夜の兎 | ナノ


▼ 4

 
 翌日から早速、本格的な授業が始まった。入学の余韻も何もあったものではない。有名ヒーローを数多輩出する雄英も学校は学校。もちろん、授業の大半は座学である。ヒーロー関連の必修授業に加え、英語や数学といった普通の学校と同じような科目がそれだ。


『んじゃ次の英文のうち間違っているのは?』


 英語担当のプレゼントマイクが静かにそう言った。あまりにも普通である。プレゼントマイクといえば、ヒーローで教師、そしてDJとして有名で、常にハイテンションというイメージが世に浸透しているが、このように授業ではその限りでは無い。


『おらエヴィバディヘンズアップ盛り上がれーーー!!』


 とはいえ、DJテンションで授業が進むのもしんどいが。名前はそんな事を思いながら適当に問題文に丸をつけた。多少の違いはあれど日本語であれば問題無く話せるし、理解もできる。だが、英語は…。こちらの世界に来てから学び始めたため、どうしてもまだ慣れない。脳が若いからか、スポンジの如く吸収はしてくれるものの、苦手だ。できることなら当たりたくない。だが、そういう時ほど当たるもので、名前とプレゼントマイクの目が合った。


『ヘイ、夜野―!ドドンッと答えちゃってくれや!!』


「…さ、『なんだなんだァ!?調子悪りぃのか!』に見せかけて4」


『Congratulations!!正解だぜぇ!!』


 そうして午前が終われば、今度は待ちに待った昼休みが来る。名前は机に掛けていたカバンから魔法瓶を取り出すと、椅子から立ち上がった。なんせ、昼ごはんは持ってきていない。料理は専門外なのだ。それに雄英には立派な食堂も購買もある。作るより断然美味しく、それに安い。

 早速、向かおうと椅子を後ろに下げる。すると教室の前方にいた耳郎が名前を「ねぇ!」と呼び止めた。そして、片手を振りながら歩み寄ってくる。その後ろには前の座席の女子生徒がいた。


「名前―、食堂行こ。あっ、ヤオモモも一緒でいい?」


「よろしければご一緒させていただきたいのですが」


 まだ学校は始まって数日。それに名前は他人にがつがつ話かけにいくタイプではないため、クラスメイトの大半は知らない人である。人見知りや話すのが嫌いというわけではないのだが、急ぐ必要もないと思っていたために、前の座席の子ですら顔しか知らない。普通なら少しぐらいは聞き覚えがある筈だが、興味が湧くまでは関心が無いという、ある意味、低燃費な名前にはそれが全く無かった。


「いいよ」


 誰だろとは思っているものの、考えてみればそう問題があるわけでもないため、そう返事をした名前。


「良かったじゃんヤオモモ」


「は、はい!さぁさぁ!早く行きましょう。お昼は混みますわよ」


 対して八百万の方は個性把握テストで同じ順位だった時から名前の事を知っていた。その上、少ない同性。しかも偶然にも前後の席という運命的な事もあって話しかける機会を常々、伺っていたぐらいには興味も関心もあった。ただ、話しかけるなとまではいかないものの、少し話しかけ難いオーラを名前から感じていたし、クラスメイトとも積極的に話していないようだったために、人との交流自体あまり好きじゃないのかもと、実行に移すことができないでいたのである。

 そんな折、友人になった耳郎が名前と交流があると聞いて、意を決して相談してみたところ、耳郎自身、その状況に覚えがあったため、八百万の背中を押し、仲介役をかってでてくれたのだ。


「(いただいたチャンス!無駄にはしませんわ耳郎さん!)」


 ぐっと拳を握った八百万に耳郎も応援の意味を込めて同じ動作をする。名前はというと、そんな2人の間で仲良いなぁと眺めながら、ランチラッシュの”今日のおすすめ“に想いを馳せていた。


   ――――食堂――――


「白米美味すぎる」


「白米に落ち着くよね!最終的に!!」


 二階建ての食堂は沢山の生徒と、教師で賑わっている。一流の学校である雄英に提供されているものは食堂とて勿論、一流。しかも、ここはそれを安価で楽しむことができるのだ。なんせ、白米ですら美味しい。いや、むしろ白米を美味しく炊けるというのが料理の上手さを表しているのではないだろうか。名前は親指を立てる主任シェフ、クックヒーロー・ランチラッシュに向け、同じく親指を立てた。


「食べないの?」


 箸が進んで止まらない名前とは違って、向いに座る八百万と耳郎の箸は全く動いていない。名前の言葉にハッとした2人は慌てて手を合わせた。


「あの、名前それ全部食べるの?」


「え?勿論」


 2人の視線は名前の前にある茶碗から離れない。正確にいうと、茶碗に乗った輝く米のタワーから離せないでいた。机の上にあるとはいえ、背丈程の高さのあるそれ。手に持つと更に高くなり、周囲の視線までも集める。高さもそうだが、持っているのが細身の女子生徒というのもその理由の一つだ。そんな視線を他所に根本に箸が入る。崩れそうな気配が無いのを見ると中までしっかり詰まっているようだった。

