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入学から数日が経ち、学級委員が決まったことでクラスの形が整い始める。生徒達も授業に慣れ、既に友人の輪ができていた。そんな生徒達は今、「何するんだろうねー」と会話しながら、ワクワクという面持ちで今日も始まるヒーロー基礎学を待っていた。
昼休み終了を告げるチャイムが鳴り終われば扉が開く。ぬっと現れた相澤は教卓前に立つとパタンと出席簿を机に置いた。
「今日のヒーロー基礎学だが…俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった」
「ハーイ!何するんですか!?」
「災難水難なんでもござれ人命救助訓練だ」
瀬呂の疑問に応えるように相澤が一枚のカードを取り出す。そこには”RESCUE”と書かれてあった。人命救助と聞き、名前の頬杖を着いていた手がずるずると机に落ちる。なんとも苦手そうな分野だ。期待と同じく机に着いた手の上で、はぁ、と小さくため息をつく。自分がヒーローになりたい理由は人を助けたいからでは無い。さらに救助訓練は知識が必要とされるが、名前は人間の体の耐久力をよく知らなかった。同族と比べてあまりにもお粗末な肉体であり、その上自身の周囲にいた人間はなぜかしぶといものばかり。人間はどの程度で救助が必要となるのかの見当すらつかない。撃退が専門のヒーローにはなれないものか、そう考えていると同じく不安そうな数人の生徒から声が上がった。
「レスキュー……今回も大変そうだな」
「ねー!」
「バカおめー、これこそヒーローの本分だぜ!?鳴るぜ!!腕が!!」
「水難なら私の独壇場ケロケロ」
ワクワク半分、緊張半分の生徒たち。だが名前は全く乗り気にはならない。そもそも自分の種族は人を助けられるような優しいものではない。自分達が他人を助ける手段は暴力しかないと名前は理解していた。
「おい、まだ途中」
ギロリとこちらを睨みつける相澤の目線にすぐさま黙る生徒達。
「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな。訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗っていく。以上準備開始」
生徒達は相澤の指示通りにすぐに更衣室に向かうと、コスチュームに着替え、各々、バスの待っている外へと向かった。バスの前では食堂での非常口事件の功績から学級委員長に選ばれた飯田が、誰よりも時間のかかりそうなコスチュームに誰よりも早く着替え、ピッピっと笛を鳴らし、「こっちだぞ!」と集合をかけている。そんな委員長の初仕事に張り切る飯田の「バスの席順でスムーズに行くよう番号順に2列で並ぼう!」と言う指示に従い、生徒達は出席番号順に列を作った。
「(あれは…)」
自分よりもほんの少し先に更衣室を出た名前が八百万の視界に入る。校舎からバスまでの距離は数メートルほどだというにも関わらず、彼女は背丈ほどもある巨大な傘をしっかりと差し、席順通りに最後尾を待っていた。名前よりも席が前の自分だ。待たせてはいけないと元来の生真面目な性格から八百万は駆け寄る。存在は知っていても普段あまり見ることのない番傘の日陰に体が差し掛かった時、ふと、肌を隙間なく覆う包帯に目が止まった。今まで見た誰よりも白い彼女の肌はまるで一度も日に当たったことのないと錯覚してしまうほどで、いつも傘を手放さない姿からはそれが比喩ではないような印象を受ける。八百万は個性の特性かしらと思いながら傘を指差した。
「名前さん。その傘もサポートアイテムですか?いつも持ち運ばれてますけど」
「まぁね。でもこれは私物のとはちょっと機能が違うの。普段使いには許可が降りなくてサ」
「まぁ。どんな機能なんですの」
「ナイショ」
教えてくれる気はないのか、笑顔の口元に指が立てられる。八百万は「あら」と笑い返し、特に言及することもなく、並んでバスへと乗り込んだ。そのバスは飯田の予想とは反して市営バスに近い前列対面、そして後列横並び型のものだった。
「こういうタイプだったくそう!!」
「ふっ、ははっ、イイダって面白いネ」
出席番号順のために必然的に残った席となる21番の名前。座席を一度見回し、空き場所を探すと、左右で髪色の違う、顔に火傷跡のある男子生徒。先日、敵チームとして対峙した轟焦凍の隣が一つ、空いていた。「はよ座れ」と言う相澤の声に押されるように席に向かい、腰を下ろす。そして座りながら人差し指を下に向けた。
