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「さァ昨日言ったね「世話焼くのは今日だけ」って!!」
「己で食う飯くらい己でつくれ!!カレー!!」
「「イエッサ…」」
疲れ切った生徒達の返事は今やすっかり覇気がない。
「アハハハ全員全身ブッチブチ!!だからって雑なネコマンマは作っちゃダメね!」
「確かに…災害時など避難先で消耗した人々の腹と心を満たすのも救助の一環……さすが雄英無駄がない!!世界一旨いカレーを作ろう皆!!」
特にそんな意図は無かった相澤だが、1人、自己完結した飯田によって背中を無理やり押される形でクラスの残り少ない気力を沸き立たせたことに「(飯田、便利)」と思った。
「オ…オオーー…」
ぐるぐるぐぅぅぅうう。その掛け声に合わせるように獣の声が混ざる。クラスメイト達の視線が真っ直ぐに音の震源である名前の腹へと注がれた。
「ヤベェ!名前が腹減らしすぎて腹で返事してやがる!!」
その目は何かを諦めたように据わっている。
「もう生でもイイヨ」
「なんか言ってるー!!!」
「材料食いつくされる前に作るぞ!!!」
Side切島
「ギャッハハハッハハ!!!名前お前、ぶふっ料理苦手なんだなっ」
夜飯の準備中にも関わらず、準備そっちのけで大笑いしている上鳴の声が聞こえてくる。何だ何だ。サボってんのか?と見に行くと意外なことに笑われているのは名前だった。見れば手元には無残な感じで、バラバラになったニンジンが落ちている。なんだ?あれ。ミキサーでも爆発したか?そう思っていれば、「キリシマァー!お前も見てろよ!まじで面白ぇから!ぶっひゃっひゃっ!」と疲れているからか、いつも以上にテンション高めの上鳴に手招きされた。
「お前なー。そんな笑ってやんなよ」
「いいからいいから!見たらお前も絶対笑うって」
にんじん切るだけでそんな面白いことにはなんねぇだろ。期待はせずに近くに寄れば、プルプルと手を震わせた名前が慎重にニンジンに包丁を入れた。
「いけてんじゃん?」
「これからだって!」
にしてもやけに丁寧にすんな。そう思った瞬間。
パァンッ!!!
ニンジンが弾け飛んだ。俺と上鳴にも残骸が飛ぶ。いや、降ってきた。
「は、はぁ!?」
ニンジンが手榴弾に!!?火薬でも詰めていたのかと思うほどの弾け方に驚愕する。な、なにがあった…。そう思っていると、名前はオレンジにした手とニンジンの残骸をじっと見て、「力加減が難しい」と言った。
「力加減…?」
もしかしたら名前は細かな調整が難しいのかもしれない。アイツの個性は超怪力。十分にあり得る。でも、学校では普通に色んなもん触ってるよな。首を傾げていると、「クソ怪力女これ切ってろ」とそんな名前を見かねてか、爆豪が既に皮を剥いたものを手渡した。
「分かった」
爆豪は名前に少し優しい。本人は絶対に認めねぇだろうけど。普段、自分を揶揄う名前に本気でキレたり、はたいたりはするが、時たまこうした意外な面倒見の良さを発揮する。名前のどこか目が離せない部分というか、強いのにある隙みてぇのがそうさせるのかもしれない。ともあれ、「優しいじゃねぇか!」と言うと「優しくねぇ!!」とキレられた。
「よし」
包丁を握った名前が意気込み、再度、ニンジンに包丁を入れた。形は歪だが今度はさっきとは違って、爆発もせずにサクサクと切れていく。
「お!上手く切れたじゃ、ん?????」
何かズレてるような…。ニンジンを切っているだけなのに、背景とズレがあるような気がして、ニンジンをもう一度見る。
「ちょ、待て待て待て待て」
