A requiem to give to you
- 破滅の未来とフォミクリー(3/6) -



「……ったく、放っておくと碌な事考えやしねェ」



トゥナロは盛大な溜め息を吐いた。

ここはティアの住む家の客室の一つ。彼女の部屋ではルークが未だに眠っており、この部屋のソファではレジウィーダが穏やかな寝息を立てていた。そんな彼女の側に屈んでその紅い頭に手を置き何やら光を当てていたが、やがてそれが収束するとトゥナロは手を離してこの部屋唯一の窓の外を見た。

外は暗く、陽の光が殆ど入らない魔界特有の世界が広がっていた。窓から見えるのはこの家の庭だったが、そこにはこんな場所でも育つセレニアの花が一面を白く染めていた。初めて見る者にはその幻想的な光景に感嘆を漏らすであろう美しくもあるそれは、トゥナロにとっては特別珍しいものでもないらしく、特に何か感想があるわけでもなくただただ静かに眺めていた。

暫くその状態が続いたと思うと、突然部屋のドアがノックされた。



「よう、来たか」



返事も待たずに開かれたドアの先にいる来訪者達にも驚かず、寧ろ待っていたと言わんばかりにその者達を招き入れた……が、



「……おっと、それ以上は近くなよ」



特にお前だ、グレイ。そう言ってトゥナロは入ってきた内の一人、グレイに静止をかけた。予想外のそんな言葉にかけられた本人はどこか憮然とした様子で立ち止まった。



「あら、どうして彼は駄目なのかしら?」



当然ながら訳がわからないともう一人の来訪者であるタリスが問うと、



「野郎に近付かれるのはちょっと……」

「ぶっ殺されてェのか」



明らかにふざけていると思われる言動にグレイがこめかみに青筋を立てながらホルスターに手を宛てがうと、トゥナロは「冗談だ」と肩を竦めた。



「それは流石に嘘だが、お互いにあまり近付いても良い事はない。だから悪いがあまり近寄らないでくれ」

「…………ヘイヘイ」

「訳は、話せないの?」



今度はあまりに真剣な表情で言う物だからか、グレイは渋々と引き下がり、タリスは更なる疑問を口にする。しかしその問いにトゥナロは答える気はないらしく「すまねェな」と一言だけ返した。



「それについてはいずれ吐いてもらう。それより、アクゼリュス崩落後から今まで何してたンだ?」



そう、グレイが彼に聞きにきたのはそれだった。確かにあの街が崩落して下に降りるまでは一緒にいた筈なのに、降りた瞬間から忽然と姿を消してしまった。あの場に突然現れたり、本人もローレライの使者と自称するだけありそんなに心配はしていなかったが、もしもあの後も残っていてタルタロス内でも良いからジェイド達に説明していれば、もしかしたら余計な諍いは避けられたのではないかと考えていた。

しかしそんな彼の考えを見透かしたようにトゥナロは首を振った。



「オレは同じ場所に長い間留まれないんだよ。それに、今の導師達に預言の事を説明したところで余計に混乱するだろうし、「それなら何で」ってどうしようもない事を言われてだろうしな」



理由はお前達ならわかるだろ。そう言われると思い当たる節がある二人は何とも言えない顔をして黙った。



「ま、その代わり安心したまえ!」

「「?」」



今までの空気を払拭するようにトゥナロは務めて明るい口調でそう宣った。



「オレ様と導師の名(無断)でここの市長にはアクゼリュスの住民の保護を申請してやったぞ」



何だかとんでもない副音声が聞こえたような気がしたが、その答えにタリスは首を傾げ、グレイは満足そうに頷いた。



「その位やってもらわねェとこっちの労働力の割に合わねーよ」

「そう言ってくれるけどな、簡単じゃねーんだぞこっちは」



只でさえこの街は預言に従ずる者の多い場所だ。本来なら預言通り街と共に滅びているであろう人間、それも数千人を保護だなんて無茶も無茶なそれを何とか導師の名前まで(無断で)出して無理矢理通したのだ。監視者である市長はともかく、この街の一般市民が秘預言の詳細を知っていたら、アクゼリュスの住民達は碌な扱いは受けられず、最悪殺されてしまっていただろう。それを説明するとタリスは息を呑んだが、グレイは鼻を鳴らした。



「元々こっちはお前らの頼みで預言の流れを変えようとしてンだから、そのくらい当然の措置だわ」

「こいつ………」



グレイの言っていることも決して間違いではない為、トゥナロは顔を引き攣らせるもそれ以上は文句を言わなかった。

でも、とタリスは表情を暗くして俯いた。



「結局、私達は預言の通りルークにアクゼリュスを滅ぼさせてしまったわ」



グレイの機転とアリエッタ、クリフの協力のお陰で殆どの住民の命は助けられたが、その住民達は故郷を失ってしまった。今までの事から邪魔をされる可能性は十分にわかっていたのにまともな対処すら出来ず、仲間の命すらも失いかけてしまった事実にタリスは申し訳ない気持ちで一杯だった。



「過ぎたことに関しては責めるつもりはないし、そもそも今回の件に関しては預言に読まれていた以上誰のせいにもならない。大体、預言を覆すこと自体簡単な事じゃない………だが」



全く意味がなかったわけでもないぞ。



「え?」



どう言うことだとタリスがトゥナロを見ると、彼はフッと小さく笑った。



「《聖なる焔の光》が生きている、だろ」

「!!」



確かに預言では聖なる焔の光は鉱山の街と共に消滅すると詠まれていた。しかし彼がレプリカだったとしてもアッシュだって生きている。これは預言とは違う結果になっている。



「それにお前らも十分にわかっていると思うが、アクゼリュスの住民だって殆どが無事だ」



残念ながら障気の影響によって亡くなってしまった者も大勢いる。しかし崩落によって亡くなる筈だった命は大多数が救われているのも真実だった。それは誇っても良い、とそんな彼の言葉にタリスは思わず目元を隠すように再び俯いた。



「だが、決して安心は出来ない」



それはアッシュも言っていたが、これでヴァンの計画が終わったわけじゃない。預言を誰よりも嫌っている奴が、アクゼリュスを崩落させただけで満足はしないだろう。
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