「ここ、座るね」
「……ああ」
もう座ってるだろ、と思いつつも許可を出す轟。やっぱりへんなヤツだと思いながらも目を瞑るとつんつんと細い指が自分を呼んだ。
「カーテン閉めていい?」
「好きにしろ」
表情が乏しく、氷のような雰囲気の轟は端的に言って愛想が無い。だが名前は特に気にせずに傘でカーテンを閉めた。ちらりと片目を開けた轟の視界に名前の包帯に覆われた肌と傘が入る。
「日焼け対策か」
「そ」
「そんなんでヒーローなれんのか」
「さぁ」
轟の飾り気のない言葉は尤もだが、聞く者によれば皮肉にも嫌味にも聞き取れる。だが轟には悪気などない。名前も名前でそれほど興味のある話でも無かったために特に引っかかることもなく同じように返した。
「(……後ろの席大丈夫かな)」
それに不安になるのはむしろ周りの方だった。ヒヤヒヤとした心持ちで耳郎が心配する中、バスが動き出し、轟の「寝る」との言葉で2人の会話が終わる。クラスメイト達は周囲と会話をしているようだが、自分から積極的にコミュニケーションを取るような柄でもないために名前はぼーっとスマホを眺め、溜まっていたメッセージに返事をした。
「派手で強えっていったら轟と爆豪だな」
「ケッ」
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なそ」
蛙吹梅雨の言葉に爆豪が「んだとコラ出すわ!!」と吠えた。それを「ホラ」という一言で返され、さらに上鳴が爆豪を指差す。
「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」
そこまでは言ってない。名前は上鳴電気の辛辣な言葉に不意打ちを喰らったかのように小さく肩を震わせて笑った。その拍子に指が当たり、『ほーくす』とひらがなで表記されたメッセージ欄へ『うん』の代わりに全く違う誤字がぽんと元気良く送られる。
「テメェのボキャブラリーは何だコラ。殺すぞ!!」
「強えっていったら名前もだろ。映えるし。人気も出そうじゃん。でもあいつの個性ってなんだ?増強型か?なぁー?」
聞こえてきた自分の名前と呼び声に名前も顔をあげる。
「うーん」
そもそも個性じゃ無いんだよなぁ。発動という概念が無いという点では異形型にも近いが、説明したところで疑問が増えるだけだ。名前は少し考え、それに「よく分からない」と返した。この社会において、個性はパーソナルなものだ。デリケートなこともあり、深入りは出来ない。クラスメイト達は特に言及することはしなかった。
「おお…そりゃ大変だな」
「もう着くぞ。いい加減にしとけよ……」
盛り上がりを見せる生徒達だったが、相澤にそう言われ、ビシッと背筋を正す。バスの窓からは円形のドームのような施設が見えた。
「すっげーーーー!!USJかよ!!!?」
バスに揺られること15分。見えていた施設に到着し、中へと入る。テーマパークで見るようなアーチに迎えられ、そして全貌が現れた。中心にある広場を囲んで疑似的な川、滝、岩山、土砂に埋もれた街、震災で崩れたような街並み、火災現場などがエリア毎に分かれてあり、まるでアトラクションのように配置されている。テーマパークという言い方もあながち間違いでもないような場所だった。
「水難事故、土砂災害、火事……etc。あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も……ウソの災害や事故ルーム 」
略してUSJ。宇宙服のようなコスチュームを着たヒーロー、救助活動のスペシャリスト、スペースヒーロー13号が出迎え、そう言った。ここがUSJ。前世では襲ってくる恐竜を薙ぎ倒し、ゾンビにヘッドショットを決め、サメや蜘蛛と遊ぶ演練場だと聞いていたが実物は訓練場だったのか…。名前はへーと目を輝かせると機嫌を表すように傘をくると回した。
「私、USJって初めて来た。サメとか恐竜倒す場所じゃなかったんだ」
「倒すわけじゃないけどUSJはそれだよ名前!ここは違う方!」
ここじゃないから!と耳郎が手を振る。
「夜野さんの中のUSJって…?」
「ほら、お前ら前向け」
相澤に促され、再度13号の方を向く。
「えー始める前にお小言を一つ二つ…三つ…四つ…」
「「「(増える…)」」」
「みなさんご存知だとは思いますが僕の”個性”は”ブラックホール”。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