下のまな板がズレていた。細切りにした人参と同じように細切れになったまな板がトントンというリズムで量産されていく。それには俺らだけじゃなく本人も驚きだったらしく、眉を垂らして戸惑った様子の名前が隣に並ぶ爆豪の裾を摘んでぐいぐいと引っ張り始めた。なんかちょっと。いや、かなり。
「ば、爆豪」
「あ?」
視線をまな板にずらした爆豪の目が途端、ギュインッと吊り上がる。痛くねーのかなあれ。
「ってなんでまな板まで切ってんだテメェは!!!?」
「がんばろって思ったら」
「思うな!!!!料理雑魚がイキがろうとすんじゃねぇ!!!!洗い物でもしてろ!」
「洗い物?分かった」と素直に手洗い場へと移動した名前。俺らも手伝ってやるかー、と着いていくと、シンクの水の中で重なる鍋に名前が徐に手を突っ込むところだった。
「油汚れはしっかり落とせよ」
「しっかり」
爆豪の指示を復唱し、スポンジを持った手を水中で動かす名前。バチャ、バチャと音を立てる水におかしなことはない。ま!鍋は鉄製だし、壊れることはねぇだろうが。無事終えられそうだな。そう思った時、その音の中に時折、不審な音が混じってることに気付いた。
ボコッ、メキッ
「ちょっと待てぇい!!名前、鍋上げろ!」
水から上げられる鍋。案の定、というかそれは予想よりも酷く、鍋は半分に折り曲げたみてぇに無残に凹んでいた。
「あちゃー…」
「あっひゃっひゃっひゃっ!」
「でもしっかり洗えてるよ」
「テメェは火のとこ行け!!!」
ビシッと爆豪に指さされ、今度は火起こしの方へ。隣で腹抱えて笑ってる上鳴に「行ってみようぜ」と言われ、名前の後をついていく。ここまで来たらどうなるのか見ていたい。すると、竹筒を持ったまま名前が焚き火の前で立ち止まった。その姿はどこか迷ってるようにも見える。マイペースな名前でも、ちょっとは落ち込んでんのかもしれねぇ。
「どのくらいで吹いたらいい?」
「結構じゃない?まだ火ついたばっかだし」
耳郎の答えに嫌な予感がする。頷いた名前は竹筒に口を付けると、息を吸い込み、肩を少し上げた。そのままふぅ!と吐き出す。火種は産まれるどころか、ビュオオと勢いよく上がった風に乗って、薪ごと空へと飛んで行った。何も無くなったそこに焦ったらしい名前が何故か咄嗟に調理場の爆豪を呼ぶ。
「ば、ばくご……!!」
振り返った爆豪は辺りに散る焚き火の残骸を見てまた目を吊り上げた。
「あ???ってまたテメェか!!!!もうじっとしてろ!!!」
「なんかやりたい」
じっとしてるのは嫌なのか断られたのにも関わらず「何したらいい?」と首を傾げる名前。
「火加減でも見とけや!!!」
ビッと爆豪は鍋の前を指差した。名前は素直にそれに従って火の前にしゃがむ。目を逸らさずにじっと火を見る姿はなんか…。
「かわいくね?」
「か”わ”いい」
全く同じことを考えていた上鳴の言葉に歯を食いしばって同意する。素直なところも咄嗟に爆豪に頼るところもなんかかわいい。
いつも余裕そうな名前は一見するとクール系の美人って感じで、始めはちょっと近寄り難い風貌だ。しかもクラスで実力者を聞けば、爆豪や轟と並んで必ず名前が上がる程、一目置かれる存在。でも話すと意外とノリが良くて、悪戯好きで、気分屋でもある。掴めない奴という印象のアイツの意外な一面に俺はギャップ萌えを理解した。
「?」
刺さるような視線を感じて、後ろを振り返る。物間が唇噛み締めてえげつない顔で名前を見ていた。目は血走ってるし、皿を持つ手は震えている。でもああなる気持ちはわかる。あれは可愛かった。
「爆豪!今!沸騰してる!」
「させとけ!」
多分、爆豪もおんなじような気持ちなんだろうな。俺は1人、口下手な友人の代わりにうんうんと頷いた。その後、完成したカレーを名前が一人で一鍋食い切る勢いで食べ進めるのを見て、俺はもう一度ギャップを感じた。いっぱい食え!!
