんがAFOの前で暴れていた。なんで、どうして、何があった。そんな言葉だけが一瞬、頭の中を埋め尽くした。


「あ”ぁ…ぐ…う”…ああ”…」


 かっちゃんのサポートをしながらも連合を押していた名前さんが、一瞬で。どうして。あの光は何だったんだ。爆弾?レーザー?でも、連合もかっちゃんにも怪我は見えない。あの中で、ただ1人、彼女だけが苦しんでいる。僕らが恐怖で動けなかった敵にも向かっていった名前さんが。どんな時も倒れない彼女が。USJも期末テストの時も、初めの衝撃波にだって。彼女は崩れなかったのに。


「何が…」


「名前…!」


 どれだけ骨が折れても、血が出ても痛がらなかった名前さんが痛みに縮こまり、のたうち回って悶えていた。そんな悲痛な声に咄嗟に飛び出しかける轟くんを飯田くんが止める。今は行けない。だけど、あのままではすぐに連れて行かれてしまう。勿論、かっちゃんも。なんとかして彼女を助けたい。どんな時でも1番初めに僕らの前に立ってその背中に隠す彼女を。どんな時でも大丈夫と言って安心させてくれる彼女を。ピンチの時にいつも駆けつけてくれる名前さんを。


「飯田君、皆!!!」


 待ってて名前さん。今度は僕らが君を助けるから。



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