 やせの大食い。ホントにいたんだ。耳郎はなんとか当初の目的を果たすために、それから無理矢理視線を外し、八百万に裏返した手のひらを向けた。だが、名前の表情は米に隠れて見えていない。


「えっと、紹介してなかったよね。こっちヤオモモ」


「八百万百ですわ。よろしくお願いします」


「ヨロシク。私、名前」


「存じておりますとも!」


 八百万は念願のファーストコンタクトに喜んでいるため気にしていないようだが、耳郎は目の前に立ち塞がる米の壁が気になって仕方がなかった。ぶっちゃけ邪魔だ。人間、声だけでは感情を判断できないというが、たしかにそうだなと思った。


「次、ヒーロー基礎学なのにそんなに食べて大丈夫?何すんのかわかんないけど筋トレとかだったらしんどくない?」


「平気平気。まだまだ足りないくらい」


「それはすごいですね。あの……、名前さん、とお呼びしても?」


「うん」


 名前呼びという距離の縮まりを感じる出来事に、見えていないだろうと米のタワーに隠れて2人は嬉しそうに顔を見合わせた。


「ほんと何すんだろうね次の授業」


「初日に入学式にも出席しなかった事を考えると想像もつきませんわね」


 米を大きく箸に取り、口へと運ぶ名前。それによりごっそりと減った米に少し顔が見えるようになった。


「一口でか」


「んんーー!そうだね」


 こっちも絶品、と箸に挟んだ齧りかけのチキン南蛮を見つめる名前は本当にそう思っているのだろう。心なしか目がキラキラしている気がする。八百万は可愛らしい方みたいと、当初、感じていた認識を改めた。


「まー、座学以外なら正直なんでもいいけど。戦闘訓練とかしたいかなぁ」


「アンタ意外とガツガツしてんだね」


 箸を大きく開き、少し縮んだ米のタワーの根本を挟んだ名前。縮んだとはいえ、普通の大盛り程度の大きさはあるそれに、溢れそう、と思った2人だったが、予想に反して米は形を変えずに箸へと移動した。そのまま名前の口元へと運ばれる。2人はほっと胸を撫で下ろし、少し長めの瞬きをした。次に目を開いた時、米のタワーは跡形もなく消え、咀嚼する名前だけがそこにいた。


「手品か!!!」


「どうやってあの量を一瞬で口に入れたのかしら…」


 楽しい昼休みが終われば、午後の授業。ヒーロー科だけのカリキュラムが始まる。


「わーたーしーがー!!」


「普通にドアから来た!!」


オールマイトが勢いよく教室の扉を開けた。風が吹いていないのにマントがはためているのはトップヒーローだからなのか。それすらも凄いとキラキラ生徒達の目が輝く。


「銀時代のコスチュームだ……!画風違いすぎて鳥肌が……」


 ざわつくクラス内。嬉しそうなクラスメイト達とは違って、ニュースで名前をよく聞く凄いヒーロー程度にしかオールマイトを知らない名前は纏っているコスチュームがどうとか、画風だとかに興味はなかった。ただ目の前に現れた強い人物に対しての興味はむくむくと湧いてくる。


「スゲェやオールマイト!!!


「たしかにすごい」


 体も大きいし、筋肉量も凄い。相当な重量がありそうだが、足取りは軽い。きっとスピードもあるのだろう。ちょっとでいいから手合わせして欲しい。それは夜兎という闘争の塊である種族としての本能であり、名前自身、それに抗う気も無いために、その感情はほぼ無意識に、視線としてオールマイトに突き刺さった。


「(えっ、えっ、何か間違えちゃったかな)」


 新米教師のオールマイト。突然、向けられた鋭い視線に手順を間違えてしまったのかと焦ったが、今までの経験からそれが非難の目でない事にすぐに気づいた。トップヒーローでも非難されることはあるものだ。だが、それとは違う。視線の持ち主である教室後方の名前に目を向ける。自分を越えようとする向上心とも違う。もっと純粋な、勝ちたい、戦いたいという目がそこにあった。人間はそれがあるから繁栄し続けられているというが、自分に向けられることは久しぶりだ。オールマイトは笑みをぐっと深めた。


「(無鉄砲…でも嫌いじゃないぜ。そこな少女)ヒーロー基礎学!ヒーローの基礎地をつくる為、様々な訓練を行う科目だ!!単位数も最も多いぞ。早速だが今日はコレ!!戦闘訓練!!!」


 オールマイトの持ち上げたカードにあるBATTLEの文字。それは昼時まさしく話していた内容であり、八百万はすぐに後ろを振り向いた。


「良かったですわね。名前さん」


 名前はそんな八百万に向かって微笑みで返事をした。


「そしてそいつに伴って…こちら!!!」


 壁が動き、何枚もの薄い棚がそこからゆっくりと出てくる。中には番号の書かれたバックがきっちりと順番通りに並んでいた。


「入学前に送ってもらった個性届と要望に沿ってあつらえた…戦闘服!!!」


「おおお!!!」


「着替えたら順次グラウンド・βに集まるんだ!!」


「はーい!!!」




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