Side
真夜中
補習組もとうに床につき、月が傾き出す頃、名前は目を覚ました。
「…?」
芦戸や葉隠、麗日の寝相でも、寝言でも無い何かに起こされる。何かいるような…。気配というほどではないが。まるで遠くで霞んでいるように、感じるような、感じないような、微かなもの。じっと耳を澄ませる。風が吹き、窓が音を立てた。
夜兎であることに加え、自身の境遇からか名前は感覚というものに長けている。それが無ければ力のない子供は生きてはいけなかった。だが感覚は違和感を主張しているが、近くに自分達以外の人の気配は感じないし、部屋の中に特に違和感も見られない。
「(気にしすぎか…)」
ここが森だからだろうか。きっと動物も多い。そう思い、もう一眠りしようと目を閉じる。すると、大きく隣の布団が動き、それと連動するように名前の布団がバサァンと全て剥がされた。
「おもち…」
「何で?」
脚を大きく開き、大の字で眠る麗日の寝相の芸術的なこと。だが、布団と同時に眠気までもが飛ばされてしまい、すぐには眠れそうには無くなってしまった。
「(まぁ、気分転換には)」
丁度良いか、と体を起こす。それから部屋を抜け出し、共有スペースへと向かった。
「しるこソーダ茶?欲張ったねェ」
なんとも一貫性の無いドリンクだ。どこに需要があったのか。それでもこうして自販機で並んでいるぐらいだから美味しいのかもしれない。そう思いいつも隣のココアに指を伸ばす。がこん、と出てきたココアは夏場にふさわしい冷たさで、蓋を開けて傾ければ甘くてさらりとしたそれが喉を潤す。
名前は一口飲むとすぐ近くに備え付けられていたソファに腰を下ろした。
近くには時折機械的な音を出す自販機しか無く、人は居ない。大きな気配は四つの部屋に集中していて、残りはまばら。多分。勘の域を出ない気配察知は個性ほどはっきりとは分からない。ただ、相澤が言った通り、最低限の人員、ということは確からしかった。
それにしてもだ。策略や謀略は常に渦巻くものだが、寺子屋にまで影響するとは。表面的には平和なこの世も意外と殺伐としている。
「まぁ。私が敵なら、今を狙うけど」
もしも自分がニンゲンで、敵側にいたなら、きっと今を狙う。人員は最低限。助けは来ず、相手は子供ばかり。楽なものだ。半分なった缶にもう一度口を付ける。
「あ?」
そんな名前の耳に声が飛び込む。後ろに顔を向ければ、そこには部屋から出てきたばかりの相澤がいた。こんな時間だというのに会議中であったのか、扉の奥にはブラドキングの姿も見える。
「何やってんだお前。とっくに就寝時間過ぎてんぞ」
「目が覚めたから」
「さっさと布団に戻れ」そう言いながら自分の座るソファを超え、自販機の前まで歩いた相澤が一枚、コインを入れる。ガコンと音を立てて出たものは微糖のコーヒー。なんとなくだが、彼っぽいチョイスにふっと笑うと、「どうした」と相澤は横に立った。
「寝れなくなるよ」
「まだ寝れないからな」
「フーン」
「早く寝ろよ」
相澤は興味の無さそうな声にそう声を掛け、もう一本、コーヒーを買うと、そう言って部屋へと戻ろうとした。だが、引き止められる。
「ねぇ、先生」
「なんだ」
膝を抱え、じっと地面を見つめる名前。
「本当にこの場所の事、どこにも漏れてないの?」
「何言って」
もう一度、相澤の気配が横へと移動し、名前の隣に立つ。すると彼はすぐに「ああ」と返事をした。
「ここは安全だよ。お前は何も考えなくて良い。訓練に集中しろ」
伸びた手が名前の頭を撫でる。雑すぎるその手つきに髪が揺れるが、強くはなく、むしろ軽すぎるほど。だからなのか、引っ込んでいた眠気が少し戻る。きっと、杞憂だ。そう思いながら「うん」と返事をすれば、手から飲んでいた缶が引き抜かれた。
「ほら、今日も早いぞ。もう少し寝とけ」
「先生もね」
寝不足が響くのは先生も同じ。立ち上がり、背中を向ける。
「ああ。俺ももう寝るよ」
「おやすみ」
返ってきた「おやすみ」の声を背中で聞きながら部屋へと戻る。感じた気配はすっかり消えていた。
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