ご存知で無かった名前がじっと13号を見る。ブラックホールといえば宇宙屈指の危険地帯。どれだけ肉体が強かろうと吸い込まれれば終わりという場所だ。どんな巨大な船でも抜け出せないために、ブラックホールが発生したとなればすぐさまその場を離れるのが宇宙の常識だった。そんな個性を体内に保有して人間の体が無事でいられるものだろうか。”個性”がブラックホールであって、宇宙にあるものとは違うものなのか。気になる、と13号をじっと見る。だが、生徒達にとってはそうじゃない。有名な彼の個性は周知されており、誰も疑問を持つことなく、その話に耳を傾ける。
「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね」
「ええ……しかし簡単に人を殺せる力です。皆んなの中にもそういう”個性”がいるでしょう。超人社会は個性の使用を資格制にし厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。しかし一歩間違えれば容易に人を殺せる”いきすぎた個性“を個々が持っているこもを忘れないで下さい」
簡単に人を殺せる力。名前はそれをよく分かっていた。他者は自分にとって脆く、弱いものであるからだ。自分が求めるのは強さだけ。そして、強者だけ。だからこそ救助なんて自分には出来ないとも思う。
「相澤さんの体力テストで自身の力が秘めている可能性を知り、オールマイトの対人格闘でそれを人に向ける危うさを体験したかと思います。この授業では…心機一転!人命のために”個性”をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つける為にあるのではない。助ける為にあるのだと心得て帰って下さい」
「以上!ご清聴ありがとうございましま」
13号の演説が終わった瞬間、「ブラボー!」と拍手が上がる。そしてそれと同時、紛れるように別の気配を感じた。今の今まで無かったそれ。突然、何も無かったところに現れたような違和感。名前は「ん?」と気配の出どころである後ろを見た。広場に設置された噴水前で空間に現れた黒いモヤのような何かを認識する。少し遅れて担任である相澤も同じ方向を見た。黒いモヤは少しずつ大きさを増し、その先からオールマイトでは無い、いくつもの気配を感じ始める。今のままでははっきりとした数は分からないが、数人では無い。そして空間に手をかけるように中から人の手が現れた。
続いて身体中に人の手を装着した男が顔を出し、にやぁと笑う。瞬間、バサッという音と共に勢いよく傘が閉じられ、隣にいた上鳴が「うおっ」と声を上げた。名前はそれを気にも止めずに傘をリロードすると、半ば反射のような判断でモヤに向かって内蔵された麻酔弾を打ち込んだ。「ギャッ!」とモヤから声が上がる。それが授業の一環か、相手が教師の1人かは分からなかったが、名前はそうすべきだと思った。
「一かたまりになって動くな!!」
それとほぼ同時に相澤が構える。さすがプロだ。状況判断が早い。だが、その瞬間に名前はこれが授業でないことをしっかりと理解した。だが、何が何やらわかっていない生徒達は驚きは見せるものの未だ状況が掴めない。
「何だアリャ!?また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」
「動くなあれは…敵だ!!」
生徒達の間に緊張と恐怖が走る。敵とは自分達を脅かす者。命を危機にさらす者。今後自分達が相手にしなければならない敵が今、自分達の前に突然現れた。
「13号に…イレイザーヘッドですか…先日頂いた教師側のカリキュラムではオールマイトがここにいるはずなのですが…」
頭全てがモヤに覆われた男がそう言った。辺りに散る複数の敵。だが、1番初めに現れた手の男はそこから動こうとはしない。親玉はアイツ。名前の標準が男に向けられる。だが、他の敵と重なり、狙うことができない。
「やはり先日のはクソどもの仕業だったか」
先日とはマスコミ襲来事件だろうか。セキュリティーを突破できた理由が判明した。それに加え、誰に手引きされたのか、自分達でやってきたのかは分からないが、こちらの情報は既に相手側に漏れている。計画的な犯行だった。でも何故。たかが学校に?しかもわざわざこの離れた施設なのか。ここが本命では無く、オールマイトを足止めするための囮の襲撃と見るが、どの敵も名前の目には留まらず、ヒーロー志望が多く、現役ヒーローが教鞭を取るここを襲撃できるほどの戦力があるようには思えない。それに敵に一体感がないことが気になった。
チンピラのような彼らには学校を占拠するほどの目的や、思想があるようには見えない。社会的な知名度、信頼、共に高い雄英の面目を潰し、学生を殺して社会に宣戦布告。これが一番可能性が高そうだが……。名前は状況の理解できていない切島の腕を取ると、ぐいっと自分の後ろへと引いた。
「どこだよ…せっかくこんなに大衆引きつれてきたのにさ…オールマイト…平和の象徴…いないなんて…子供を殺せば来るのかな?」
身体中に手を貼り付けた男がそう言った。
「予想外。目的はオールマイトってことネ」
オールマイトが目的だから、この施設を襲撃した。学校の外からでも出来ることなのに。学校の外じゃ達成できない目的があったのか。
「(“オールマイトがいたから子供達が狙われた”ってことにしたい…とか)」
考えたところで答えは出ない。名前は傘の先を地面に下ろした。
「ヴィランンン!?バカだろ!?ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」
「先生侵入者用センサーは!」
「もちろんありますが……!」
13号の焦った様子からそれが切られていることが伝わり生徒達の顔が強張る。
「現れたのはここだけか学校全体か…何にせよセンサーが反応しねぇなら向こうにそういうことが出来る個性がいるってことだな。校舎と離れた隔離空間。そこに少人数が入る時間割…バカだがアホじゃねぇ。これは何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」
奇襲…!目の当たりにする脅威に知らず知らずのうちに緑谷の拳に力が入る。
「13号避難開始!学校に連絡試せ!センサーの対策も頭にある敵だ。電波系の個性が妨害している可能性もある。上鳴おまえも個性で連絡試せ」
「っス!」
「先生は!?1人で戦うんですか!?あの数じゃいくら個性を消すって言っても!!イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は……」
「一芸だけじゃヒーローは務まらん。13号任せたぞ」
不安がる緑谷にそう返した相澤が広場へと飛び降りる。そして相澤…イレイザーヘッドは個性で翻弄しながら敵の中を駆けた。敵の個性を消し、油断したところへヒット。効かない相手には捕縛布を使い、倒す。その姿に生徒達の中に希望が生まれ出した。
「すごい…!多対一こそ先生の得意分野だったんだ」
緑谷が感心する。だが、名前にはそうは見えなかった。確かにその戦闘スタイルはまるで得意分野のように鮮やかだが、彼の”個性を消す個性“は不意打ちで最も光るものだ。一瞬の隙を見て、離れた位置から一気に捕えるのが彼の本来のスタイルだろう。だから、多対一が得意に見えているのはそれが鍛錬の賜物だからに他ならない。技術を上げ、ある程度のことを全て標準以上に持っていく、その努力の跡に名前の背にゾクリとしたものが走る。まだ見ていたい。本当なら本来のスタイルも。だが、ここで見ることは叶わないだろう。それに、ここで観戦を決め込み、彼が死ぬようなことがあれば…。彼の鍛錬を無駄にするのはなんとも気が進まない。
どうしたもんかなぁ。
名前は未だ分析を続ける緑谷の襟を掴み出口の方へぽいっと投げると、13号の指示通りに進む集団の最後尾からドアの方へと向かった。だが敵は後ろからではなく、前から来た。相澤の瞬きの隙をついたのだろう。煙のような敵が目前へと現れる。
「早く避難を!!」
「させませんよ。初めまして我々は敵連合。せんえつながら…この度ヒーローの巣窟雄英高校に入らせて頂いたのは平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして」
足に力を込めるが、13号が指先のコスチュームを開いたのが見え、すぐに力を抜いた。敵は煙だ。ブラックホールである13号の方が利がある。だが、目の前にいるのはヒーローの卵。正義感が彼らを動かす。飛び出した切島、爆豪が煙野郎に攻撃を加えた。だが、そのために13号が個性を発揮できない。
「危ない危ない……そう…生徒といえど優秀な金の卵」
「ダメだどきなさい2人とも!」
その瞬間、広がった黒い煙が全員を包んだ。
「散らして嬲り殺す」
やれるもんならやってみろ。バックステップで距離を取るが、名前の視界は黒いモヤに覆われた。
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